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第3話

 絵画の裏には、確かにそう記されている。筆記体で読みづらいが、昔格好つけるために学んでおいてよかった。こんなところで役に立つとは。

「架空の人物名みたいだな。こんな名前、世界史にも出てこないぞ」

 夢だからそれはそうか、と一人で呟く暁人。名前が分かっただけでも一歩前進だが、望月の能力はまだ使えない。

「エリスがどんな人物か、わかる資料を探さないと!」

 再び捜索体制に入ると、今度は俺が一冊の日記を見つけた。

「何だこれ?」

「読んでみましょう」

 それは、船長からエリスへの愛を綴ったものだった。エリスが何歳なのか正確には不明だが、それなりに歳の差が離れているだろうに婚約したいとは。

「『愛娘のように可愛らしいエリス様、どうかこの愛にお応えください』……」

 エリスの方は、全くその気はなかったようだ。幸いなのは、エリスの言葉が全て日記内に書かれていること。これだけ情報があれば、望月の能力も発動できるだろう。

「望月、いけるか?」

「ええ。任せて」

 彼女は化粧箱を頭上に具現化させると、全身が白い光に包まれた。次瞬きした時には、そこにはエリスの姿があった。

「……」

 三人で頷き合う。いける。この変身で無益な争いをやめさせ、人質を解放させよう。

 望月は戦場の方へと、ドレスだから走れないので早歩きで行った。こっそりと俺たちも追いかける。戦場に目を向けると、咲夜の剣が弾き飛ばされたところだった。よくここまで持ちこたえてくれたと思う。

「皆様、もうやめてくださらない?」

 凛とした声が戦場に響いた。これが、エリス。エリス・パトローナ。

「エリス様!」

 各所から声が上がる。やはり海賊はエリスに仕えている様だ。

「もう財宝は十分集まりましたわ。ここで他の船と戦うのは、得策ではありません。早く国に戻るのです」

「エリス様、そうは言っても向こうから……」

「では、この人質は何ですの?」

 釈然としない乗組員の言葉を一蹴する望月。最悪彼女を助けられれば、他のことはどうとでもなる。

「それは、その……目には目をというか……」

「解放しなさい。今すぐに」

 乗組員たちは、エリスに逆らえない様ですぐに人質を解放した。それと同時に、戦闘も止まった。向こうは人質解放のために動いていると思ってはいたが、本当にそうだった様だ。

「……っておい、何かこの船沈んでないか?」

 一件落着かと思いきや、そうもいかないみたいだ。

「確かに……」

 その声と同時に、ガタン! と大きく揺れる船。このままいくと水没してしまうだろう。

「方位磁針も壊れてる!」

「どうしたらいいんだ!」

 飛び交う怒号の中、俺は自身の能力を思い出していた。それをこっそり望月に耳打ちする。

「私が方位磁石を持っていますわ、頼ってくれませんか」

「エリス様、本当ですか⁉ 皆の者、エリス様の指示に従え!」

俺の能力は、他の会員にも共有されている。勿論、望月にも。彼女が指示をした方が、俺よりも通りやすいだろう。ここは望月に任せよう。その間に、咲夜の救助を行うことにする。

「ごめんね、耐え切れなくて……」

 涙ぐみながら謝る咲夜。彼女は自分のことを、特に任務においては卑下する傾向にある。

「いや、よくここまでもってくれた。おかげで望月も間に合ったしな」

「……そう……」

 そうこうしている間に、船は無事陸地に着いた様だ。波の音が穏やかにその場を支配している。どっと疲れが出てきたが、ここからが本番だ。

「獏、いける?」

 咲夜の問いかけに「おう」と応じ、再び巨大な口を頭上に出現させる。

「食らうぞ——この悪夢!」

 今度は、人質——夢の主の分身ごと悪夢を吞み込んだ。世界が、暗転する。


***


目を開けると、月影が目の前にふわふわと浮いていた。いや、これは彼女の魂であって彼女本人ではない。そして——

「今回は情報なしか、夢野」

「そうだな。そういう時もあるだろ。何でも上手くはいかねえよ」

 トワイライト・ゾーンに関する情報は何一つとして手に入らなかった。奴らは、悪夢以外で俺たちに干渉してくることはない。それはこれからも、きっとそうなのだろう。俺たちがそれだけ舐められているということだ。今すぐの脅威にはならないと、判断されているということだ。

「でもまあ、助かって良かったわ」

 咲夜は胸をなでおろす。今回も怪我人が出ず任務完了したのは、大きな功績だ。

「今回の夢の主は、助けられたかったんだな。食ってわかった。学校でも目立てなくて、鬱憤が溜まってたんだ。そこをつけこまれた」

 大きな学校だ。俺たちはその全てに目を配ることは出来ない。トワイライト・ゾーンは、それをわかって攻撃してきている。厄介だ。

「今日の子、私と同じクラスなの。明日、話しかけてみようかしら」

 望月が髪をかき上げながら言う。元演劇部のエースが話しかけたとなれば、夢の主も少しは目立てるだろう。救いに、なるだろうか。

「良いんじゃないか? 夢の主も、望月と仲良くしたいと思ってると思うぞ」

 実は女子同士でいざこざがあったりするのかもしれないが、そこは望月の裁量に任せよう。

「じゃあ、夜も遅いし解散にしましょう~! 皆さん、夜道には気をつけて帰りましょう! また明日、学校で!」

 月影のその言葉で、解散になった。俺と咲夜は、相変わらず話すことなく家に帰る。


 明日はもっと、頑張ろう。

 俺はまだまだだ。



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