放課後になった。今日は全員揃っている部室を、月影の声が優しく包む。
「今日の夢は」
しかし、皆を言い終わる前に扉が開いた。
「ここね、ミステリ研究会」
「誰だ?」
暁人の素早い反応も意に介さず、彼女は続ける。
「顧問もつけずに活動している部活動、サークルの摘発月間よ。私は生徒会執行部の
そう言い長い黒髪をかき上げる北条。髪の質は、望月の方が上に見える。望月ほど艶がない。
「このサークル、顧問が居ないままよく存続出来たわね。でも、それも終わり。一週間以内に顧問を見つけられなかったら、部室は没収。強制解散して貰うわ」
退去状を机の上に置く北条。誰も言葉を紡げないまま、
「じゃあ、一週間後にまた会いましょう」
と北条は去っていった。嵐のような女だ。
俺たちは顔を見合わせる。完全に盲点だった。正直、月谷おじさんが顧問のようなところもあったし甘えていたのかもしれない。この学校で顧問を探すのは、骨が折れる作業だ。教師の数は確かに多いが、顧問を出来る教師はその中の何割か。非常勤講師だって多いのに。俺は溜め息をついた。
「落ち込んでいても仕方がないよ、私が風紀委員のツテで何とかしてみる!」
咲夜は明らかな空元気で椅子から立ち上がる。特に何をする訳でもなく、また座った。勢いだけだったようだ。咲夜は時々、勢いに任せて行動してしまうことがある。それは長所でもあり短所でもあるのだが、この場合はどう出るか。まだわからない。
「顧問なら、私も演劇部のコネがあるかもしれない。頑張って探すわ」
確かに、元々別の部活だった望月は心強い。が、演劇部から誰かを引っ張ってこられるとも思えない。あまり期待はしない方が良いだろう。ましてや、望月は演劇部とは円満な別れ方をしたとは言えないのだし。
「僕も、担任からあたってみよう。あまり良い返答を期待されると、困るが」
暁人は、眼鏡をクイッと押し上げた。
「私たちも、浅野先生にお願いしてみましょう~!」
浅野環希。俺たちの、担任。いつもボケーッとしているように見えて、意外と隙のない存在。正直、少し怖いがもうああだこうだ言っている状況ではない。
「この時間ならまだ職員室にいるでしょうか~?」
問う月影を
「いや、他の部活の活動を見ている可能性もある。明日から頼みに行こう」
と一蹴する暁人。月影は少ししょんぼりしながらも、気持ちを切り替えたのか
「では、今日の討伐対象の話をしようと思います~!」
と、タブレットを起動させた。俺たちは画面を注視する。
「今日の夢は、ってあれ……月谷さんから連絡が来ていませんね」
俺たちが討伐する夢は、毎日おじさんが送ってきてくれている。何故かはわからないが、おじさんは次にどんな夢を倒せばいいかがわかっているようだ。まさか、おじさんがトワイライト・ゾーンの関係者? と疑ったこともあったがそれではここまで協力してくれる意味が分からなくなるのでやめた。おじさんは善人、であってほしい。
月谷浩一郎おじさんは、幼い頃から俺と咲夜を見守ってくれた優しい存在だ。能力に目覚めた時も、真っ先におじさんに話した。それくらい信頼関係は深い。
おじさんは、『月谷ネットカフェ』の店主として働いている。月谷ネットカフェは、俺たちの第二の活動拠点だ。昨日の悪夢討伐時も使わせてもらった。他にも、おじさんはキャンピングカーを保有しており時折遠出につれていってくれることもあった。高校生になってからは忙しくなったので、その機会もなくなってしまったが。幼い頃が懐かしい。
そんなことに思いを馳せている場合ではない。おじさんから討伐対象が送られてきていないのは由々しき事態だ。今までにそんなことは、一度もなかった。
「俺が一回電話してみる」
スマホを取り出し、おじさんに電話をかける。数コール後に、
「獏か。どうした?」
というおじさんの声が聞こえた。その声はいつもの声と変わりない。
「どうしたもこうしたも、おじさん。今日の討伐対象はどうなってんだよ」
「それに関しては、こっちからも連絡しようと思っていたところだ。獏、今日の討伐対象は相当手強い。最悪、死に至るかもしれない。だから、連絡を入れたくなかったんだ」
おじさんの声が震えているのが伝わってくる。それだけ大切に思われているのは有難いが、俺たちにはやるべきことがある。
「……送ってくれ、今すぐ」
「……死ぬかもしれないんだぞ」
「あいつらと戦うと決めた時から、覚悟は出来てる」
「……そうか」
月影のタブレットが、ピロリンと鳴った。情報を受信した様だ。
「送ったぞ。気をつけていくんだ、特にお前は気をつけろ」
「……? おう」
俺が一番気をつける、の意味はよくわからなかったがとりあえず月影が口を開くのを待つ。電話は切れた。
「今日の夢、月谷さんが送りたがらなかった理由がわかりました……」
そう呟く月影。
「でも、倒さなきゃいけない夢でしょ?」
「それはそうなんですけど……」
咲夜から詰め寄られ、一息吸う月影。改めて口を開く。
「……今日の夢は、毒です。毒、といっても軽いものではなく、死に至る毒。私が最大限サポートはしますが、夢の中で決して死なないでください。死んでしまったら、取り返しがつきません。夢の主は、毒に冒されて毎夜亡くなっています」
彼女の表情は、いつにも増して真剣だった。それだけ重い任務であることが、ひしひしと伝わってくる。
「特に、食べたりするのは毒を浄化した後でないと厳しいみたいです。夢野くん、言っていることはわかりますよね」
つまり、俺はその夢において最も役立たず——ということだろう。夢を食べるのが仕事の俺では、立ち向かえない夢ということになる。こういう時ほど、仲間がいて良かったと思うことはない。
「じゃあ俺は今回、後方支援にでも回ろうかな」
「いえ、それなのですが。今回、夢野くんには司令塔になって貰おうと思って」
月影、今なんて言ったんだ? 司令塔? 俺が?
「いやいやいや、暁人も居るし俺がやらなくてもいいだろ」
「夢野くんはそれでもリーダーですか!」
「それに、僕たちは能力を使っていて司令どころではない。頼むぞ、夢野」
多数から言われてしまうと、受けざるを得ない。
「わかったよ。その代わり、俺の指示には従って貰うからな」
「わかったわ」
各々了承がとれたところで、また深夜零時にネットカフェに集まろうと解散になった。