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第16話 王妃様の病の原因と治療方法


 それから、レオナルドの案内で、王城の廊下を歩き、私は王妃様がいるという寝室までやって来ていた。


 隣を見れば、レオナルドの表情があまりにも固く、緊張感を走らせていることで、これから会う王妃様の心配をしているのだということが如実に伝わってくる。


 そうして、コンコンと一度だけノックをしたあと『どうぞ』という声がかかったことで、そっと扉を開けて寝室の中へとレオナルドが入室したのを確認してから、私自身もレオナルドに付いて、王妃様の寝室へ入らせて貰うと。


 丁度、王妃様の診察をするために60代くらいの威厳のあるような感じのお医者様が来ていたみたいで、王妃様の状態を見て「あまり症状が芳しくないですね……っ」と難しい表情を浮かべていて、私はそのことに『わぁっ、まさかの、本職のお医者さんがいるっ』とドキドキしながら、レオナルドと一緒に、なるべく音を立てないように、そっと王妃様のいるベッド際まで近づいていく。


 その瞬間、王妃様の視線も、お医者様の視線も私達の方へと向いて……。


「レオナルド、? もしかして、私に会いに来てくれたの?」


「っっ! 母上、起きてて大丈夫なんですか? どうか、無理だけはなさらないでくださいっ」


 と……、ベッドの上で、王妃様が、弱々しい仕草で上半身だけ起こしたあと、王妃様の方へと駆け寄っていったレオナルドを一度だけ見遣ってから、私の姿を見付けて。


「まぁ……っ、レオナルドがお友達を連れてくるだなんて、とっても珍しいわねっ。

 こんな格好で、本当にごめんなさい」


 と、涼やかな声色と柔らかいような雰囲気で、ほんの少しだけ申し訳なさそうに、私に向かって謝ってきてくれた。


 その上で、一目見ただけで感じられるような儚いほどのその姿に、王妃様が無理をしているのだと分かるくらい痩せきって衰弱していっているのだというのが伝わってきて、私は、そのことに思わずヒュッと息を呑んでしまった。


「あ、コイツは、その……、あのっ、母上、笑わないで聞いてほしいんですが、実は、コイツ、少しだけ医学の知識があるみたいで、だから、母上が今、身体を起こすのも辛いっていうのは俺自身も分かっているのですが、コイツに診て貰うことで、ほんの少しでも、病気の手がかりが見つかればと思いまして」


 そうして、張り詰めたように気を張っていたレオナルドが、ベッドに横たわっている王妃様に向かって私のことを紹介してくれると、目の前のお医者様の視線が『なんと……っ!』と、大きく見開かれ。


 『私でも分からないものが、その子どもに分かる訳がないと思いますが……っ!』と疑心に満ちあふれたような瞳で見つめられた上に「で、殿下、恐れながら申し上げますが、それはいささか、無謀のようも思えるのですが……、そちらのお子様は、まだ、殿下と同じくらいのお年の少年ですよねっ?」と私に対して突っかかるように声を出してくる。


 実際、当たり前だと思うけど、当然ながら、自分に分からないことが子どもである私に分かる訳ないだろうというお医者様としてのプライドのようなものもあるだろうし、私自身が突拍子もないことを言っていることから、その言葉には、不審の色しか乗っていなくて。


 それを見て、王妃様が、私とお医者様の間に漂い始めた一方的にも感じるような不穏な気配を察知してくれたみたいで、この場を収めるかのように、お医者様に向かって……。


「私の病名は、ここにいる高名な医師ですら分からなくて苦心していたのだけど、折角、レオナルドが私のことを思って、あなたのことを連れて来てくれたんだもの。

それなら、ほんの僅かな時間でも構わないから診てもらえたら嬉しいわ」


 と、私達のことをフォローするかのように、柔らかい笑顔を此方に向けながら声を出してくれた。


 王妃様のその視線には、自分の子どもであるレオナルドを思い遣るような視線しか乗っておらず、子どもの言うことだからとあまり期待はしていない雰囲気ではあるものの、それでもレオナルドの自分を思う気持ちや好意を無下にはしたくなかったのだと思う。


 そんな王妃様に、私自身、ごくりと息を呑んだあと『どうか、リュカお兄様の時のように、原作から大きく逸脱していませんように』と願いつつ。


「あの、王妃様、それでは、ほんの少し手を貸して下さい」


 と、儚いほどに痩せきった王妃様の方を見遣ってから、私は、ドキドキとするような心持ちで、王妃様が差し出してくれたその手を、ギュッと握るように手に取った。


 そうして、やわやわとしたその手のひらの先まで、よくよく見ていけば、王妃様のその指先に『赤くなっている皮膚炎や爪の変形』などの症状が見られたことから、私は、王妃様の症状が、原作通りであることに『これなら、ちゃんと原因が分かるし、王妃様のことも治してあげられそう……っ』と感じて、ホッと胸を撫で下ろしていく。


 ――それに、レオナルドから事前に聞いていた王妃様に現れている症状が、私が思っていた病気の症状ともピタリと合致することから、これは、もう、絶対に間違いないはず……っ。


 それから……、王妃様のその指先を見つめたまま、私が押し黙ってしまったことで、レオナルドがせっつくように『オイ、母上のこと本当に分かるんだろうなっ!? どうなんだっ!?』という視線を向けてくるのと、王妃様のベッドの横の椅子に座っていたお医者様も『ほんの僅かばかり指先を見て何が分かるのか』と、私の方を訝しげに見てくる中。


 その視線を精一杯感じ取った上で、私はすぅっと小さく息を溢しながら……。


「王妃様。王妃様は今、恐らく肺の病気で感染症を患っています」


 と、真っ直ぐに王妃様のその瞳を見つめた上で、私はどこまでも真剣に、王妃様が今患っているであろう病気の原因を口にすることにした。


 私の口から肺の病気だと聞いたことで、この世界に、肺炎という病名自体はまだ浸透はしていないものの、ある程度、その病気については心当たりもあって『そうではないか』という目星も付けていたのだろうお医者様の瞳が、私の言葉に、ほんの僅かばかり驚いたように見開きつつ……。


「その可能性については私も疑っていましたけど、王妃様の症状が肺の病気だったのだとしたら、あまりにも表に出て来ている症状が多過ぎますし、そういった病では出てこないような症状も、沢山、出てきているんですよっ!?」


 と、少しだけ力の入ったような声色で『肺の病気にしては、あまりにも症状が多すぎる』と言わんばかりに声を荒げてくる。


 ただ、即座に、肺の病気だと伝えた私の意見には、今まで、一切何も信じていなくて不審に思っていた分だけ、自分の見解とも一致する部分があるということで、多少なりとも、その続きを聞いてみようと思ってくれたみたい。


 そうして、お医者様の反応から、王妃様も、レオナルドも、私がある程度、医学に精通していて、きちんとしたことを言っているのだと分かってくれたみたいで、この場にいる全員の視線が、真っ直ぐに私の方へと向く中で、私は、ゆっくりと今の王妃様の病気について、どうしてそうなっているのかという所まで含めて、しっかりと説明していくことにした。


「はい、そうですよねっ。

 それに関しては、王妃様自身が今、二つの病気を同時に患っているので当然のことだと思います。

 肺の病気に関しては、あくまで、体力が不足してしまって弱った身体に感染症として入ってきて、その病気を併発してしまっているだけで、元々の根本的な病気ではないんです。

 今現在の王妃様が、肺の病気の時には出ないはずの、皮膚炎に、脱毛、そうして、味覚障害を患っていることから考えても、その身体を苦しめている根本的な病気は、必要な栄養の欠乏症……、無理なダイエットによって、王妃様の身体に重要だった栄養が不足してしまったことで起きちゃったものだと思います」


 そうして、私がハッキリと王妃様の病気について二つの病気を患っているからこそ症状が多くてきちんとした判断が出来なかったのだろうと話したことで、みんなの視線が驚きに見開かれていくのが見てとれた。


 それもそのはずで、この世界では、まだまだ、タンパク質や脂質などといった栄養素が知れ渡っていないことからも、漠然と身体に良さそうだから野菜を取れば大丈夫だとか、精のつく食べ物さえ食べていれば大丈夫といった感じで、病院食などに関しても、どうしても偏ってしまいがちだけど、本当は、色々な食べ物を食べることで、きちんとした栄養を摂取する必要があるんだよね。


 その上で、今、この世界において、タンパク質や脂質などという言葉を用いて説明したところで、誰にも通じることはないと思うから、きちんとした病名まではしっかりと伝える事が出来ないけれど。


 ――王妃様の本当の病名は、亜鉛欠乏症と見てまず間違いないはずだ。


 亜鉛というのは、人体にとって、かなり重要な栄養の一つであり、亜鉛不足に陥ることで免疫力が低下したり、髪の毛や爪のタンパク質を合成するのにも必須の成分のため、王妃様のように少しだけ髪の毛が抜け落ちてしまったり、爪が変形したりといった症状も現れてしまいやすい。


 更にいうなら、亜鉛自体は、基本的には貝や魚なんかの海鮮系に多く含まれていて、お肉とかにも含まれていたりするんだけど、王妃様はダイエットをするために、自分から、そういった食べ物を摂取するのをやめて、この時代でもダイエットに効果的だと自然に知られている、食物繊維を多く含んだ野菜や果物などを中心に食べていたことから、食物繊維が亜鉛の欠乏を促進しやすいということで、二重に亜鉛不足に陥ってしまったんだと思う。


 それから、亜鉛欠乏症による免疫力の低下により、王妃様は元々の病気から併発して肺炎を患うことになってしまった。


 私の言葉に「ほっ、本当に、ちょっと見ただけで母上の病気が分かったのかっ!?」と驚いた様子だったのは、レオナルドだけじゃなくて、王妃様や、お医者様もまた同様で「そんなっ、本当に、誰も分からなかった私の病気が分かったの……っ?」と、此方に向かって目を丸くしながら声を上げてくる。


 更に、お医者様はお医者様で、凄く半信半疑な様子で、私の言葉をまだまだ、疑っているような雰囲気で、レオナルドから事前に話を聞いていた限りだったら、自分なりに、病気の療養の目的で、王城のシェフにも話して療養中の王妃様のために病人食として食べやすいものや、この時代に精が付くようなものをと配慮して積極的に出すようにと伝えているような雰囲気だったから、私の言葉に、直ぐには納得出来ないのだと思う。


 そうして、続けざまに「必要な栄養が欠乏しているってどういうことなんだ? いつもの食事じゃ駄目なのか……?」とレオナルドが訝しげに眉を顰めて声をかけてくるのを聞きながら、私は。


『まだまだ、亜鉛なんて成分が身体にとって凄く重要な要素になってくるだなんて知られていないはずだし、他の栄養に関しても、漠然とした感じでしか認知されていないから、そういう反応をされるのも当然のことだよね……っ』


 と、この世界の常識や医学などの分野の、あまりにも先を行っている内容にどう説明したものかと感じながらも……。


「王妃様は、これまで、ダイエットのために、サラダを中心に生活していたんですよね……?

 それで、魚やお肉などを食べる機会がグッと減っていて、こういうふうになってからも、病人が食べるようなスープなどが中心になった上に、味覚障害や、食欲が湧かないなどで、ご飯なども全部は食べられなくて残したりしていませんか……?

 無理をするのは良くありませんが、体力をつけるためにも、そういった食事を中心に、出来ることなら小さく切ったものでも構わないのでお肉やお魚などもとれるようにした方がいいと思います」


 と、説明していく。


 王妃様自身が、たんぱく質を多く含んだお魚やお肉などを中心に食べることが出来れば、今現在、併発して患っている肺炎などにも多少効果はあるはずだし。


 原作では、免疫力の低下で肺炎を患っていたことで、それが悪化して亡くなってしまったということだったから、そういうところから少しでも改善出来れば、まだまだ治癒することは出来ると思う。


 それに、肺炎に効くような、この世界限定のハーブなども、後に判明することから、そのことで、大人になったレオナルドが『自分が幼かった頃に、このハーブの効能さえ分かっていれば、母上を助けられたかもしれないのに……っ!』と、凄く後悔して、悔しそうにしているような描写があったりするんだよね。


 王妃様の病気を治す上では肝心なことだからと、私はそのハーブについても「王妃様の今の症状に効くハーブがありますので、そちらも一緒にハーブティーにして飲んで頂ければ、更に、快方に向かっていくと思います」と説明しながら、みんなに安心してもらうため、柔らかく微笑みつつ、詳しく病気の治療方法について話していく。


 そんな私に対して、最初は半信半疑な様子だった王妃様もレオナルドも『本当に、この病気が治るなら……』と、いつしか、ぐっと息を詰め、私の話にしっかりと耳を傾けるようになってくれていた。


 その上で、お医者様の瞳だけが『これまで、色々なことを試してきたけれど、そんなにも簡単にいくことなのか……っ?』と懐疑的な感じだったため、私はそっと、締めくくりの言葉として。


「あの、今、僕が言っていることについては、半信半疑でも、疑ってもらっても全然良いんです。

 ただ、僕も王妃様のことを治したいなっていう、一心であり、そこに嘘や偽りなんかはありません。

 それに、王妃様の治療について、今、言ったことは、今日から直ぐに実践出来るようなものばかりですし、不当に王妃様の病状を悪化させるようなものでもないので、是非、試してみるだけでも構わないので、やってみて下さい」


 と、今日から簡単に出来ることだから、出来ればやってみてほしいと告げれば、それまで、懐疑的だったお医者様も、頭ごなしに否定する訳じゃなく。


「言っていることは、確かに筋が通っているというか、複数の病気を併発しているというのは考えてもみなかったことなので、試してみるのはありだと思います」


 と、声を出したあと『ですが、あなたは、一体、どこでそのような知識を……?』と私の方を見ながら訝しげに問いかけられてしまったことで、私は思わず、ドキリと胸を高鳴らせてしまった。


 そうして、苦し紛れに『あの、僕のお父様が、元々、そういった医学書や薬学に関係する本だけでなく、高価な本などを収集するのが趣味だったので、そこで……』と、様々な本を読んだことで身に付いたのだと説明すれば「その年で、そんなにも難しい医学書などを読むことが出来るのですかっっ!?」と驚かれた上で……。


「いずれにしても、この仮説が正しくて王妃様のご病気が治るようでしたら、それは、もう、本当に本当に凄いことですので、このことを、しっかりと陛下にも報告せねばなりませんなっ!」


 と、前のめりに、そう言われてしまって、私はその言葉に『そんなにも大それた事じゃないので……っ』と、ひたすら慌てて、あせあせしてしまった。


 因みに、私が伯爵家で医学書なんかを読み漁っていたっていうのは本当のことで、コリンズ伯爵自身が、自分で読んだりすることは一度もなく宝の持ち腐れ状態で、そういった専門性の高い書物を他人に自慢するためだけに買い漁っていたのを見て、ここ3年くらいは、本当に周りの目を盗んで、本が保管されている所に行っては、色々な書物を見てきたし、そのお陰で、私自身も様々な知識を身につけられていると思う。


 ――勿論、今回の王妃様の病気に関しては、原作の知識を大いにフル活用した上でのことなんだけど。


 それでも、アレクシスお兄様や周りの人を納得させる上では、本で得た知識だというのは、良い説得材料になるだろうと思って伝えてみたんだけど、まさか、それが国王陛下にまで話がいってしまうようになるだなんてことは、私自身、全く考えられていなかったし、このまま行くと、何だか大事な感じになっていきそうな気がして。


「あの、僕自身が、今回、王妃様の症状から、治療内容のことまで言えるようになったのは、本当にたまたまのことなんですっ。だから、普段は、そこまで詳しくはなくて……」


 と、慌てて補足するように、私は、尻すぼみになりながらも声を出していくことにした。


 勿論、私自身、ハーブの効能などが書かれた書物なども読んでいることから、そういった薬学に関する知識は、すっかりこの3年で身に付いてしまったことだけど、私自身はあくまでも一般人だから、何かあった時に期待されるようなことになってしまうといけないなと感じて、先手を打ってそっと釘を差してはみたものの。


 それでも充分凄いことだと言わんばかりに、お医者様の瞳も、先ほどまでの不審の籠もったような瞳から俄に変わってきてしまった上に……。


 先ほどまでツンケンしていた様子のレオナルドが「お前、本当に凄いんだなっ」と声を出して、その瞳をキラキラと輝かせていたり。


 もう無理かもしれないと感じていただろう王妃様の瞳に希望が宿って、私に対して『これで本当に治ってくれるなら、こんなにも嬉しいことはないわ……っ』と言わんばかりに、本当に感謝するような瞳と、慈愛の混じったような瞳で見つめてこられたりしているような気がしてならないんだけど。


『私、もしかして、盛大に、やらかしちゃったりしていないよねっ? 大丈夫だよね……?』


 と、思わず、みんなの反応に、その場で『もしかしたら、まずいことをしてしまったかも』と感じて、ほんの僅かばかり、冷や汗を垂らしながらも。


 ――それでも、王妃様のことを助けたいと思う私の気持ちは本物で、たとえ怪しまれたとしても、そうしない理由なんて絶対になかったから、これで良かったんだよねと思うことにしつつ。


 みんなから、そういった視線を向けられると、どうしても、むず痒くなってきてしまって、私は、ただただ、戸惑ってしまった。


 そうして、それは、王城のメイドが『リュカ様……っ、アレクシス様と陛下の謁見が終わりましたので呼びに参りました』と、私のことを呼びに来てくれるまで続き、私は彼女の言葉に、早急に、事がこれ以上大きくなってしまう前に、アレクシスお兄様と一緒に帰らせてもらおうと、ホッと胸を撫で下ろしながら、レオナルドと王妃様、それからお医者様に『あの……、それでは、僕はそろそろ、これで、失礼致します』と、一度だけ声をかけてから、この場を辞して、彼女に付いていくことにした。



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