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第6話

 夏というのは嫌な季節だ。夜になっても、昼間の温もりが残っている。おまけに湿気を帯びたこの空気は、不快感を増大させる。

「全員揃いましたか~?」

 頷くと、いつものように手を重ね合わせ誓いの言葉を口にする。そして、座席に突っ伏す様にして眠りに落ちた。

「皆さん、こっちで~す!」

 幻想空間上の月影が、手を振っている。表情が硬いのは、気のせいではないだろう。ついていくと、急に息が苦しくなってきた。早くも毒が回って来たのか。

「ちょっと待って、バイタルチェックしま〜す! ……早急に終わらせれば、問題はなさそうです。急ぎましょう!」

「毒、って多分ガスだと思って持ってきたの。これでどうかな?」

 咲夜が持ち出したのは、扇子だった。能力のせいか、巨大化している。

「いくよーーーーーー!」

 扇子を一振り。淀んだ空気は遥か彼方へ飛んでいったのか、呼吸が少し楽になる。

「まだ、です。まだ毒が残っているかもしれないし、私たちは夢の主を助けなければいけません。慎重に行きましょう」

 これではまるで、月影がリーダーだ。俺としては構わないけど。

「わかったわ」

 望月が一歩踏み出すと、そこにあったはずの足場が崩れ落ちた。

「きゃっ!?」

「『デコレーター』!」

 すぐさま暁人が能力を発動させ、足場を作り直す。どうやら毒にやられて、朽ちかけていた様だ。

「他にも朽ちているところがあるかもしれないし、気をつけていこう!」

 今までの夢にはなかった事例ばかりで、気を引き締め直す。この夢にはトワイライト・ゾーンが関わっているという確信が俺にはあった。こんな悪夢、どんな精神状態だったら見るんだよ。奴らが裏で手を引いているのは確実だ。周囲の様子を見渡しながら、そんなことを考える。

 広大な実験施設で、何処に何があるのか見当もつかない。大半は朽ち果てていて、何を実験していたのかはわからない。慎重に歩を進める。すると、こんなものを見つけた。

「これは……?」

 それは、動きは止まっているものの噴射器だった。恐らく、毒を撒くために使われていたのだろう。あまり近寄らない方が良さそうだ、とは思うがこれが夢の主へのヒントかもしれないと思うと無視できない。

「どうする、夢野」

「……『デコレーター』の能力で、それを厳重な箱に入れておくことは出来るか?」

「ああ。やってみよう」

 暁人は能力を発動させ、鉄の箱に噴射器を閉じ込めた。しかし、こんな物騒なものが転がっているとはやはりこれはトワイライト・ゾーンの罠なのではという疑念が付き纏う。少なくとも、夢の主は何らかの形で彼らと接触したとみて良いだろう。

 これはチャンスだ。ここで絶対に彼らの尻尾を掴んで見せる。

「ねえ、獏」

「なんだ、咲夜」

「この夢、私たち以外に誰も見当たらないよ。これじゃあ、攻撃しても効果がない……」

 確かに、俺たち以外誰も居ないのは不気味だ。大体の場合は昨日の夢の主みたいに、そこら辺に居るものなのだが。悪い予感がする。

「絶対に全員離れるな! 敵は、何処にいるかわからないからな!」

 今日初めてリーダーらしいことをした。いや、そんなことを思っている場合ではない。もっと、感覚を研ぎ澄まさなければ。

 その時だった。

「意外としぶといんだな、お前ら」

 空から声が降ってきたのは。見上げると、赤い髪の男がこちらを見下ろしていた。恰好はこの場に会わせてだろうか、白衣にシャツというもの。彼は少しだけ下降すると、再び口を開いた。

「正直、たかが高校生の集団だと思って侮っていた。この実験場でも潰れないとはな」

「……何なんだお前」

 内心、やっぱり向こうから接触してきたな、と思った。痺れを切らしたのだろうか。

「失礼。俺の名前は清水時雨しぐれ。ああ、名乗らなくていい。お前たちのことは調査済みだ」

 下降してきたから、目がよく見える。赤い瞳は、色合いとは反対に冷淡な印象だ。全員の間に、緊張感が走る。今回の夢の主は、この男なのだろうか。いや、そうは見えない。俺たちが夢に干渉できるように、彼らもそれができる可能性もある。

「聞きたいことはあると思うが……まあ、今回は特別だ。冥途の土産に教えてやろう。教えられる範囲でな」

 怪しく笑う時雨。気圧されそうになるが、ここで負けてはいけない。

「この夢は何なんだ? お前以外の人が一人もいないぞ」

 まずは俺から問いかけてみる。トワイライト・ゾーンの話題は、後からこいつを捕らえて吐かせればいいだろう。

「この夢か? この夢は、俺たちが作り出した偽の悪夢だ。偽の情報まで流した甲斐があったな、こうして獲物が釣れたんだから」

「……」

「質問はそれだけか?」

 偽の悪夢を、作る? 彼らは、そんなことも出来るのか?

「じゃあ、お前たちが所属する組織について」

「それはノーコメントだ」

 やはり、そこは機密情報らしい。何にでも答えてくれる訳ではなさそうだ。当たり前だが。

「……ねえ、偽の悪夢って言ったけど……じゃあ、本物の悪夢は何処にあるの?」

 望月が問いかける。真っ当な質問だ。

「良い質問だな、気にいったよ。本物の悪夢、それはこの悪夢を討伐することで現れるようになっている」

 つまり、マトリョーシカみたいなものか。

「じゃあ、この悪夢の夢の主は誰なの?」

 今度は咲夜。それがわからなければ、どうしようもない。

「俺だよ」

 時雨は言い放った。要するに、時雨の本体も眠りについている。これは間違いない事実だ。しかし何処で眠っているかわからない以上、捕らえに行くのは危険だろう。ここで奴を倒す方が手っ取り早い。

「つまり、貴様を倒せば良いんだな」

 暁人は、今まで見たことが無いほど闘志をむき出しにしている。こいつに、こんな一面があったとは。

「そうなるな。出来るなら、の話だけど」

 挑発的な時雨。これは罠だ。そう思っても、腹が立って仕方がない。今すぐにでも襲い掛かってしまいそうなところを、理性でなんとか防いでいる。

「……出来るか出来ないかは、私たちが決める」

 咲夜は扇を巨大化させて、時雨を打ち落とそうとした。当然のようにその軌道は読まれ、躱される。

「学生の浅知恵だな」

 奴が夢の主である以上仕方のないことだが、自由に飛べるのは厄介だ。俺たち侵入者側は、基本的に物理法則を無視できない。圧倒的に不利だ。その中で打開策を見つけなくてはいけないのが本当にキツい——

「皆さん、これ以上は限界です! 毒がまわりきっちゃいます! 脱出を!」

 月影が焦り始めた。これを逃せば、次いつ彼らと遭遇できるかはわからない。が、ここは引くしかないのも理解している。月影の頭上に注射器が見えた。

「へえ、それがお前の能力か。面白い、またデータが増えた」

 俺たちは巨大な注射器に吸い込まれるようにして、夢を後にした。

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