絵画の裏には、確かにそう記されている。筆記体で読みづらいが、昔格好つけるために学んでおいてよかった。こんなところで役に立つとは。
「架空の人物名みたいだな。こんな名前、世界史にも出てこないぞ」
夢だからそれはそうか、と一人で呟く暁人。名前が分かっただけでも一歩前進だが、望月の能力はまだ使えない。
「エリスがどんな人物か、わかる資料を探さないと!」
再び捜索体制に入ると、今度は俺が一冊の日記を見つけた。
「何だこれ?」
「読んでみましょう」
それは、船長からエリスへの愛を綴ったものだった。エリスが何歳なのか正確には不明だが、それなりに歳の差が離れているだろうに婚約したいとは。
「『愛娘のように可愛らしいエリス様、どうかこの愛にお応えください』……」
エリスの方は、全くその気はなかったようだ。幸いなのは、エリスの言葉が全て日記内に書かれていること。これだけ情報があれば、望月の能力も発動できるだろう。
「望月、いけるか?」
「ええ。任せて」
彼女は化粧箱を頭上に具現化させると、全身が白い光に包まれた。次瞬きした時には、そこにはエリスの姿があった。
「……」
三人で頷き合う。いける。この変身で無益な争いをやめさせ、人質を解放させよう。
望月は戦場の方へと、ドレスだから走れないので早歩きで行った。こっそりと俺たちも追いかける。戦場に目を向けると、咲夜の剣が弾き飛ばされたところだった。よくここまで持ちこたえてくれたと思う。
「皆様、もうやめてくださらない?」
凛とした声が戦場に響いた。これが、エリス。エリス・パトローナ。
「エリス様!」
各所から声が上がる。やはり海賊はエリスに仕えている様だ。
「もう財宝は十分集まりましたわ。ここで他の船と戦うのは、得策ではありません。早く国に戻るのです」
「エリス様、そうは言っても向こうから……」
「では、この人質は何ですの?」
釈然としない乗組員の言葉を一蹴する望月。最悪彼女を助けられれば、他のことはどうとでもなる。
「それは、その……目には目をというか……」
「解放しなさい。今すぐに」
乗組員たちは、エリスに逆らえない様ですぐに人質を解放した。それと同時に、戦闘も止まった。向こうは人質解放のために動いていると思ってはいたが、本当にそうだった様だ。
「……っておい、何かこの船沈んでないか?」
一件落着かと思いきや、そうもいかないみたいだ。
「確かに……」
その声と同時に、ガタン! と大きく揺れる船。このままいくと水没してしまうだろう。
「方位磁針も壊れてる!」
「どうしたらいいんだ!」
飛び交う怒号の中、俺は自身の能力を思い出していた。それをこっそり望月に耳打ちする。
「私が方位磁石を持っていますわ、頼ってくれませんか」
「エリス様、本当ですか⁉ 皆の者、エリス様の指示に従え!」
俺の能力は、他の会員にも共有されている。勿論、望月にも。彼女が指示をした方が、俺よりも通りやすいだろう。ここは望月に任せよう。その間に、咲夜の救助を行うことにする。
「ごめんね、耐え切れなくて……」
涙ぐみながら謝る咲夜。彼女は自分のことを、特に任務においては卑下する傾向にある。
「いや、よくここまでもってくれた。おかげで望月も間に合ったしな」
「……そう……」
そうこうしている間に、船は無事陸地に着いた様だ。波の音が穏やかにその場を支配している。どっと疲れが出てきたが、ここからが本番だ。
「獏、いける?」
咲夜の問いかけに「おう」と応じ、再び巨大な口を頭上に出現させる。
「食らうぞ——この悪夢!」
今度は、人質——夢の主の分身ごと悪夢を吞み込んだ。世界が、暗転する。
***
目を開けると、月影が目の前にふわふわと浮いていた。いや、これは彼女の魂であって彼女本人ではない。そして——
「今回は情報なしか、夢野」
「そうだな。そういう時もあるだろ。何でも上手くはいかねえよ」
トワイライト・ゾーンに関する情報は何一つとして手に入らなかった。奴らは、悪夢以外で俺たちに干渉してくることはない。それはこれからも、きっとそうなのだろう。俺たちがそれだけ舐められているということだ。今すぐの脅威にはならないと、判断されているということだ。
「でもまあ、助かって良かったわ」
咲夜は胸をなでおろす。今回も怪我人が出ず任務完了したのは、大きな功績だ。
「今回の夢の主は、助けられたかったんだな。食ってわかった。学校でも目立てなくて、鬱憤が溜まってたんだ。そこをつけこまれた」
大きな学校だ。俺たちはその全てに目を配ることは出来ない。トワイライト・ゾーンは、それをわかって攻撃してきている。厄介だ。
「今日の子、私と同じクラスなの。明日、話しかけてみようかしら」
望月が髪をかき上げながら言う。元演劇部のエースが話しかけたとなれば、夢の主も少しは目立てるだろう。救いに、なるだろうか。
「良いんじゃないか? 夢の主も、望月と仲良くしたいと思ってると思うぞ」
実は女子同士でいざこざがあったりするのかもしれないが、そこは望月の裁量に任せよう。
「じゃあ、夜も遅いし解散にしましょう~! 皆さん、夜道には気をつけて帰りましょう! また明日、学校で!」
月影のその言葉で、解散になった。俺と咲夜は、相変わらず話すことなく家に帰る。
明日はもっと、頑張ろう。
俺はまだまだだ。