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横浜インザ・ドリーム
景文日向
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年07月09日
公開日
62,411文字
連載中
夢野獏は、『ドリームイーターズ』と呼ばれる悪夢を退治する一団のリーダーを務める高校生。個性豊かな仲間と共に、悪夢の発生源である『トワイライト・ゾーン』の情報集めに勤しんでいる。
「食らうぞ、この悪夢!」

※本作品は、ネオページ様から一部アイディアを頂いております。

第1話

今日もこの街は平和だ。政令指定都市として日本一の人口を誇るここ横浜は、俺の住む場所でもある。

「おはよう副部長、今日も頑張りましょう」

 俺に声をかけてきたのは、同級生の望月ネルミ。副部長というのは、ミステリ研究会で俺が務める役職名だ。彼女とは研究会の方でも顔を合わせるので、関わりは深い方である。彼女が歩くたびに、長い黒髪が揺れる。よく手入れされているのだろう、艶がある。元々は演劇部でエースだった彼女がミステリ研究会に入る、という話が最初に出た時は大騒ぎだったなと思い返している間に学校に着いた。


 今日も、それなりに頑張ろう。


***


 俺たちが通う、私立月見野学園高校は横浜でも有数の敷地面積を誇る。今は葉桜だが、春には満開の桜が学園一帯を覆うように咲く。敷地面積が広いということは、当然生徒数も多くあちらこちらで話し声や笑い声が聞こえる。俺はこの環境が嫌いじゃない。むしろ好きだ。

あまった教室を怪しい部活に貸し出してくれる理由も、そこにある。巨大な校舎群の中には、当たり前だが未使用の教室も多い。そこを一部屋貸し出してくれているという訳だ。

ミステリ研究会には、俺を入れて五人の会員がいる。

「獏、今日は早かったね。暇なの?」

「お前の方が早いだろ、咲夜」

 幼馴染の星川咲夜は、こちらをちらりと見ると読書に戻ってしまった。わざわざここで話をすることもない、ということだろうか。確かに、家も近いのだからわざわざ他人も居るところで砕けた話をする理由もない。第一、咲夜のイメージは地味な風紀委員で本人もそれを今のところは良しとしているのだ。わざわざそれを壊すこともないだろう。

 俺は他の会員に視線を移す。

「なあ、部室に来てまでやることか? 数学の課題って……」

 ひたすらペンで数式を書き殴っている男は、目線すらこちらに向けることなく口を開いた。

「部員はまだ全員集まっていない。時間の有効利用だ、夢野」

「もう片手でチョコ食ってなけりゃ、もう少しキマったかもな」

「うるさい!」

 ツッコミを入れたら、彼——夜見暁人あきとはふて腐れてしまった。そういう奴だ。俺は暁人のこういうところ、結構好きなのだが。

「月影は……いつものこととして、望月が来てないのは珍しいな」

 望月は、時間通りに動く女だ。彼女が来ないのはおかしい、そう考えた時に扉が開いた。

「ごめんなさ~い、遅れちゃいました!」

 部長である月影まくらが入ってきた。

「あぁ、いや月影が遅れるのはいつものことだからいいとして……」

 俺は覚えた違和感を皆に共有した。

「確かに、望月が来ないのは妙だな」

 ドーナツを食べながら思案する暁人は、見ているだけでも胸やけがしてくる。

「とりあえず、探しに行こう。私たちは誰か一人でも欠けたら大変なことになってしまうから」

 咲夜のその声で、俺たちは校内を探し回ることになった。


***


それにしても、無駄に広い校内なだけあって疲れる。居る場所の見当がつかない以上、手分けして探したいところだがそうもいかない。俺たちは、誰か一人でも欠けてはいけないのだ。それにしても、望月はどこに消えてしまったのか。彼女の教室や、演劇部を覗いてみても居ない。校外に出た可能性もある……。

「そうだ、校外じゃないか? 月谷ネットカフェ!」

「確かに、あそこなら居そう。行こう」

 俺たちは、月谷ネットカフェに急いだ。そこに望月が居ると信じて。

 月谷ネットカフェは、俺たちの第二の活動場所だ。居てくれたら安心という気持ちもある。学校から俺の家の方角に十分ほど歩くと、ネットカフェの看板が見えた。迷わず扉を開けると、少し埃っぽい臭いがした。他のネットカフェを知らないから何とも言えないが、大量の漫画本とパソコンは廃人の部屋を連想させる。おじさんには失礼だが。

 ネットカフェは閑散としている。その方が俺たちには都合が良いのだが、おじさんはよく「ネットカフェは今月も赤字か……」と言っているので好ましい状況ではないのだろう。何か副業をしているみたいで、そちらで生計を立てている様だ。

「おじさん、望月が来てないか?」

 店主である月谷浩一郎おじさんは、後ろに目配せした。

「来てるよ。今日は一人だから珍しいな、と思っていたところだったんだ」

 そこには、思いつめた表情の望月が居た。一体何があったのか訊こうと思い声をかけたが、部員の誰にも「話したくない」と態度を崩さない。

「……まぁ、話したくないならないでいいけどさ。俺たちは一人でも欠けたら仕事が出来ないんだから。そこだけは覚えておいてくれよ」

「ごめんなさい、今日は動揺することが多くて……」

 彼女が動揺するというのもまた珍しいが、深追いはしない方が良さそうだ。

「ネルミ、一応確認なんだけど。私たちは『ドリームイーターズ』として、他人の悪夢を消滅させる任務があるの。それを忘れちゃ駄目だよ」

 咲夜はそれだけ言うと、口を閉じた。望月は、頷くと立ち上がり口を開く。

「私たちは、『トワイライト・ゾーン』の生み出す悪夢を消し去り社会の秩序を守らなくてはならない。そうでしょう?」

 トワイライト・ゾーン。俺たちと対立している組織で、まだわからないことが多い。ただ、この月見野学園高校の生徒に悪夢を見せて負の力を増大させること。そしてその力で、社会的混乱を引き起こそうとしていることはわかっている。

「……わかってる。でも、昨日の夢は怖かったわ。皆、よく平気でいられるわね」

「お前、意外と繊細なんだな。あんなのもう慣れたかと思ってた」

 昨日の夢は、虫が襲ってくるという女子にとったら正しく悪夢だった。望月はもしかして、虫が苦手なのだろうか。それとも何か別に理由が……これ以上考えてもいいことはなさそうだ。

「まあ、とりあえずいつものやりましょう~!」


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