月影が手を伸ばす。俺たちは、それに便乗して手を重ねていく。
「いついかなる時も、夢から人々を救い出すことを誓います」
解かれる手。結局、今集まっても情報共有しかやることはない。各々が席に座る。
「今日の夢は、海賊と戦います! 戦いの準備をしっかりとしてきてください~!」
「すまない部長、もう少し詳細な説明が欲しい」
今度はクッキーを食べながら、暁人が訊ねる。月影の説明は、いつもふわふわとしているのは否定できない。
「ええと……」
月影はタブレット画面に目を落とす。
「海賊の夢、そのままです。今回の夢の主さんは、海賊に襲われる夢を見るそうです。元々は海賊漫画が好きだったそうなので、その影響ではないかと。いつも海賊戦争の人質として捕らわれの身になって殺されてしまう……そんな悪夢の連続だそうです」
「はあ……」
多少マシにはなったが、まだぼんやりとしか掴めない。だが、月影は能力が強力なのでいざとなれば何とかなるだろうという安心感があった。
「では、深夜零時に再びここで会いましょう~! みなさん、ちゃんと休んでくださいね!」
この言葉で、一度解散になった。俺は咲夜と一緒に家の方へ歩き出す。と言っても、ネットカフェからなら五分もかからないので会話はほぼなかった。
今日の夜は、盛大に頑張ろう。
***
深夜零時の雰囲気には慣れてきたが、未だに外に出るという行為には慣れない。この任務が無かったらゲームでもしている時間だ。私服姿の会員の姿を見る新鮮味もなくなってきた。これは慣れなのか飽きなのか、わからない。
「じゃあ、ここからはいつものコードネーム呼びでいきますよ~! 返事してください! 『グルメ』」
「おう」
俺のコードネームだ。このコードネームというのは、夢の中で扱える能力によって決まっている。俺の能力は、一言で表すなら悪夢を食べることだ。だから『グルメ』。
「続いて、『ジェスター』」
「はい」
望月は通常運転に戻っていた。『ジェスター』と呼ばれる望月の能力は、変身だ。元々演劇部で他の役に変身していた望月らしい。
「『デコレーター』」
「ああ」
暁人の能力、『デコレーター』は夢の中に建築物を増やし、改築することが出来る。しかし強力な能力故に、一回の潜入につき五回までしか使うことが出来ない。
「『デザイナー』」
「任せて」
咲夜のこの能力は、月影と同じく特殊なものだ。いや、全員特殊な能力なのは間違いないが……。『デザイナー』は、現実世界の無害なもの、例えばボールペンやシャーペンなどの文房具を夢の世界に持ち込み、武器として扱うことが出来る。ペン先を伸ばしたりする応用技も、最近は出来るようになった。
「そして最後が私、『ドクター』です!」
月影は自らに手をあて、アピールする。彼女の能力は、俺たちの任務が終わるまで夢の主を起こさないことだ。他にも、万が一の時には俺たちを夢の中から救い出してくれることになっている。今までそうなったことは一度もないから、真価は不明なのだが。
「じゃあ、行きますよ! みなさん、眠る準備は良いですか?」
「勿論だ」
夢に干渉するためには、こちらも眠っていなくてはならない。なので、深夜のネットカフェは任務をするのにうってつけという訳だ。寝ていても、何も言われることが無いし。俺たちは目を瞑る。すると、目の前が暗転しドクターが現れた。ここはもう、夢の世界だ。今の俺たちは、幽体離脱をしている状態に近い。
いつものように、幻想空間上のドクターが案内をしてくれる。
「こっちです~!」
無数の夢をかいくぐった中に見えたのは、確かに大海原。周りに見えるものは、他の海賊船と海だけだ。中世のヨーロッパ、大航海時代を思わせるその風景は確かに荒んでいる。乗組員が喧嘩をしていたり、大砲が撃たれていたり。血飛沫もあちらこちらに飛んでいて、動かなくなった人間が積み重なっている。
「どうやって入るんだよ、これ……」
そう漏らさずにはいられない。少なくとも俺の力では、こんな戦場絶対に入れない。
「任せておけ、何のための能力だと思っている」
「もう使うのか⁉」
暁人は、大きな宝箱を生成しその中に俺たちを閉じ込めた。そのまま箱は落下し、ガシャンという音と共に船の底に着地した。中から開けられるように設計されていたので、外へ出てみる。
そこは、倉庫だった。金銀財宝が輝く、日本で高校生をしていたら絶対に見ることの出来ない品々が無造作に置かれている。
「見とれてるんじゃないわよ、早く戦場に行かなきゃ」
「そうだな」
あと四回しか使えない『デコレーター』の能力に不安を抱きつつ、激しい音のする方へ足を進める。甲板では、乗組員たちが命がけの戦いをしている。その中に、縛られている人物を見つけた。
「んん、ん~!!」
猿轡のせいで言葉を発せないが、大方「助けて」とでも言っているのだろう。そしてそれは当然、俺たちの仕事だ。
「任せろ」
そう答えると、彼女の瞳に光が宿った。それにしても、ドレス姿とは。夢の中だけでも高貴な身分でありたかったのだろうか。
しかしこの悪夢、『食べた』ところでどんな力が得られるのか全く分からない。いつもなら明確に、例えば水に関する夢なら「水を操れる」といった能力が得られるのに。海賊の夢なんて初めてだから、何もわからない。それでもまあ、食べてみないことには始まらない。
俺は、巨大な口を頭上に具現化させた。
「食らうぞ——この悪夢!」
そして、乗組員の一人を食べた。当然、味なんてしない。無味無臭の存在を食べて、変化を待つ。すると、まるで自分が方位磁石になったかの様な感覚を受けた。どちらがどの方向か、はっきりとわかる。これが海賊の夢の能力みたいだ。役に立つのかと言われると、少し微妙な気もするが。
「……でも、何か意味があるはずだ。この能力にも、きっと」
「そうね。とりあえず、全員片づけてから考えようか。私に出来るかはわからないけど」
咲夜はそう言うなり、ビニールで出来た剣で乗組員に斬りかかる。相手も剣で応戦する。が、女性の咲夜の方が少し劣勢に見えた。このままでは危ない、が今使えるのは方位磁石の能力だけだ。これで助けに行くのは、丸腰で戦場に飛び込むのと同じことだろう。
「ここは星川さんに一度任せて、私たちは調査をしましょう。中世の海賊ってほら、大体仕える存在がいるらしいじゃない」
望月は落ち着き払ってそう言った。
「そうか、そいつを突き止めてお前の能力で変身するんだな」
そうとなれば話は早い。俺と望月は、倉庫の方に引き返した。
***
しかし、この倉庫には異様に物が多い。途中から暁人も来て三人で探しているが、一向にそれらしき情報は見つからない。
「場所を変えるか?」
「いや、あるとなればやはりここだろう。大事なものは、人目のつかないところに置くだろうからな」
暁人は丁寧に、財宝の山をかき分けている。
確かに彼の言うことは一理ある。そもそも狭い船だ、ここ以外に隠し事ができるスペースもない。見落しているか、見つかっていないだけだ。そう考えつつ捜索していると、望月から声がかかった。
「ねえ、あの肖像画って手がかりかしら」
彼女が指し示したのは、比較的新しく描かれたであろう一枚の油絵。そこには、穏やかに微笑む金髪の女性が描かれていた。海色のドレスは、画面越しでも十分美しく映えている。緑色の瞳は知的で、見ているこちらが吸い込まれそうだ。
「そうだと思うが……しかしいったい誰なんだ、彼女は」
暁人は絵画の方へ向かい、周囲を探索し始めた。俺もそれに続くと、今度は呆気なく手がかりが見つかった。
「エリス・パトローナ……?」