あれから、私が原作の小説『秘められた花~侯爵家の隠し子は社交界で花開く』略して『秘め恋』の最後のヒーローであるジェラールに会いに行く日は、比較的、直ぐにやって来て、私は今日、騎士団長がお休みだということで、アレクシスお兄様とサージュさんと一緒に、その邸宅まで向かって行っていた。
因みに、この間の王城での遣り取りについては、国王陛下と出会うことになる都合上、諜報員として傍に控えている訳にもいかなかったし、サージュさんはついてきていなかったんだけど。
今後、私が外に出る時は『なるべく、俺たちのどちらかはお前に付いておきたいと思う』とアレクシスお兄様が声をかけてくれて、アレクシスお兄様か、サージュさんのどちらかは、私に付いてくれるようになるみたい。
勿論、リュカお兄様のことを探る時には、これから一人で行動したい場面も出てくるだろうから、二人には離れて欲しいとお願いする時もあると思うけど、私のことを守るのに基本的に傍にいてくれることで、本当に、大分、心強かったり……。
ただ、原作では、アレクシスお兄様も公爵家の人達も、リュカお兄様が私を亡くしてしまったというその悲しみには、勿論、寄り添ったりしてくれていたものの。
それでも、リュカお兄様のことを、そんなに何処へ行くのも付きっきりといった感じで過保護に護っていたようなイメージはなかったんだけど、もしかしたら、私、リュカお兄様よりも、もの凄く頼りない子どもだと思われてしまっているのかな……っ?
『ちゃんとした男の子だったリュカお兄様と比べたら、やっぱり、何となく、そういった心許ないオーラのようなものが出てしまっているのかも……』
――これでも、前世では、ちゃんと成人済みまでいった大人だったんだけどな……。
内心でそう思って、改めて気を引き締めなくちゃなと感じつつ、私は今日も、決して少なくない時間、ガタゴトと揺れる馬車に乗り込んでいた。
とはいっても、騎士団長の邸宅に関しては、王城からの要請に直ぐに応えられるように割と王都に近い場所に建てられているみたいで、そこまで、新しい場所に行くという感覚はなく、この間、王城へ行くのに通った道をまた、再び通るような感じになっていたから、窓から見える景色もあまり変化がなかったんだけど……。
「アレクシス様、お待ちしておりました……っ!
それから、リュカ様も、ようこそ、我が家へおいでくださいました」
そうして……、私達が、黒色の大きな門を潜り抜け、無骨な雰囲気を感じさせる騎士団長の邸宅まで辿り着くと、直ぐに、強者といった感じで鍛えられた逞しい雰囲気の30代くらいの騎士団長が直々に外までやって来て、私達が乗っていた馬車が停車した所まで、丁重に出迎えに来てくれた。
騎士爵の爵位を持つこの人は、日頃から騎士団を纏め上げているだけあって剛の者というような風格があり、普段はきっと騎士団に所属する騎士相手に厳しい感じが見られるんだろうなと思うくらい凜々しい感じの人だったけど、笑うと目元が優しくなる感じではあって、人当たりは凄く良いなと思う。
因みに、サージュさんは、普段は公爵家の影らしく、音もなく、姿を消した状態で後を付いてくるというのが殆どらしいんだけど、騎士団長とは顔馴染みということもあって、今日は、いつものフード姿ではなく、ブーツに、マント姿の騎士の様な格好をして、私の傍に控えてくれるみたい。
その姿を見れば、とてもじゃないけど諜報員として活躍している人だと疑われるようなこともなく、アレクシスお兄様と騎士団長以外には、表の顔として、公爵家に仕えている騎士だと思われるだろうし。
実際に、サージュさん自身も、諜報員として活動する時に、どうしても、表の顔として、身分が必要になる時などは、そういう風に、自分のことを、敢えて偽るようなこともあるのだと教えてくれていた。
そうして『だから、これからは、影で控えている時もあるが、表に出て、その隣で、その身を護っていることもあるだろうし、いつだって、俺が傍についているから、リュカは、安心してほしい』って言ってくれて、この身を護ってもらえているのが、本当に有り難いなと思ったり……。
それから……、そのあとで……。
「初めまして、騎士団長。リュカ・スチュワートと申します」
と、どこまでも男の子らしく見えるように気をつけながら、私は頭に被っていた帽子を取って、胸に手を当てたあと、軽く頭を下げて、王族以外の人達に対して、男性として取れる最上級の礼で挨拶をしていく。
因みに、これが王族になると、跪いて行うものが、一番、この国でも最も尊ぶべき最上級の礼として認識されているのだけど、ただ単に、貴族や、目上の人といった感じなら、この仕草が一番、最上級のものであることには間違いないはず。
それは、原作の小説にも何度か書かれているものだったから、私が間違っているということは絶対にあり得ないと思う。
……のだけど、何故か、私が挨拶をすると、ほんの僅かばかり目を見開いて驚かれてしまったあと、私がそうすることが、少し背伸びでもしているようで、どこまでも微笑ましいとでも思われてしまったのか、騎士団長も、騎士団長の邸宅で働いているであろう侍女達も含めて、全員が顔を見合わせ、私のそんな姿に、思わず綻ぶように口元を緩めながら……。
「いやはや、これは、驚きました……っ!
リュカ様、ご丁寧に、挨拶をして下さり、ありがとうございます。
この年で、そういった挨拶をするのは、特に、リュカ様が今まで置かれていた境遇などを考えれば、早いことでもあるかなと勝手に思っていましたので、まさか、正式に挨拶をして頂けるとも思っておらず。
アレクシス様、既に、公爵家では、このように、正式なマナーを教えになられているのですか……?」
と、私に向かって、代表して騎士団長が、そう声をかけてくれたあと、アレクシスお兄様の方を向いて、問いかけるように声を出してきたことで、アレクシスお兄様が「いや、リュカは、コリンズ家にいた頃から、そういったことはきちんと出来るように教わっていたのか、誰に何を言われずとも、マナーなどに関しては、しっかりと身につけていた」と私のことをちょっとだけ、弟として自慢してくれるような様子で、声を出してくれた。
実際、私自身が、そこそこマナーが出来ることから、きちんとしたマナーを教えて貰えることについては、サージュさんが、アレクシスお兄様とも話し合ってくれて『全然、急がなくて良いし、コリンズ家のこととかもあって、リュカの心には、かなりの負担がかかっているだろうから、もう少し、色々な部分で傷が癒えたりしてからにしよう』って言ってくれたんだよね。
それでも、客観的に第三者からみて、マナーなどもしっかりとしているように見えるということには、ホッと安堵するし、そんなふうに褒めて貰えるのは凄く嬉しいかも。
それから「ここは、防衛の拠点としての意味合いも込められているんだ」と、アレクシスお兄様に、コソッと耳打ちをするように教えてもらえたことで、騎士団長の邸宅は、国の中でも防衛の拠点として重要な場所であると定められた箇所に建てられているみたいで、ただの住居としての邸宅というよりも、要所としての意味合いも兼ねられていることから、煌びやかな雰囲気を持っているというよりは、機能的な雰囲気の無骨さが滲み出るような感じになっていた。
そうして、原作では、その内容の一部だけがクローズアップされていて、挿絵でちょっとだけしか見たことがなかった私が『うわぁぁぁっ、色々と格好いい……っ』と、もの凄く物珍しそうにしていたからか。
「リュカ様も、やっぱり、男の子なんですね……っ。
防衛拠点としての我が家に興味を持ってもらえて本当に嬉しいです」
と、良い感じに騎士団長が勘違いしてくれたことで『男の子に見えているのなら本当に良かった……!』と内心でホッと胸を撫で下ろしつつ。
私が興味津々の様子で色々と見ていたのが、よっぽど嬉しかったのか、騎士団長が率先して。
「戦時下において、防衛するために壁を厚くしていたり、門の近くにも見張り塔が建てられていたりするんですよ」
とウキウキとした雰囲気で案内してくれ始めたことで、どこまでも格好いい感じの屋敷になっていることから、思わず、公爵家との違いに、きょろきょろと視線を、あっちこっちに動かしては、しっかりとした造りになっているこの屋敷に『わぁ、本当に凄いな……っ』と、私は感嘆の吐息を溢してしまった。
そうして、屋敷の中を案内されて、貴族の邸宅みたいに大きなホールではなく、騎士団長の家だからか、そのような催し物が開催されること自体、滅多にないことではあると思うものの、普段は、御茶会などが開かれているであろう居間に案内されると、部屋の中心に御茶会用のテーブルに椅子が置かれ、その脇には、沢山のお菓子がよりどりみどりに、立食形式として用意されており。
更には、屋敷の人達が一生懸命に飾り付けたであろう空間が広がっていて、子どものための小さなパーティーが開かれる準備が整えられていた。
といっても、あまり大勢の人達が来てしまうと、自分の息子にとってはよくないかもしれないということで、今日は、私と、騎士団長の息子であるジェラールしかいない予定になっているんだけど。
「それで、その……、僕が今日、お会いする子は、一体、どこに……っ?」
ただ……、私がこの場を見た限りでは、普段は、騎士団長の邸宅に相応しい感じで、あまり豪華な家具などは置かれておらず、質素倹約といった無骨な雰囲気を漂わせているであろう部屋が、一転して、お誕生日会でも開かれるんじゃないかという感じに、華やかに飾り付けられているにも拘わらず、肝心の主役がこの場にいないことを気になって、首を傾げながら問いかければ……。
そのタイミングで「嫌だ……っ! 俺に触るなっ! そもそも、俺は行かないって言っているだろうがっ! 同年代のガキだなんて、関わっても何も楽しいことなんてないんだよっ!」という、怒ったような声が廊下から聞こえてきたことで、その言葉が、私とアレクシスお兄様とサージュさんに聞こえていることもあり、ひたすら、青くなってしまって。
「こら、お前……っ!
折角、来てくれたお客様に何てことを言うんだっ! いいから、こっちに来なさいっ!」
と、廊下へ出て怒り始めた騎士団長とは正反対に、私は、まさしく、原作のジェラール、そのものといった感じの雰囲気に『わぁ……っ、今の声って、絶対にジェラールだよねっ!』と、その姿が、これから見れるということに、思わず、胸が高鳴ってしまった。
そうして……、騎士団長に引っ張られるようにして廊下から連れて来られたその男の子は、エメラルドグリーンの髪と瞳を持っていて、大人になったら、ある程度、筋肉も付いて一気に成長し、騎士団の副団長になるというのが本当に信じられないくらいに、今は線が細く……。
綺麗な感じの少年といった雰囲気ではありつつも、勝ち気な雰囲気でムスッとしていることもあり、男の子っぽさは決して損なわれていないようになっていて『レオナルドに引き続き、小さい頃のジェラール、本当に可愛いなぁっ……!』と私は、出会えたことが嬉しくて思わずそう思ってしまう。
「……っっ、うわっ、お前、もしかして、女なのかよ……っ?」
そうして、私の方を一目見て、(合っているんだけど)思いっきり女の子だと誤解した上で、まるで親の敵かと思うくらいに憎々しげに、目に見えて、パッと顔を歪めたジェラールに、私自身、ジェラールの事情が分かっていなかったら、その態度を良くない方向に勘違いしただろうなと思いつつも、原作でも好きなキャラクターの一人だったジェラールに、理由があっても、そんなふうに見つめられるのはちょっとだけ胸が痛むなと感じながら……。
「ううん、違うよ。
あの……っ、よく間違えられちゃうんだけど、僕は、男だし、リュカって名前なんだ……っ!
それで、えっと、良かったら、君の名前も教えてほしいんだけど……っ」
と、あくまでも、自分の性別は男なのだと強調するように声をかけていく。
「っっ、なんだっ、女じゃ、ねぇのかよ。……俺は、ジェラール、だ」
そうして、私の言葉を聞いて、ほんの僅かばかりホッとしたように、ジェラールが短い安堵の吐息を溢しながら、挨拶をしてくれたのを見て、『ひとまず、私のことはきちんと男の子だと認識してくれたみたい』と、私もホッと胸を撫で下ろした。
勿論、初対面の段階から、こうも激しく拒否反応を示されてしまうと悲しいものがあるんだけど、それでも嫌な感じというものはしなくて、どちらかというのなら、この場にいる、大人達の方が、騎士団長も含めて申し訳なさそうに、私に向かって『リュカ様、申し訳ありません……っ』と、ハラハラあわあわしていたり、アレクシスお兄様とサージュさんが、子どものすることだとは分かっていつつも、私のことを思って、ちょっとだけ眉を寄せてくれたりしていたものの。
アレクシスお兄様も、サージュさんも、騎士団長から、ジェラールのことについて、大まかに事情は聞いていることもあって、大半は私のことを心配してくれるような瞳だったけれど、それでも、ジェラールのことも思い遣って『余所様の子どもだし、どう接するべきか……っ』と悩むように、凄く複雑そうな表情をしていて、私は、そんな二人に『大丈夫だから、心配しないでほしい』という視線を向けた上で。
「ジェラール、って呼んでいいかな? 今日は招いてくれて、ありがとう!」
と、ほわっと柔らかく微笑みかけながら、そっと、その顔色を窺うように声をかけていく。
その言葉と私の態度に面食らった様子で、グッと息を呑みながらも「別に、お前のことは、俺が招いた訳じゃないし、何よりも女に見えるような奴とは、あまり付き合いたくない……!」と、ツンツンしたままのジェラールを見て、一度だけ「ジェラール、いい加減にしろっっ!」と騎士団長が怒ってくれると、その言葉を聞いて、ジェラール自身、一度だけビクリと身体を震わせて、私に対する自分の態度が悪いというのは感じとってくれたのか……。
ムスッとしたままではあったけど、とりあえず、騎士団長が用意してくれた、二人だけのパーティーに参加することにして、用意された椅子にドカッと座り、仕方がなさそうな雰囲気を持ちながらも、ひとまずは、渋々ながらも私との会話もしてくれるみたいだった。
そう……っ、この態度から見ても分かるように、ジェラールの抱えている問題というのは、対人関係にあるっていうか、私を見て、女の子だと勘違いして更に態度が悪くなったように、極度の女嫌い、人嫌いなんだよね……っっ。
『勿論、ジェラールがそうなってしまったのにも、あまりにも、きちんとした大きな理由があることは間違いなく……』
――原作小説である秘め恋では、殆どのキャラクターが、本当に、みんな重たい過去を背負っているから……っ。
実際、ジェラールは、5歳の頃に、自由奔放だった母親の浮気により、知らない男性が、この家にやってきては、仲睦まじい姿を見せる様子に、手ひどく裏切られたと感じ、心の闇を抱え、人嫌いを拗らせていて、 誰のことも信用出来ない状態になっていたりして、私に対する態度も、それが原因だったりするんだよね。
特に、騎士団長が騎士団で忙しくしていて家に帰って来られない状況が続いたこともあって、ジェラールの母親のその行動は更に大胆になっていて、最後の方は、隠しもせずに堂々と、この家で、吟遊詩人だったその相手との逢瀬を繰り返していたみたい。
騎士団長がそのことを知ったのは、仕事で忙しくしていた上に国王陛下からの命令で重要な任務に就いていた騎士団長に、このことを言おうかどうか、ほんの少しの期間迷ったものの、あまりの状況に事態を重く見た、使用人頭である執事長からの密告の手紙だったはず。
そうして、最終的に自分の夫である騎士団長のことは愛しておらず、お金目当てで結婚したということが発覚しつつ、相手と駆け落ち同然で家を出て、その後、捜索した騎士団長に見つかって責を問われるも、自分が仕出かしたことを棚に上げて『家に一人でいたら可笑しくもなるっ』だとか、そういった言葉で不倫を正当化した挙げ句、人のせいにして盛大に当たり散らかして、もの凄く大変だったみたい。
それを、全部、ジェラールは、母親の醜態も含めて間近で目の当たりにしてしまっている訳で……。
――だからこそ、ジェラールのこの女嫌い、人嫌いに関しては、原作でも、あまりにもどうしようもなかった、その母親に起因するものなんだけど。
この時期、その性格が更に悪化するように、ある一人の侍女によって巻き起こされる事件によって、余計に、人に対して不信感を募らせていくことになり、ジェラール自身が誰も信用出来ないようなことが起きてしまうことから……。
その人物は、私たちみたいに名前がある登場人物とは違い、モブとして登場していたこともあって、私自身も分かっているのは、よくあるような茶髪に茶色の瞳を持っているという特徴のみで、原作でも、名前も何もなかったその侍女を探し当てるのは、少し大変かもしれないけど。
このまま、ジェラールが更に、人嫌いをこじらせてしまわないよう、私は『何としても、その元凶を見付けて、それだけは阻止してあげたいな』と、心の中で強く思う。
『そのためには、何としても、ジェラールともっと仲良くならなくちゃっ!』
そうして、ジェラールがソファーに座ったあと、サージュさんが背後に控えるように立ってくれて、アレクシスお兄様と騎士団長も座ってくれたのを確認してから、ジェラールの対面に座って、出来るだけ、ジェラールとも仲良くなれるよう『ジェラールと、話せるの、僕、本当に嬉しいな』と声をかけながらも、私はさりげなく周囲に気を配って目を光らせていく。
そのあとで……。
「あの、ジェラール……、ジェラールは、紅茶は好き?
僕は、紅茶が凄く好きで……、ジェラールも、もしも好きだったら、良かったら、今後の参考のためにも、いつも飲んでいるような紅茶の銘柄を教えてほしいなって思うんだけど……」
と、目の前に運ばれてきた紅茶の話題を振っていけば、ジェラールの瞳が、ほんの僅かばかり見開いたのが見てとれた。
因みに、ジェラールは、子どもの頃から大の紅茶好きで、紅茶の銘柄には凄く詳しいっていう設定があるんだよね。
だから、紅茶の話題なら、少しは食いついてくれるかなと感じて、今、騎士団長が……。
「アレクシス様、リュカ様、気持ちばかりのもので申し訳ありませんが、我が家のシェフが作った自慢の洋菓子達になります。良かったら召し上がってください」
と声をかけてくれて、紅茶と共に、侍女の一人が私たちに『リュカ様、ジェラール様、此方にどうぞ。もしも、机の高さなどで、目当てのものが取れないようでしたら、私が、お取りしますのでいつでも声をおかけ下さい……っ!』と声を出してくれて、立食形式の、マカロンや、クッキー、ケーキなどの方へと案内された途端。
騎士団長の邸宅にいる茶色の髪をした侍女が二人しかいないことを確かめた私は、髪の毛をシニヨンで一つに纏めたキビキビとしたタイプの侍女か、柔らかい雰囲気を持っている髪の毛を二つ結びにしている侍女のどちらかが怪しいなと感じつつも、今、声をかけてくれた方の柔らかい雰囲気の侍女に……。
「大丈夫です、自分で取れます」
と、声を出して、私は、ジェラールが苺のショートケーキを取ったのを確認してから、同じものを取り、ほんの少しでも話の取っかかりになればいいなと思って、ジェラールに声をかけていく。
そうして、私のその言葉に、それまで、むすっとしてばかりだったら、ジェラールの顔が、ほんの僅かばかり崩れたあと、それでも、まだまだ信用出来ないといった様子を見せながら……。
「俺は、オーソドックスだが、香り高いダージリンが好みだ」
と声を出してくれてから『お前は……っ?』と問いかけるような視線を向けてきてくれたことで、私は、敢えて……。
「僕は、ダージリンにも近い紅茶として、ダージリンと並ぶくらい香り高いアッサムが好きだな。
公爵家で初めて出してもらった紅茶がそれだったから、特にお気に入りになっていて、ミルクティーにすると更に美味しくなって柔らかい風味になるから好みだったり……っ。
ただ、フレーバーティーにするなら、そもそもが、ベルガモットフレーバーを付けていることから、更に他のフレーバーとも合わせやすいと言われている、アールグレイが一番好きだよ」
と、私自身が、ジェラールほどではないにしても、紅茶が好きだというのも、公爵家でのアッサムの、エピソードについても本当ではあったけど。
特に、親近感を抱いて貰えるように、ジェラールが一番好きだというダージリンにも近いと言われている紅茶の茶葉の名前を出したあと、紅茶が好きな人だったなら絶対に分かって貰えるであろう知識についても、前世の知識を駆使しながら、少しでもジェラールに良く思って貰えるようにと話していく。
そんな私を見て、ジェラールは、今まで、私と話すのさえ嫌だといった様子だったけど、自分が好きな紅茶の話題になったということもあり『お前も紅茶が好きなのか?』と、やっと、ほんのちょっとだけ、顔を上げてくれて私に興味を持ってくれたようだった……。