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第15話 第一皇子との出会いと療養中の王妃様


 あれから、更に暫く経って、アレクシスお兄様やサージュさんが選んでくれて、フレイヤさんが私のために取り寄せてくれた洋服が到着し、フレイヤさんに。


「本当に正解だったわっっ! リュカったら、何着ても、本当に似合うんだもの……っ!」


と言って貰ったり。


 アレクシスお兄様や、サージュさんからも「リュカ、本当に良く似合ってる」と声をかけて貰えたりで、私は今日、貴族の男の子が着るような黒の短パンにフリフリのシャツ、それからベレー帽という出で立ちで、この間から、外に出る時は、ずっと着させてもらっているアレクシスお兄様のお古のケープを上着で羽織り、公爵家の煌びやかな雰囲気の馬車に乗って、王城まで向かっていた。


 というのも、かなり時間が経ってしまったけど、尋問で聞き出してくれた証言などから、やっと、コリンズ家の面々が犯した罪が確定し、ようやく、罰を与えることの出来る目処が経ったということもあり、アレクシスお兄様がその報告のために、王城に行くとあって、サージュさんの口添えで万全な体調を整えた上で、私も連れて行ってくれることに……。


 因みに、サージュさん曰く、王城には、私と同じくらいの年齢の王子が一人いて、今現在、その子は、王妃様が病に伏せって療養しているため、その心配から公の場には殆ど出なくなってしまっているらしく、親しく出来る友人でもいれば良いのにな、と周りの方がヤキモキしてしまっているみたい。


 だけど実は、私は、その話の内容について、諜報員であるサージュさんから詳しく聞かないまでも、国が隠している王妃様の病気のことなどに関しても、原作の小説を見て、全部知っていた。


 だって、その王子こそが、原作の小説で、アレクシスお兄様やリュカお兄様と並ぶ、ヒーローの一人だったから。


 ただ、アレクシスお兄様も、サージュさんも、王妃様が病気で療養していることで、王子が王妃様について思い悩んでいることを心配し、もの凄く深刻な雰囲気で『その憂いを取り払うことが出来れば良いんだが』といった感じで、王家の事情について、もの凄く案じている様子だった。


 ――そこで、今回、突然のことだったけど、白羽の矢が立ったのが私だ。


 同い年の私なら、その王子……、レオナルド殿下の相談相手として仲良くなれるんじゃないかと期待されたみたい。


 更に言うなら、私自身も、今後、公爵家の一員として社交界に出るようになるのなら『特に王家の人達とは深く関わっていくようになるから』と、王様とは一度でも顔を合わせておいた方が良いという、アレクシスお兄様とサージュさんの計らいで、やって来ることになったんだけど……。


 城門をくぐり抜け、停車した馬車から降りたあと『リュカ、はぐれないように手を繋ごう』といって手を繋いでくれたアレクシスお兄様と一緒に、複雑な感じでまるで迷宮に迷い込んだように入り組んだ王城の中を歩き。


 王としての威厳を保つように煌びやかな装飾が施された部屋の中で玉座に座る国王陛下に謁見することは出来たものの、陛下は、今現在、王妃様が療養されていることなどで少し心労が溜まっているのか、パッと見ただけでも、もの凄く疲れたような様子だった。


 だけど、その場で正式な挨拶として、アレクシスお兄様と一緒に跪いた私を見て、直ぐに、顔を上げよと声をかけてくれて。


「お前のことは私も聞き及んでいるよ、リュカ。

 その若さで、これまで、本当に、大変な苦労をしてきたようだな?

 だが、もう安心してくれ。

 これからは、スチュワート公爵家の一員として、リュカ・コリンズではなく、正式に、リュカ・スチュワートと名乗ることを、この私が許可しよう」


 と言ってくれたその瞳は、どこまでも優しく温かみがあって……。


「はい……っ、ありがとうございます、とっても嬉しいです」


 と、アレクシスお兄様もサージュさんも、このために、私と一度、陛下を会わせたいと思ってくれていたんだなと感じられて、それだけで心の奥がじわりと熱くなってきてしまった。


 だってきっと、ここで陛下が、正式に私のことを公爵家の養子として認めてくれたのが貴族の人達の間でも広まっていけば『その事実がある』というだけでも、今後、私のことを護る強力な盾にもなってくれるだろうから……。


 それからそのあと、アレクシスお兄様が陛下へと、束になった書類として、コリンズ家の調査報告書を渡して、陛下がぺらりと一枚一枚それを捲って目を通してくれつつ。


 この国の法と照らし合わせて二人が刑罰について難しい話をし始めたのを聞きながらも、私でも分かる内容として、コリンズ家は一族取り潰しの沙汰が下り、伯爵夫妻と侍女長には、子どもを虐待した罪で、更には、それを周囲にもやらせるよう率先して誘導していたという点で、事態を重く見た陛下の口から、終身刑が言い渡されることになってしまったみたい。


 また、その他の使用人達には、幾ら伯爵夫妻が虐待を行うのを誘導したからといって、自分達の判断で私に対して酷いことを行っていたのには代わりなく、その大小に拘わらず、全員、一律で禁固30年が言い渡されることになったそう……。


 私自身、もう終わったことだとはいえども、コリンズ家でのことは思い出したくもないなと感じながら、そのことを、何とも言えない気持ちで聞いていたら……。


「リュカにとっては、あんなのでも両親だった者達だから、あまりにも複雑かもしれないが、もう、お前を傷つける者はいないから安心してくれたらいい」


 と、アレクシスお兄様に声をかけてもらえた。


 その優しい言葉に、途端に、ぶわりと涙腺が緩みそうになる。


 これまでの間、大丈夫だと、自分のことを誤魔化し、騙し、欺いて生きてきたけれど、この身体はずっと悲鳴を上げていたのだと、ようやく、今この瞬間に悟ってしまうほど、これまで私は、自分を労ることも、見つめてあげることも、きっと出来ていなかったのだと思う。


 ――だからこそ、その言葉一つ一つが、心の奥底で凍てつくように凍り付いてしまっていた感情をゆっくりと溶かしてくれるような気がして、ただただ嬉しかった。


 そうして、アレクシスお兄様が『陛下、それで、王妃様の御容体は……?』と、王妃様のことを聞いてくれると。


「あぁ……。

 いや、それが、かなり深刻な状態でな、すっかり、レオンハルトが塞ぎ込んでしまって。

 リュカが来てくれて、本当に有り難く思う。

 気難しい子どもではあるが、どうか仲良くしてやってくれ」


 という言葉が陛下から返ってきて、私は思わず目を瞬かせてしまった。


『アレクシスお兄様が、事前に陛下に、そのことを話してくれていたのかな?』


 アレクシスお兄様は公爵家の養子になった私に同年代の友人を作ってあげられたらという思いでそうしてくれたんだろうけど、王城には色々な貴族の人達もやってきているし、その配慮は、リュカお兄様が毒殺された事件について追っている私にとっては、まさに渡りに船のことだった。


 そうでなくても、王子であるレオナルドと親しくなれることが、今後の人脈作りなどに影響してくることを考えると凄く有り難いことには違いないはずだから。


 そのあと、アレクシスお兄様に「まだ、もう少し、陛下と話さないといけないことがあるから、リュカは、先にレオナルド殿下の所に行っててくれ」と言われたことで、玉座の間に控えるように立ってくれていた王家の侍女の一人に「それでは、リュカ様、ご案内いたしますね。此方です」と声をかけられて、私は彼女の後をついていくことになった。


 そうして、外に出て辿り着いたその場所は、この王城の中でもトップクラスに美しい場所と称される庭園で……。


 原作の挿絵を見ていた私にとっては、ヒロインと、ヒーロー達、特に、私がこれから会う『レオナルドがよく過ごしていた庭園が目の前にっ』と感動し、思わず浮き立つような気持ちになってしまった。


 そうして、白のスイセンや、ピンク色のエリカなどの花々が咲き誇り、噴水を横目に、ガーデンアーチをくぐり抜け、庭に設置された丸テーブルと椅子に辿り着けば、その椅子に座って、太陽に反射して輝くような金色の髪に、宝石のような青い瞳を持っている凛とした雰囲気の端整な顔立ちをした王子らしい容姿の男の子が一人、この場にやって来るであろう私のことを待ってくれていた。


「あの……、お待たせしてしまって申し訳ありません。

 レオナルド殿下ですか……?」


 そうして、さくりと地面を踏みしめながら、レオナルドが椅子に座っているところまで歩いていって、声をかければ……。


「あぁ……っ、俺がレオナルドだ。

 そういうお前は、公爵家の養子になったばかりのリュカ、なんだよな?

 男だって聞いていたんだけど、まさか、女……、だったのか?」


 と訝しげに眉を顰め、私の全身を見渡すように視線を向けられたことで『いえ、僕は、男です……っ!』と慌てて否定する。


 それから、挨拶もそこそこに、レオナルドの対面であり、休憩出来るスペースとして置かれている椅子の上に座り、丸テーブルの上に侍女が紅茶のティーポットと簡単なお菓子としてクッキーを持ってきてくれると、この場で淹れてくれた紅茶が良い匂いと共に温かく湯気を放っていくのが見えた。


 その間、そんな私を見て、レオナルドからは『本当に男なのか?』と疑惑の目を向けられてしまったり……。


 更にいうと、その上で、やっぱりその姿は、原作とは少し違うというか、何て言うか、今のレオナルドは、きっと、王妃様のことで頭がいっぱいなんだろうというのは、傍から見ても明らかで。


 レオナルドの口数が少ない様子なのはきっと、今、この瞬間にも王妃様のことを気がかりに思っているからなんじゃないかな……?


「あのさっ、俺自身、父上から会ってみたらどうかって告げられたからこうして会ってるけど、本当なら、今は誰とも話したいとも思えないし、お前とも仲良くする気はないから、今日も適当に過ごしてくれ」


 そのあと、折角来てもらったところ、本当に申し訳ないとは思っているけど、と言わんばかりに突っぱねるようにそう言われてしまい、壁を作って拒絶するよう、私とはあまり関わらないようにしながら用意されたテーブルの上の紅茶を飲み始めたレオナルドに、私はパチリと目を瞬かせたあとで苦い笑みを溢していく。


 レオナルド自身、芯のある落ち着いた感じの雰囲気で、柔和な王子というより格好いい感じの正統派王子といった空気を纏わせているんだけど。


 この感じで、幼少期から、本当は優しいのに、第一皇子であり、皇太子として、これから国王陛下の跡を継ぐために威厳なども持ち合わせなければいけないと気負う部分もあったりで、凄く不器用な雰囲気を漂わせているんだよね。


 だからこそ、最初は誤解されて、みんなからは取っ付きにくい存在だって思われて、遠巻きに見られることの方が多い上に、頭の中を占める割合が、今は、療養中の王妃様のことばかりになってしまっていて、単純に私のことなんて考える余裕すらもないんだと思う。


 それだけ、王妃様の容体は悪いし、何なら、原作では『元々の原因である病気』にプラスしてとある病気に冒されて亡くなってしまうから、私自身も王妃様の事を気に掛けつつ、出来れば早期に手を打って助けてあげたいという思いがあった。


 恐らく、今の段階でも、大分病気は進行してしまっているんじゃないかなとは思う。


「あの、王妃様の容体はそんなに悪いんですか?

 えっと、僕自身、実は、まだ公爵家に来る前に、医学用の書物なんかを読んでいたので、もしかしたら少しでもお役に立てるかもしれません。

 なので、出来れば、王妃様が今、どんな症状で苦しんでるのか、教えて貰えると嬉しいです」


 そうして、私自身、王妃様が今、どんなことに苦しんでいるのか原作の知識で分かっていながらも、自分でも役に立てる事があるかもしれないと声をかければ、ここに来て初めて、レオナルドの顔がパッと上がり『お前が医学の知識を……?』と、私の話を聞いて、疑いの気持ちを持ったのか、どこまでもあり得ないという雰囲気を醸し出しながらも、半信半疑の様子で、私の方を見つめてくる。


 その上で、ややあって、グッと息を呑み込んだあと、それでも今の現状がほんの少しでも何とかなるならという思いで、私には事情を話そうと決めてくれたのか、レオナルドが。


『……っ、元々、母上は、綺麗なシルエットでドレスを着るためにダイエットをしていたんだが、今は、病弱な程に痩せきっていて、僅かながら髪の毛も抜け落ちたりしてるんだ。

 それから、食べ物の味が分からなくなって……、発熱があって、食力も低下して、みるみるうちにやつれていって、医者がいうには流行病にも似た病気だっていうんだけど、それにしたら、症状が多すぎるって……』


 と、一息に王妃様の状態を説明するため喋りながら、藁にも縋るような面持ちで私を見てきたことで、私自身、絶対に助けたいという思いでそれに答えるべく、そっと口を開くことにした。


 そうして……。


『本当に母上のことが分かるのか』と声に出し、切羽詰まったような面持ちをしているレオナルドに、なるべく安心して落ち着いて貰えるよう、どこまでも真剣な表情で声のトーンを意識しながら……。


「僕自身、実際に王妃様の症状を見ていないから、何とも言えませんが、王妃様は恐らくその身体に必要な栄養が足りていないのではないでしょうか?」


 と声を出す。


 そんな私の言葉に、王妃様の病状を今まで診てきた分だけ、もっと、重たい内容の病名が返ってくるのだと思っていたのか、レオナルドがガタリと椅子から立ち上がり、机をバンと一度両手で叩いたあと、前のめりになって。


「そんな筈はないっっ!

 母上の栄養が足りていないかどうかについては、王城の医者にも診せて、最初から考慮している話だし、体力が落ちている母上の食べれるものを選びながらも、医者と連携してシェフ達が頑張って作ってくれているんだ。

 今更、栄養が足りていないということは、あり得ないだろうっ?」


 と、遣り切れないような怒りと共に、私のことを睨みつけるように見つめてくる。


 その姿に、レオナルドを怒らせてしまったことで、ちょっとだけひやりとしてしまいつつも、それでも自分の意見にしっかりとした確信を持ちながら……、諭すように、目の前で怒りに染まった表情を浮かべるレオナルドの方を見つめて、私はどこまでも慎重に言葉を発していく。


「はい……っ、勿論、王城で、お医者様が適切な管理や体調に合った食事とかをお出ししているであろうことは僕も承知しています。

 ですが、今現在は、あくまで、病人にお出しするような食事になっているはずですし、スープや、リゾットなども王妃様が食べやすいよう味付けは薄いものになっていますよね?

 何より、王妃様は、元々、無理なダイエットをしていたからこそ、過度なダイエットからくる食事の偏りで、サラダばかり食べていたりしたんじゃないでしょうか?

 恐らくそれで必要な栄養が取れなくなり、そのことが原因で、更に流行病を患ってしまった可能性が高いんじゃないかと思います。

 僕自身、必要な栄養が取れなくなったことで、流行病にかかりやすくなってしまう事例を、その……、本で読んで幾つか知っています。

 だからもしも宜しければ、その症状を確認するために僕を王妃様の下へと案内してくれませんか?」


 そうして、私自身も、がたりと椅子から立ち上がって。


『ただでさえ、この時代、船乗りがビタミンCが不足していて壊血病になったりもしている時代だから、自分の中では必要な栄養が取れているから大丈夫だと思っても、どうしても偏った食事だと、栄養不足に陥ってしまうことも多いんだよね。

 ……それに、貴族の夫人や令嬢達がコルセットで身体を縛って、綺麗なシルエットでドレスを着ることこそが美徳とされているような時代だから無理なダイエットも発生してしまいやすい』


 と思いながら、真剣な表情でレオナルドの方を見つめれば、レオナルドが、私の言葉にキュッと眉を寄せ、険しい顔を浮かべたあと。


 王妃様の無理なダイエットについては心当たりがあったのか、数秒ほど私の真意を探るように見つめてから、やがて観念したかのように『はぁ……っ』と、ぐしゃりと前髪を掻き上げて一度小さく溜め息を溢した上で。


「母上自身は、体調があまり良くないから、ちょっとしか一緒にはいられないが、それでも良いなら付いてこい」


 と、眉を寄せながらも、私の言葉を多少なりとも受け入れようとしてくれた様子で、療養中の王妃様の元へと案内してくれるみたいだった。




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