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第14話 初めての出会いとパワフルな人


 あれから、また数日が経ってから、サージュさんと今日も一緒にご飯を食べ終わったあと、今日はいつもと違って、来客を知らせるように、コンコンと部屋の扉がノックされたことで、私は思わずキョトンとしてしまった。


 ――今日は、アレクシスお兄様も一緒に、ご飯を食べてくれてたのに、誰がやってきたんだろう?


 たまに、侍女や家令が来てくれることもあるけど、他の人に関しては滅多に来ることがないこともあって、そのことを不思議に思いつつ、レイチェルが、私の視線を受けて、扉をそっと開けてくれると……。


「ここに、可愛い子ちゃんがいるっていうのは本当なのっっ!?

 あぁもうっ、アレクシスもサージュも、どうしてこんなにも大事なことをもっと早くに教えてくれなかったのよ!

 これから、いっぱい、愛でていきたいわ~っっ!」


 と、ワッと大きな声を出しながら、もの凄い勢いでこの部屋へと入ってきたあと、ベッドの上に座る私の横に椅子を持ってきて腰掛けていたアレクシスお兄様とサージュさんに、咎めるような声を出したその女性は、30代後半くらいなのだろうけど、快活で明るく美しい雰囲気も纏わせていて、私は思わず『わぁ、凄く綺麗な人……っ!』と、びっくりしてしまった。


「……いや、フレイヤ様は、お忙しい様子で、ずっと留守にしてたんですから、そりゃあ、俺からは言えないでしょ」


「サージュの言う通り、母上、あまり、はしゃぎすぎないでください。

 ……やっと、回復してきたところなのに、リュカが、ビックリするでしょうっっ?」


 そうして、その姿を見て驚きに目を見開きつつも立ち上がり、ほんの僅かばかり苦い笑みを溢したサージュさんと、私がビックリするからやめてくれと、咎めるように声を出してくれたアレクシスお兄様の言葉を聞いて、私は内心で……。


『この人が、公爵夫人……っ?』


 と、驚愕してしまう。


 公爵夫人といえば、原作の小説でも出てくるけれど、彼女は、公爵家の女主人として貴族達の間でも絶大な影響力を持つ人であり、社交界の華とも呼ばれている人だ。


 原作でも、アレクシスお兄様とリュカお兄様の母親として名前が出てきていたものの、その姿が挿絵などで描かれたりするようなことはなかったし。


 登場シーンも一応あるにはあるんだけど、パーティーなどの畏まったような場での登場だったこともあって、しっかりとしているイメージの方が強かったんだけど、言われてみれば、原作者が、明るくて楽しい性格だっていう裏設定があったのに、小説ではそのことがあまり出せなかったって言っていたような気がする。


「あぁ……っ、この子が、私の息子になるのねっ!

 リュカ、初めまして、私、フレイヤ・スチュワート、アレクシスの母親で、今日から貴方の母親にもなるわっっ!

 領地などの視察で、ずっと家を空けていて、貴方に会いにも来れずでごめんなさい!

 家のことは、アレクシスに全面的にお任せしてたんだけど、昨日の深夜に公爵家に帰ってきた途端に、アレクシスから事情を聞いて、貴方に会えるのを本当に、本当に楽しみにしてたのよっ!

 家族が増えるのはすっごく嬉しいし、幸せなんだけど、もうもうっ、アレクシスったら、私達がどこにいるのかは分かっているんだから、手紙の一本でも出してくれれば良いと思わないっ!?」


 そうして、私に向かって声をかけてくれるフレイヤさんが、凄く好意的に接してくれていることを嬉しく思って、とっても好ましい雰囲気の人だなと感じながらも『この人が私のお母さんになってくれる人』と想像したら、何だか、ちょっとだけ擽ったくなってきてしまった。


 私自身、前世でも、今世でも母親と父親と名が付く人に良い思い出がないから、フレイヤさんのように優しい雰囲気の人がお母さんになってくれるのは、何て言うか、凄く嬉しいかもしれない。


 原作のパーティーとかでは、きちんと畏まってる所ばかりだったけど、こっちが素の状態だというのなら、余計に、これからのことを考えて心が弾んでしまうかも。


『出来れば、リュカお兄様にも、フレイヤさんと関わらせてあげたかった、な……』


「……あっ、あの……、よろしくお願いします、その……っ、ふ、フレイヤさん……」


 そうして、ちょっとだけ迷いながらも、ぺこりと頭を下げて、おずおずとその名前を呼べば、どこまでも明るくからっとした様子で『もしかしたら、そう呼びにくいかもしれないけど、出来れば、お母様って呼んで欲しいわ』と言ってくれたことで、そのあと、私は、勇気を振り絞って……。


「あ……っ、は、はい……っ、分かりました、ありがとうございます、お母様……っ」


 と呼ばせてもらうことにした。


 そんな私を見て『此方こそ、ありがとうっ! もう子育ては終わったと思ってたけど、また息子が出来て嬉しいわ!』と、何故かフレイヤさんの方が私の姿に悶絶した様子で、嬉しそうにしてくれたから、良かったのかも。


『それにしても、お母さん……、お母様、か』


 前世でも、母と呼べるような人は私にはいなかったし、今世でも、生みの親は既に亡くなってしまっていて、コリンズ伯爵夫人を母と呼べるかは凄く微妙な所だったから、本当に、全く血の繋がりがないにも拘わらず、心の底から母親として接してくれようとしている人の姿を見て、私は、ちょっとだけその好意に戸惑ってしまう。


 それでも、リュカお兄様も、そこに大分葛藤があったみたいだけど、やがては、フレイヤさんのことを『母上』と呼ぶようにもなっていたし、フレイヤさんが、原作で、リュカお兄様のことも自分の息子としてきちんと気に掛けてくれる良い人だって、私も分かってるから……。


「何て言うか、本当に、目に入れても痛くないほどに可愛いわねっっ!

 アレクシスだなんて、昔から本当に全然、子供っぽさが見られなかったのよ……っ!

 リュカ、これから、一緒に、沢山、公爵家で過ごしていきましょうね……っ!」


 そうして、ベッドの上にいた私に向かって、抱きつかんばかりの勢いで近寄ってきてくれて、その勢いとは裏腹に、事前にアレクシスお兄様から私の事情を聞いてくれていたのか、そっとしゃがみこんで私に目線を合わせてくれながら、ぎゅっと優しく手を握ってくれたことで、私は、ビクリと身体を震わせてしまいつつも、その優しさに、思わず、ちょっとだけ感極まってしまいそうになった。


 ――アレクシスお兄様も、サージュさんもそうだけど、公爵家の人達は、本当にみんな誰をとっても優しすぎるんだよね……っ。


 内心でそう思いながらも、フレイヤさんにそう言って貰えたありがたみをジーンと噛みしめて、私が頭を下げて、改めて感謝の言葉を伝えていると……。


「リュカ……、それでねっ!

 リュカは今、アレクシスからのお下がりを着ているんでしょう?

 勿論、体の傷を癒したりするのが一番だったからだって、私も聞いているんだけど、折角だから、ちゃんとした自分用の物を誂えましょうっ!

 それで……、アレクシスが手配してくれて、今日は、リュカのために、衣装の仕立てをお願いする目的で、王都でも一流のザイナー達がやってきてくれてるの……っ!

 お洋服のことだから、私にも白羽の矢が立ったんだけど、リュカさえ良ければ、早速、アレクシスとサージュとも一緒に見にいけたら嬉しいなって感じているんだけど、どうかしら……っ?」


 と、続けて、フレイヤさんから言われたことに、私は思いっきり戸惑いつつも、アレクシスお兄様もサージュさんも凄く考えてくれていた様子だったし、私のために、フレイヤさんの協力まで取り付けてくれたんだと感じて嬉しい気持ちになりながら……。


「あの……、ありがとうございます。

 でも、僕のために、そんなの本当に良いんでしょうか……?」


 と声をかけると、私のその言葉に、アレクシスお兄様や、サージュさんが『リュカが心配する必要はない』といった表情を見せてくれたあと、フレイヤさんが、どこまでもあっけらかんとした様子で「そんなの気にしないで良いのよっ。もう、あなたも私の子どもなんだから……」と、声をかけてくれたことで、また、涙腺が緩んできてしまった。


 そうして、そのあと、早速、公爵邸の応接室で待っているという、そのデザイナーの元に、私は、アレクシスお兄様とサージュさん、それから、公爵夫人とも一緒に、みんなで向かうことにしたんだけど。


 何故か、私自身は一人で普通に歩けるのに、誰が私と手を繋いで歩くかというところで、揉めに揉めてしまって……。


「やだわ、アレクシス……っ!

 折角出来た可愛いもう一人の息子のことを嬉しく思っている母の気持ちを分かってくれないっていうの?

 こういう時、母親に譲るという優しさをあなたは持ち合わせていないのかしら~っ?」


「えぇ、そうですね、母上。

 俺も、新しくできた弟が可愛いので、譲るつもりは一切ありません。

 それに、リュカが慣れているのは、俺とサージュだけなので、母上はご遠慮願えれば」


「あー、俺も、日頃から、リュカが俺の手からご飯を食べてくれる時の嬉しさを考えたら、一緒に手を繋いで歩くこともしたいし。

 俺は、元々、リュカと手を繋ぐつもりだったから、一枠分はもう俺で埋まっていると思って欲しいんですけど」


 といった感じで、みんな子どもが好きなのかなと思ってしまうくらい、私と手を繋ぐ権利という物が大人気すぎて、私は、ひたすら戸惑ってしまった。


 結局、私が慣れているからという理由で、アレクシスお兄様とサージュさんと手を繋ぐことになって、フレイヤさんが引いてくれたんだけど、目に見えてがっかりと落ち込んでいる様子だったから、私自身は、その対応に少し申し訳なさを感じて。


「あの……、お母様、良かったら、その、今度一緒に手を繋いでもらっても良いですか……?」


 と、自分から声をかけてみると、フレイヤさんは凄く感極まったように「あぁぁ、リュカ、本当にありがとうっ! リュカが嫌じゃなければ、今度は、絶対そうしましょうねっ」と声をかけてくれた。


 その優しさと温かさが、本当に凄く嬉しい……。


 そうして、私が内心で、そう思っている間にも、あれよあれよという間に、公爵家の応接室まで到着して、私は、そこで待ってくれていた王都でも人気のデザイナーさんと会わせてもらうことになった。


 更には、公爵家のお金をふんだんに、私のために宛がってくれた様子で。


「リュカ……、この中から気にいったデザインを選べば良いからな。

 一つの店だけじゃなくて、複数の店から気に入った物を選んでいけれたらそれが一番良いんだが」


 と、アレクシスお兄様が言ってくれたことで、ファッションデザイナーさんは一人だけじゃなくて、三人もいて「リュカ様、どうぞ御覧下さい」と声をかけてくれたものの。


 普段は、ソファーと、ローテーブルしか置かれていない応接室に、ずらっと衣装の見本を見せてくれるよう、中性的な私の雰囲気に合わせて、事前にアレクシスお兄様が『こういう系統のもので』と注文をしてくれていたのか、男の子用の服の中でも、シャツにフリルが付いていたり可愛らしい感じの雰囲気の物などのものが沢山あり、選べない程の衣装が飾られていることに、それだけで、私は……。


『お家にわざわざこんなにも複数人の人が来てくれて、しかも、その服のどれもが一級品とも思えるくらい使っている布地も良さそうで、前世でも、こんなお買い物したことないな』


 と、あまりにもスケールの違う、高級感溢れるような感じに、どれか、一つに絞ることが出来なくて「あぅぅ」と酷く混乱してしまったんだけど。


「リュカ、何も遠慮しなくて良いのよっ。

 これから、色々な部分でお洋服は必要になってくるでしょうし、いっぱい購入するつもりなんだから、一つにしようと迷わず、気軽に、気に入ったものから選んでくれればいいからね」


 と、フレイヤさんに言って貰えたことで、前世の庶民的な感覚から『……こ、こんなに高級そうなものを、いっぱいっっ……!?』と、更に戸惑ってしまった。


「あっ……、あの、ダメですっ、僕、出来れば、3着程あれば、それで充分で……っ。

 そんなに、僕のために、お金を使わなくて大丈夫です……っ」


 そうして『流石に、私のためにこんなにもして貰うのはやり過ぎだと思う』と、そう言ったんだけど。


 みんな、私がお金のことを気にして遠慮していると思ったみたいで「リュカ、俺にとってお前は初めて出来た可愛い弟なんだ。俺からのプレゼントだと思って受け取ってくれ」だとか。


「そうだぞ、リュカ。あ、これなんかどう? 絶対に、お前に似合うし、公爵家の一員なんだから、リュカはいっぱい洋服持ってたって可笑しくないんだからな」と言ってもらえたりで……。


 みんな、私の為に遠慮はしなくていいと言ってくれて、迷った私は「あ、ありがとうございます。……それじゃぁ、遠慮無く選ばせてもらいますね」と声を出し、幾つもある洋服の中から、自分の気に入ったデザインのものを数着選ばせてもらうことにした。


 私自身厳選する訳でもなく、これでも、一杯選んだつもりだったのだけど、まだ足りないだろうと『もしも、リュカが選べそうにないなら、俺もお前に似合いそうな物を選んでいっていいか?』とアレクシスお兄様が声をかけてくれたり……。


 そのあと、アレクシスお兄様やサージュさん、それからフレイヤさんが率先して選んでくれた服を私自身が試着させて貰う度に……。


「あぁ、リュカ、本当に似合ってるな。……その服も、購入することにしよう」


「俺の選んだ服着てくれて、ありがとうなっ!

 めちゃくちゃ、良い感じで、本当に可愛いな、リュカは」


「本当に、リュカったら、何着ても似合うから、衣装も購入のし甲斐があるわねっ!」


 と、みんなから言って貰えて、次々に増えていく購入商品に戸惑いながらも、最終的には私が『も、もう本当に大丈夫ですっ!』と言ったことで何とか止まってくれて、私はホッと胸を撫で下ろした。


 その間、王都で人気だというファッションデザイナーさん達が、しのぎを削るかのように、衣装選びのために、もの凄く上手いセールストークをしてくる物だから、余計ヒートアップしていたと思う。


 そうして、購入してもらえた商品に嬉しいと感じながらも、それでも、出来れば……。


「あの、私自身、皆さんに選んで頂いて、こんなにも沢山購入して貰えて凄く嬉しいんですけど。

 アレクシスお兄様のお下がりのケープは、ずっと大事に使わせて貰ってもいいですか?」


 と、伝えれば、私の言葉を聞いて、アレクシスお兄様が少しだけ目を少しだけ見を開いたあと。


「……あぁ、お前が気に入ったなら、好きに使ってくれたら良い」


 と、その目を柔らかく細めながらそう言ってくれたことで、私自身、そのことが何よりも嬉しくて、思わずほわっと笑みを溢してしまった。



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