あれから……。
「オイ……っ、リュカっ、待ってくれっ!」
と、扉を開け、王妃様の寝室から廊下へ出たところで、後ろから慌てたように追いかけてくれたレオナルドにそう言われて、私はほんの少し目を見開いてから、レオナルドの方へと振り向いていく。
そのあと『一体、どうしたのだろう……?』とキョトンとする私に、レオナルドの方から……。
「あの……、あれだ、最初に会った時、俺自身、あまりにも素っ気なかったっていうかさ、さっきまでの態度に関しても、本当に悪かったと思ってて、正直、申し訳なかったなって……っ!
母上のこと、本当にありがとうなっ!
今まで、原因不明の病気で絶対に治ることがないんだって思ってた分だけ、諦めの気持ちも出てきてしまっていたから、もし、これで、本当に母上の病気が治るのなら、本当に滅茶苦茶嬉しい……っっ」
と率直な意見としてそう言って貰えたことで、私は『そんなこと気にする必要ないのにな』と感じながらも、ほんの少しだけ口元を緩めつつ「はい。王妃様の病が完治することを、僕も願っていますね」と柔らかく声を出していく。
そうして、僅かばかり間があって、その後、何か言いたげな感じではあったものの、どこか言い辛そうにしながら、何か、言葉に窮したような様子で、もだもだとした雰囲気だったレオナルドの口から、顔を上げて、意を決したように。
「それで……、そのっ、俺、これからはお前と、もっと一緒に過ごしたいって感じていて、友達になってくれたら嬉しいんだが……っ!」
と、言われたことで、ストレートな物言いに、私はほんの少しだけ面食らってしまったものの、それでも、その言葉を断ったりするという選択肢はどこにもなくて、レオナルドにそう言って貰えて私も嬉しいなと感じながら「はい、勿論です。……これから、宜しくお願いします」と、声を出したら、ホッと安堵したような表情を浮かべたレオナルドから、破顔したあと「あぁ……! 絶対に、また、王城に遊びに来いよっ!」と、言って貰えたことで、私もその言葉に、こくりと頷き返すことにした。
原作でのレオナルドは、本当に気に入った人間で自分が認めた人以外とは交流を深めたりしなくて、時期国王として用心深く、ちょっとだけ気難しい一面も持っていたりしたから、思いがけず、レオナルドの方から、友達になってほしいと言って貰えて、私自身も凄く嬉しいかもしれない。
レオナルド自身、本来の原作では、リュカお兄様と親しくなる切っ掛けが、お互いに大事な人を失ってしまったという共通点からくるもので、決して、良い意味合いのものじゃなかったから、そういった事について、事前に、レオナルドが大切な人を失わないようにと阻止することが出来たのは、凄く嬉しいかも……。
――リュカお兄様が亡くなってしまった時のように、あんな思いをするのは、私だけで、本当に充分だから……っ。
そうして……。
そのあと、出会った当初から比べると一気に親しく話すことが出来るようになったレオナルドと『絶対にまた、王城へと遊びに来る』という約束をしたあとで別れ、アレクシスお兄様のもとへと帰るため、私を呼びに来てくれた侍女に連れられて、王城の中の中庭に続く1階にある渡り廊下を一緒に歩いていたんだけど。
その道中で、突然、がやがやと賑やかな雰囲気になっていくのが感じられたことで、私は思わず、立ち止まって『……???』と、中庭の方へと視線を向けていく。
そうして、突然聞こえてきた、人の声につられるようにして、私が、戸惑うような仕草で立ち止まったからか、アレクシスお兄様のもとへと案内するように一歩前を歩いてくれていた侍女も、その場に立ち止まり『パッと見て、人が多い様子だけど、一体、何があるんだろう?』という私の視線を追いかけてくれたあと。
「あぁ……、そうですね。
リュカ様にとっては、あまり見慣れない光景かもしれませんが、本日は、王城で、社交パーティーが執り行われる予定になっていますので、来賓客の方達も多いんです」
と、丁寧な仕草と言葉を以てして、私に向かって教えてくれた。
見れば、正式なパーティーは王城のホールで執り行われるのだろうけど、パーティーの開催前に、まだ、ホールへの入場が許可されていない間は、彼等を待たせたり、手持ち無沙汰にさせてしまうことから、こうして、定刻になるまでは、軽く飲み物などを出しながらも王城の庭を開放しているのだと思う。
正式なパーティーだからか、礼装に身を包んだ、多くの人で賑わっている庭園の中で、中身の入ったワイングラスを幾つもトレーの上に載せて、忙しなく動き回るボーイとは正反対に、優雅な雰囲気の貴族達が思い思いの雰囲気で談笑しているのが見えるし、パッと見た限りでも、本当に沢山の貴族達が、王城へとやってきていることから、思わず、足を止めて『凄く豪華なパーティーが開かれるんだろうな』と彼等の方へと見入ってしまっていたら……。
『……っ、あっ、あの人達っっ、アンドレ侯爵と、その取り巻きの人達……っ!?
……リュカお兄様が殺されてしまったパーティーの際にも、参列していた人達じゃないかな……っ!』
と、私は『まさか、こんな所で、あの時のパーティーに参列していた人達に出会えるだなんて』と思わず、数人で固まって、リュカお兄様のことがあったのに、本当に、あの時のことについて何事もなかったかのように、今、この瞬間にも、和やかな雰囲気で談笑しているような貴族の方へと視線が釘付けになってしまった。
「あ、あの……、あちらにいらっしゃる、貴族の方達のお名前とか、分かりますか……?」
そうして、思いがけず、この場で、コリンズ伯爵とも繋がりが深かった高位貴族として、同じように私腹を肥やし、裏で真っ暗なことをしている筆頭として、元々、アレクシスお兄様が汚い事をしているんじゃないかと探っていた、アンドレ侯爵をメインに、その周りに、数人、あの日のパーティーの時にも参列していた『貴族派の貴族達の姿』を見付けたことで、アンドレ侯爵以外の人の名前が分からなかったことから、王城のメイドである彼女なら何か知っているかもしれないと問いかけると。
「え? ……あぁ、そうですね。あちらの方達は、皆様、貴族派に属している方達です。
その中でも、一番、爵位や序列が高いのは、中央にいらっしゃるアンドレ侯爵ですが、その両隣にいらっしゃる方々も侯爵位を持っていて、それぞれが、アンドレ侯爵の腹心のような方達でもいらっしゃいます。
確か、アンドレ侯爵の右手にいらっしゃる方がボールドヴィン侯爵、左手にいらっしゃる方がクレヴァリー侯爵だったかと。その他の方達は、エドヴィン伯爵とヘルソン伯爵ですね」
と、丁寧な口調で、それぞれの人達のことについて、簡潔に教えてくれ始めたことで、私は思わず彼等の姿に眉を寄せてしまった。
あの時、コリンズ伯爵夫妻が、過剰なまでに接待をしていたことから、私自身、てっきり、コリンズ伯爵家のパーティーに来ていた侯爵位を持つ人は、アンドレ侯爵だけだと思っていたんだけど、まさか、アンドレ侯爵と同じく侯爵位を持つ人達が他にいただなんて思いもしていなかった。
だけど、確かに、あの日、伯爵家でリュカお兄様が死んでしまった時、私自身がその場にいる人達の姿を見ていたことで、よく覚えているんだけど、彼等の姿もあったと思う。
だからこそ、ここにいる人達が、リュカお兄様を殺した直接の犯人かどうかは分からないけれど、それでも、あの場にいたということは、等しくみんな、容疑者の一人であることには間違いないだろう。
そうして、パッと見た限りでは、オレンジ色っぽい感じでライオンのたてがみのような髪型をしているボールドヴィン侯爵は、葉巻を咥え、50代くらいの割には、若々しい感じでありつつ、がっしりとした体格に、どこかのマフィアのボスのような風格を携えていて……。
更に、アンドレ侯爵の左隣にいる白髪交じりのクレヴァリー侯爵は、如何にも貴族らしい感じでありながらも、一見すると紳士風の60代くらいの年齢に見えるけど、貫禄があって、どことなく、底が知れないような雰囲気がある。
どちらも、確かに、アンドレ侯爵の腹心であり右腕というには、あまりにもそれっぽい感じの雰囲気は持っているような気がするし。
何て言うか、それ以上の風格のようなものを漂わせている気がするんだけど、そんな中で、私自身が何よりも疑問に感じたのは、私の実家でもあったコリンズ伯爵家の失墜と共に、アンドレ侯爵自身も、アレクシスお兄様が調査を進めていく上で、今後、没落の一途を辿ってしまう、ということだ。
だけど、原作での、その没落した家柄の中には、アンドレ侯爵のことだけが書かれていて、ボールドヴィン侯爵のことと、クレヴァリー侯爵のことは一切何も書かれていなかったと思う。
そのことが、どうしても気に掛かるというか、不自然にも思ってしまうというか……。
貴族派として、一番上に立っていた筈のアンドレ侯爵は失墜するのに、その右腕として、腹心でもある筈のボールドウィン侯爵と、クレヴァリー侯爵が一緒に失墜しないなんてことが、あり得るんだろうか……?
『だとしたら、それは、一体どうしてなんだろう……?』
私が、ボールドヴィン侯爵と、クレヴァリー侯爵を筆頭に、目の前の貴族の人達の姿を見て、もやもやとした気持ちから、そのことを疑問に感じた瞬間……。
「リュカ……、こんな所にいたんだな……っ! 迎えにきたぞ」
と、待たせていたことで、痺れを切らして私のことを捜しに来てくれたのか、アレクシスお兄様が、私の姿を見付けて駆け寄ってきてくれたのを感じながら、私の意識は、自然、そちらの方へと向くことになった。
「……アレクシスお兄様……っ!」
そうして、アレクシスお兄様が呼びに来てくれたことで、その名を呼ぶようにアレクシスお兄様の方へと声をかければ、アレクシスお兄様が『慣れない王城で、長いこと一人きりにさせてすまなかった。……王城では色々な人間に気を遣わなければいけなかったりもするし、疲れただろう?』と、頭を撫でてくれた上で声に出し、そのまま、もう、王城の中で歩いたりしなくてもいいようにと、過保護にも私のことをぎゅっと抱え上げてくれた。
そのあと、ふわっと、身体が浮くような感覚がして、アレクシスお兄様の腕の中に収まれば……。
「一度、庭園の方へと迎えに行ったんだが、いなかったから、お前のことをずっと心配していたんだ。
……レオナルド殿下には出会えたのか……?」
と、アレクシスお兄様が私に向かって問いかけるように声をかけてくれる。
その言葉に、こくりと一度だけ頷き返したあとで、私は。
「はい、レオナルド殿下とは、お会い出来ましたし、これからも王城へ遊びに来てほしいと言ってもらえて、親しく話すことの出来るお友達になって貰えました。
僕も、仲良くしてもらえる友達が出来たのは、初めてのことなので、凄く嬉しいです」
と、正直に伝えたんだけど、逆に、レオナルドの気難しい一面を知っているアレクシスお兄様からは、私とレオナルドの距離が一気に縮まったことに「もっと、時間がかかるかと思ったんだが、いつの間に、レオナルド殿下と、そんなにも親しくなったんだ……っ?」と、もの凄く驚かれてしまった。
更に言うなら、私の助言で、このあと、王妃様の病状が徐々に回復して、快方に向かっていくことになれば、きっと、もっと驚かれてしまうだろうなと思いつつ。
これから先の未来で、そのことがアレクシスお兄様にも伝わってしまうことになる可能性はあるかもしれないなと感じながらも、私はとりあえず、原作を変えてしまったことで、どんな影響が出てくるのか分からないということもあって、アレクシスお兄様には、今日、王妃様や、王妃様の主治医であるお医者様相手に、自分が仕出かしてしまったことについては、王城から何かしらのアクションがあるまでは内緒にしておこうと心の中に決めて……。
ほんの少しだけ、遠い目をしながらも『……王妃様相手に、医療の知識をひけらかしてしまったことについて、アレクシスお兄様に知られる前に何とかならないかな……?』と、内心で、ちょっとだけあわあわとしてしまった。