あれから一か月ほどが経って……、王妃様の体調が徐々に快方に向かっていっているという報せと共に、私自身は、そこまでのことは予想していなかったのだけど、王城から、私に向けて、国王陛下が直々に感謝するような手紙を送ってきたことで、アレクシスお兄様や、サージュさん、そうして、フレイヤさんにも、そのことを知られてしまい、公爵家では、想像していた以上に大変な騒ぎになってしまった。
『だって、国王陛下ったら、御手紙だけじゃなくて、私に、お礼の品として王妃様が選んでくれたであろう品の良いお菓子や、洋服、帽子などといったプレゼントを、わざわざ王城から使者を遣わしてきた上で山のように送ってくるんだもん……っ』
しかも、その中には何故か、此方も、御手紙と共に、レオナルドが選んでくれたんだろうなと思えるようなクッキー缶も一緒に送られてきていた。
――お陰で、朝から、本当に、公爵邸の中は、てんやわんやで騒然とした感じになっていて、山のように届いたプレゼントの箱を運び入れるため、使用人達総出で、プレゼントの中身を仕分けしてくれながら、バタバタと、あまりにも慌ただしくなってしまっていたと思う。
あまりにも突然のことでビックリする間もなく、こんなことになるのなら、アレクシスお兄様やサージュさんに事前に伝えておけば良かったと、私自身が、公爵家に仕えている執事や、侍女達に、本当に申し訳なく感じてしまったくらい……。
その上で、今回のことについて何も知らなかったアレクシスお兄様と、サージュさん、そうしてフレイヤさんに囲まれてしまいつつ。
『王妃様の病気の件については、本当に、リュカが解決したのか?』と言わんばかりに「一体、どういうことなんだ……?」とアレクシスお兄様から戸惑ったように問いかけられて。
内心で『ここまで、大変な事になるだなんて、本当に思ってもいなかったんです……!』と感じながら、あわあわしてしまいつつも、表情にはなるべく出さないようにして、実際にコリンズ家にいた頃……、人に自慢する為の蔵書として、コリンズ伯爵が専門的な医学書を沢山買い漁っていたことを引き合いに出し……。
「あの……っ、僕自身、伯爵家にいた頃に、時間があって勉強することが出来たので、そういった本については、よく見ていて……、それで、レオナルド殿下から王妃様の病状が悪いのだと、その症状を聞いて、もしも僕でも分かるような病気なら、ほんの少しでも力になって治せるかもしれないって思ったんですっ。
その……っ、どうしても、王妃様や、レオナルド殿下の役に立ちたくて……」
と、しっかりとみんなにも納得して貰えるように、事前に考えていた言い訳……、といっても、殆ど本当のことについて、眉をへにゃりと寄せて困り顔をしながらも、どうしても助けたいという強い意思があったことを真剣に視線を上げた上で、簡潔に説明していく。
その上で、みんなからは「やっぱり、リュカが、王妃様をっ……!? まさか、その年齢で、リュカは医学書を見ることも出来るのか……っ?」と、サージュさんを筆頭に、8歳の子どもである私が医学書を見て、その内容を理解しているということにもの凄く驚かれてしまったあと。
『一応、教育などは受けてはいたものの、これまでずっと虐待されて冷遇されてきた私が、独りぼっちで、伯爵家で暮らすには、色々な知恵を身につけるために、一生懸命に自分から知識を得ようと本を読んだりして、そういう風に過ごすことしか出来なかったのだろう』
と、良いように解釈されてしまったみたいで、アレクシスお兄様からも、サージュさんからも、そうしてフレイヤさんからも、かなり同情的に心配してくれるような視線が向いた状態で、私自身が保護された時に、コリンズ家の隠し部屋に置かれていた裏帳簿などの話を二人にはしていたことから、今までも、ある程度、賢い子どもだとは思われていた様子だったんだけど、今回のことで、更に、みんなからは、8歳にしては、あまりにも俊才すぎると思われてしまったみたい。
だからこそ、心配の方が先立ってしまったのか……。
「リュカ、今回は王妃様を助けるために仕方がなかったことだとは思うし。
お前が持っている知識を伝えることについても、それを聞いたのが、レオナルド殿下も含めて善良な人間ばかりだったから良かったとも思うが、お前自身が、そういった知識を持っていることは、今後はあまり表には出さない方が良いだろう。
もしも、お前が、有用な知識を持っていると周囲に知られれば、何かの際に、お前の身が狙われてしまうこともあるかもしれないからな。
それだけは、絶対に避けなければならない……っ」
と、アレクシスお兄様からは、念を押すように、そう言われてしまったし、サージュさんからも「あぁ、俺も、俺達に話すのは良いと思うが、表立って、そういった知識があるようなことを言ったりするのは、なるべく隠した方が良いと思う」と声をかけられてしまった。
そのことに、私自身も、そうさせて貰えたら有り難いなと感じつつ。
原作の小説では、リュカお兄様自身も、将来、アレクシスお兄様の補佐官のような立場に就くことになるからか、凄く頭の良い設定で、ヒーローの一人として、子どもの頃から、非凡な才能を見せていたものの、その時も、アレクシスお兄様は、優しく、リュカお兄様のことを受け入れてくれているような雰囲気だったから、サージュさんと二人で、割とすんなりとこの状況について受け入れてくれているのは、二人の性格から来るものだとは思うんだけど。
ここまできても、本を読んで知識を得たということ以上の上手い言い訳が見つからなかったから、今、この瞬間にも、私自身が医療に凄く詳しいんだということについて、そこまで深く聞かれるようなことにならなくて済んで、私は、ホッと胸を撫で下ろした。
その上で、私も、アレクシスお兄様とフレイヤさんが代表して確認してくれていた国王陛下から届けられたという手紙を開いて見させてもらったんだけど……。
国王陛下も、アレクシスお兄様や、サージュさんと同様に、私自身が『医療に詳しい』ということについては、周りの大人達から、特別、注目されてしまう恐れもあると心配してくれて、あまり、その情報を表には出さない方が良いと思ってくれているみたいで、表向き、今回のプレゼントは、あくまでも、王妃様のことを心配して、殆ど、公の場に出ることがなくなってしまって、今まで思い悩んでいた様子の第一王子であるレオナルドに親しい友人ができたことを祝うためのものにしてくれているみたい。
『でも、それだけでも、本当に充分すぎるくらいだよね……っ。
だって、普通に考えたら、第一王子であるレオナルドの友人として、国王陛下と王妃様が直々にプレゼントを贈ってくれているという状況があるだけでも、公爵家の養子になったばかりの私にとっては、大きな後ろ盾を得られるということに間違いないんだから……』
更には、レオナルドと仲が深まったこともあって『私さえ良ければ、息子の友人として、今後はいつでも好きな時に王城に来てくれたら良い』と許可も出してくれているそうで、そんなことは、本当に、今までにも前例がなく、あまりにも異例なことで、私自身が、王族の人達からも気に入って貰えた証しになっているのだとか。
だからこそ、元々、アレクシスお兄様やサージュさんの配慮で、国王陛下に謁見した際に、私の存在を公爵家の養子として認めてもらうことで、私の立場を固めようとしてくれていた事実があるんだけど、こんな風に、わざわざ公爵家まで王城からの使者が来た上で『息子の友人』だと強調してくれるようになったというのもあって、アレクシスお兄様からは『本当に出来すぎなくらいだが、これで、社交界で表立ってリュカの出自について、あれこれと言ってくる人間を少しでも減らせるとは思うんだがな』と言って貰うことが出来た。
その上で、サージュさんからは、ほんの少し心配した様子で……。
「だけど、国王陛下が、これだけ、リュカのことを、レオナルド殿下の友人として認めている状況があるのなら、将来、レオナルド殿下の側近候補として、自分の子どもを送り出したいと思っていたような家柄からは、嫉妬などの感情を買ってしまうことになるだろう……?
表立ってはいい顔をして近づいてきても、裏では、リュカに対して何かしら仕掛けてくるような輩が出てくる可能性だってあるし、リュカの傍にいることで、美味い汁を吸いたいとやってくるような寄生虫みたいな奴らが出てくる可能性も高いからな。
その辺りは、これから、慎重に動くべきだと思うけど……」
と、言われてしまって、私自身、転生していることもあって、そういった社交界などのことについては凄く疎いんだけど、確か、原作の小説で、18歳になった時の未来で、社交界デビューしたヒロインも、平民からいきなり侯爵家の令嬢になったことで口さがない噂を立てられてしまったりで大変な思いをすることになっていた筈だから、多少、そういうのは理解することが出来るかも……。
その上で、私自身が、リュカお兄様を殺した犯人を見付けなくちゃいけないから、必然的に、今後は絶対、そういった悪意のあるような人とも絡んでいくこと自体が増えるだろうなと思いつつも、それは、私にとっては、どうしても必要なことだし、仕方がないことでもあるよね……。
だからこそ、この間の王城で見た、二人の侯爵であるボールドウィン侯爵と、クレヴァリー侯爵については、調べを進めていった方が良い気がするんだけど。
アンドレ侯爵が、アレクシスお兄様とサージュさんの調査で失墜するにも拘わらず、この二つの家柄が、何故か、今後、没落していかないことを考えれば、二つの家柄について深く探っていくのは難しそうで、中々、その尻尾を見せてもくれなさそうだから、手始めに、彼等の取り巻きとして、その近くにいたエドヴィン伯爵や、ヘルソン伯爵といった、コリンズ家と同格な、伯爵位を持つ家柄の調査から進めていった方が良いかも……っ。
大きな家柄になればなるほど、実際に、リュカお兄様を殺す事件に関わっていなかったとしても、色々な情報を持っている可能性も高くなるだろうから、ちょっとずつ、窓口を広げて、やがては、二つの侯爵家へと調査の手を進めていくことが出来れば嬉しいな。
勿論、犯人が、何故、リュカお兄様を殺すことになったのか、という所まで、その動機についても、深く探っていく必要はあると思うけど、それについても、王子であるレオナルドと仲良くなれたことで、今後、私が社交界に出ていくようになれば、より詳しく色々な貴族の人達からも情報収集が出来るようになってくるはず。
それが、どんなに裏で画策して私のことを傷つけようとしてきている人であろうとも、私自身はリュカお兄様の死の真相を探るために、危ないのは承知の上で、どちらかというのなら、そういう人の方こそ、積極的に関わって話していきたいなとは感じていたり……。
『とりあえず……、レオナルドとは友達になることが出来たけど……、今の目標としては、もうちょっと、人脈作りを頑張る必要があるよね……っ。』
出来ることなら、社交界へと出るまでに、色々と、今の時勢などや、人々の噂話が、ほんの少しでも自分の耳に入ってくるようにまでは、しておきたいなって思うし。
社交界にデビューするまでには、まだまだ時間があるからこそ、王城へと行き来して、レオナルドとも関わりつつも、レオナルドだけと関わっている訳にはいかないから、草の根運動的に地道に一歩ずつ頑張っていかなければいけないようになるかもしれないけれど、それでも、私自身がレオナルド以外の他の人達とも関わって誰かと親しくなったり、人脈を築いていくことは、今後のことを考えた時にも、本当に凄く大事なことになってくるはず。
レオナルドと関わるようになってから、ずっと、そのことは頭の中にあって、これからのことも考えるなら、原作でも、未来で、重要なポジションに付くことが決まっている人物と関わることが出来れば、きっと情報も入ってきやすくはなるんじゃないかなと感じていただけに。
幸いにも、丁度、今日、王城からこんなふうにプレゼントが届く前に、アレクシスお兄様から、最近、離婚したばかりの騎士団長が、塞ぎ込んでしまったまま、部屋から出て来なくなってしまったという自分の息子のことで困っているという話を聞いて、私は、直ぐに、それが、原作の小説の中で、未来に、最年少で騎士団の副団長になるヒーローの一人だということに気がついて、会ってみたいなと思っていたところだった。
騎士団長がそのことをアレクシスお兄様に話して、私のことについても知ってくれていたのは、コリンズ伯爵家のことがあって、王命で騎士団長も、コリンズ伯爵家の裏を探るためにアレクシスお兄様の手足となって動いていたからで、実際、私は気づけなかったけど、あの日、私をアレクシスお兄様とサージュさんが保護してくれた中に、騎士団長の姿もあったみたい。
それで、国王陛下と同じように、自分の息子と私の年齢が同い年だということもあって、幼い子ども同士が積極的に関わるようになったら、ほんの少しでも何か変わってくるかもしれないと期待してのことだと思う。
原作では、アレクシスお兄様に保護されたあとも、暫く、妹の死と酷い虐待により弱ってしまっていた、リュカお兄様の心の傷も癒えていない状態のまま進んでしまうこともあって、同時期にレオナルドは王妃様の死を体験し、これから出会うヒーローの一人についても、母親のことで深い傷を負ってしまっていたことから、それぞれ、もっと後に、出会うことになり。
リュカお兄様と、レオナルドと、騎士団長の息子である彼は、みんな心に重いものを抱えていて、色々な物が手遅れになってしまった状態で、彼等のことを心配した保護者である陛下や、アレクシスお兄様、そうして、騎士団長といった面々が、子ども達を引き合わせることで、全員が全員、その背景に、深く抱えているものから、傷を舐め合うような感じで一緒にいるようになるんだけど。
『出来ることなら、ほんの少しばかり、心の奥に巣くう闇の部分は取り払ってあげたいかも……っ』
と、どうしても、私は、これから出会う、そのヒーローに思いを馳せてしまう。
だからこそ、アレクシスお兄様が「騎士団長が、年頃が近いから、お前と会わせてみるのはどうかって言っているんだが、……リュカは、どうしたい?」と問いかけてくれたことで、私自身、一も二もなく、その言葉に頷くことにして、騎士団長がお休みの日を狙って、アレクシスお兄様と一緒に、最後のヒーローである騎士団長の息子『ジェラール』に会いに行くことにした。