あれから、馬車に乗り、伯爵邸を出た私は、サージュさんのお膝の上にちょこんと座らせてもらったまま、公爵邸に着くまで、かちこちと身体を硬くして身を縮こまらせていた。
というのも、二人からは、遠慮なく横になってくれたら良いとは言われていたものの、公爵邸に着くまで、手厚く保護をされるように、伯爵邸にあった柔らかなブランケットまでかけてもらった上で。
「そんなにも、細っこい身体をして、お腹も空いてしまっているだろう? 公爵邸に着いたら、まずは、美味しい食事を出してもらうよう、手配するつもりだ」だとか。
「早く、ちゃんとした医者に診せてやりたいし、もうちょっとの辛抱だから、公爵邸に着くまで、良い子で待っててな」
といった感じで、まるで、過保護な雰囲気で、あれこれと気に掛けてくれるアレクシスとサージュさんに『本当に、何から何まで手厚すぎる……っ』と、申し訳なく思ってしまったから……。
私自身、前世も含めて、一人で何でもこなしていたから、此方のことを凄く気に掛けて、誰かに、心配してもらうこと自体、あまりにも不慣れすぎて、勿論、二人からの気持ちは凄く有り難くて、嬉しいなって感じるんだけど。
――今までそんなふうにされてこなかった分だけ、こんなふうに、無償で優しくしてもらって良いのかなっていう思いの方が、やっぱりどうしても強く出てきてしまったり……っ。
その上、何て説明すれば良いのか分からなかったため、リュカお兄様のことは伏せたままだったけど。
「大事なものだから、どうしても家から持っていきたいものがあるんです」
と、お願いしたことで、リュカお兄様との思い出の、ボロボロでよれよれになったシーツを、馬車に乗る前に、二人とも、わざわざ、私の部屋まで取りに行ってくれたんだよね……っ!
お陰で、今、この瞬間にも、リュカお兄様との大事なシーツを、両手でぎゅっと抱えることが出来ていて、何年も使い古して、ごわごわとして、決して肌触りとかが良い訳でもなく柔らかだとは言い難いけれど、手元に、このシーツがあることで、私自身も凄く安心することが出来た。
ただ、馬車に乗る前に、私の部屋として宛てがわれていた、貴族の子供の部屋としては、あまりにも狭く、部屋の掃除も行き届いていない埃の積もった物置小屋のような部屋を見たり、部屋の中にある私の私物があまりにも少ないこととかにも、もの凄く驚いてしまったみたいで、二人には、余計に心配をかけてしまったというか。
その光景を見たことで、今現在の過保護さに、余計に拍車がかかってしまったような気がする。
そうして……、そのあと、馬車に揺られて、疲れ切った身体でうとうとしつつも、公爵邸に到着したみたいで、停止した馬車から、サージュさんに抱きかかえてもらう形で降りれば、真夜中に到着したということもあり、月明かりが辺りをうっすらと照らしていて、よくよく目を凝らしてみれば、闇夜でも分かるくらいに、煌びやかで荘厳な雰囲気の建物が視界いっぱいに広がってくる。
センスなど何もなく、ただ、ゴテゴテと派手に飾り付ければそれでいいと言わんばかりだった伯爵家とは違って『わぁぁ、凄く綺麗で、大きなお屋敷……っ!』と、いっそ感動してしまうくらい本物の貴族の洗練された雰囲気を醸し出しているお屋敷で、サージュさんが私を抱いていない方の手で、玄関の扉を開けてくれたことで、アレクシスと共に、その中に一緒に入らせてもらうと。
こんな時間にも拘わらず、エントランスホールで出迎えるように「お帰りなさいませ、アレクシス様」と、ずらっと並んで頭を下げてきた使用人達を見て驚いてしまった。
『公爵家の使用人達が、こんなにも大勢並んでいるだなんて、あまりにも壮観すぎる……っ』
――みんな、お仕事が出来そうな感じで、凛と背筋を伸ばして立っているし、伯爵家とは本当に大違いだな……っ
突然の、使用人達の登場に、私自身もすごく驚いてしまったけれど、アレクシスが、突然、連れて帰ってきた子供を見て驚いたのは、公爵家の人達も同じだったと思う。
王家から直々の命を受けて、コリンズ家の不正を暴きに行ったのに、ボロボロの傷だらけで、こんなにも薄汚れてしまっている小さな子供を連れて帰ってきたのだから、驚くのも無理はないよね。
「っっ、お帰りなさいませ、アレクシス様。
そちらのお子様は、一体、どなたで……?」
「あぁ、この子は、コリンズ家で、ずっと長いこと、理不尽にも虐待を受けてしまっていた子だ。
身元の確認も取れているし、俺の権限で、今日から、公爵家で養子にして保護することに決めた。
これから、良くしてやってくれると嬉しい」
更に、ぶかぶかのオーバーシャツが大分汚れてしまって、ボロの布きれのような状態になっている私の姿を見て、戸惑いまじりに、一体どうしたのかと窺うような雰囲気の公爵家の家令とも思える白髪の執事がアレクシスへと問いかけると、アレクシスが私のことを簡単に説明してくれた上で。
「それから、お前達は、直ぐに、風呂の準備と、厨房のシェフに軽い食べものなんかを用意してもらうよう、手筈を整えてくれ。
食事は、一日に、食べることが出来ない日もあったみたいだから、出来れば、まずは胃に優しいスープや、柔らかいオートミールなんかが良いだろう」
と、テキパキと使用人達に向かって指示を出してくれた。
その説明に「そんなっ……! 子供を虐待していただなんて……っ」という悲鳴染みた声があちこちから零れ落ち、グッと息を呑んだ様子で、一瞬だけシーンと静まり返るような静寂が訪れたあと。
誰もがサージュさんに抱えられたままの私の姿を見て、酷く動揺して、痛ましいものを見るような目つきになっていってしまったことに、こんなにも多くの人に心配してもらって、本当に申し訳ないなぁと感じつつ。
アレクシスの指示を聞いて、使用人達は、直ぐにハッとしたように「承知しました……!」と了承の言葉を出してくれながら、お風呂にお湯を張りに行ってくれたり、軽く食べれるものを用意してくれたりなどといった感じで、みんな慌ただしく、それぞれが私のためを思って出来ることをしに行ってくれようとして、あっという間に、この場からいなくなってしまった。
その際、アレクシスが、家令に対して追加で何かを伝えていた様子だったけど一体何だったんだろう……?
ちょっとだけ、そのことを不思議に思いつつも、私は、急遽、少年時代のアレクシスが過ごしていたという、侯爵家にある子ども部屋を私用の部屋として宛てがってもらうことになったため、サージュさんに抱えてもらったまま、そこまで向かうことになったんだけど。
一目見た瞬間から、『わぁぁぁっ』と思わず息を呑むほどに、部屋の中は、今まで私が過ごしていた、木製の床がギシギシと悲鳴を上げているような伯爵家の物置部屋みたいに、古ぼけて何の手入れもされていなかったお部屋とはまるで違い。
アレクシスが男性であることから、白とブラウンを基調にした落ち着いた風合いのお部屋ではあったんだけど、パッと見ただけでも高級だと分かるようなキングサイズのベッドに、温かみのある暖炉、ソファーなどといった調度品に至るまで、統一感のある家具が置かれ、全てが壮麗な雰囲気で整えられていた。
『どうしよう、凄く広いし、スタイリッシュな感じで、本当に素敵なお部屋だ……っ』
何ていうか、お部屋の規模が違いすぎて、一人で使うには広すぎるんじゃないかと思ってしまうほどだったし、目の前に広がる光景の、あまりにも洗練された雰囲気のお部屋に私は思わず。
『伯爵邸とは違ってセンスが良いし……、こんなにも素敵なお部屋を私なんかのために……っ?』
と、私には贅沢すぎるんじゃないかと慣れないことに混乱して、くらくらするような目眩と共に、サージュさんの腕の中で貧血気味に、ふらっとよろけてしてしまった。
アレクシス曰く、このお部屋には『仕事が出来るような執務室』が併設されていないため、今は使っていなくて、空室のまま余ってしまっているのだとか。
「何もかもが俺のお下がりだから、家具なども最新のものじゃないが、もしも気に要らなかったら、自分好みに新しく模様替えをしてくれても構わないんだからな」
そのあと、気を遣ってくれたアレクシスから、そんなふうに声をかけてもらったのだけど、私は、ぶんぶんと首を横に振って「……いえっ、もの凄く、嬉しいです。私のために、こんなにも素敵なお部屋を、ありがとう、ございます」と、慌てて、これ以上は気遣わなくても良いのになと思いながら、本心から声を出した。
どう考えても手入れの必要なんて全くなく、本当に私には過分なほど凄く素敵なお部屋だし、そんなことをしたら、罰が当たってしまうかもしれない……っ!
前世は養護施設で複数人部屋が当たり前だった上に、一人暮らしになってからも、狭いマンションの一室に暮らしていた。
その上、今世では、物置部屋での暮らしに慣れきってしまったこともあって、私自身、こんなにも広くて綺麗なお部屋だと、どうしても、緊張もしてきてしまうだろうなと感じてしまうんだけど。
『本当に、このお部屋を丸々、私が一人で使わせてもらっても良いんだろうか……?』
一人、あわあわと、お部屋の内装を見て戸惑ってしまっていると、サージュさんが「とりあえず、公爵家お抱えの医者を呼んでるから、ここに座って待っておこうな」と、声をかけてくれて、お部屋の中にあった丸椅子に座らせてくれた。
そのタイミングで、コンコンと部屋の扉がノックされ。
「失礼します、アレクシス様。
怪我をしたお子様が、こちらにいらっしゃると聞いたのですが……っ!」
と、直ぐに、サージュさんが言ってくれていた公爵家のお抱えのお医者さんだと思われる、人の良さそうな30代くらいの男性が、慌てた様子で扉を開け、この部屋に入ってきてくれるのが見えた。
そうして、椅子の上に座っている私を見つけ、怪我だらけで、ボロボロな姿を見て、驚きに目を見張ったあと。
「こんなにも幼い子供に、このような、酷い仕打ちを一体、誰が……っ!」
と、私のことを気の毒に思ってくれたのか、一気に同情するような視線へと変わり。
アレクシスから、私がこれまで虐待を受け続けていたのだと事情を詳しく聞いてくれた上で、私の方へと駆け寄ってきてくれて、更に、サージュさんが、その耳元で、何かを伝えてくれると、私の対面に椅子を持ってきて腰掛けてから、すぐさま、近すぎず、遠すぎずの距離感で、私の怪我の具合を、服の上から見始めてくれた。
私自身、これまで、サージュさんに抱っこをされる時も含めて、人の手が近づいてくる度に、条件反射でビクッと身体を震わせてしまっていたから、そのことで『虐待のトラウマになって、人に対して恐怖を感じてしまっているのではないか』という説明をしてくれていたんじゃないかと思う。
だからこそ、お医者さんも、不用意に私の衣服の中を確認するようなことはしないようにして、出来る範囲で診察をしようとしてくれているんだろう……。
そうして、コリンズ家にいた時に、簡単な手当として、サージュさんが、鞭で打たれてミミズ腫れになっているところなどに塗り薬を塗ってくれていたけれど、それはあくまでも簡易的な処置に過ぎなかったから。
一体、どれくらいの怪我で、どんな傷があるのかということを事細かに見てくれた上で、あまりにも大きな怪我には、清潔で柔らかなガーゼを宛てがってくれたりもして、気付けば、あっという間に、完全に手当を終わらせてくれていた。
「これで、ひとまずは、大丈夫だと思います。
ですが、その……、怪我の数があまりにも多いので、暫くの間は絶対に安静にしてください」
その上で、医療用の道具を鞄の中に仕舞い、サージュさんが使ってくれていたのと同じ塗り薬と共に、真白いガーゼを多めに処方してくれて。
「この傷薬を頻繁に傷口に塗ってあげて、こまめに布も取り替えるようにしてください」
と、椅子から立ち上がったお医者さんが、私にではなく、アレクシスやサージュさんに対して怪我に対する傷の治療と保護についての説明をしてくれてから、此方へと視線を移し。
今度は、絶対に安静にするよう私に言い含めてくれたことで、椅子に座ったまま頭を下げて「あの……、傷の手当てをしてくれて、本当に、ありがとうございました」と、私は、その目を見て、しっかりとお礼を伝えていくことにした。
その様子を見て「いえっ、とんでもありません。こんなことくらいしかしてあげられませんが……」と言ってくれて、何かしてあげたいのだという思いが籠もった、慮るような表情で見つめられてしまったあと。
お医者さんは「では、私はこれで失礼します。……何かありましたら、いつでも直ぐに呼んでください」と声を出して、この部屋から退出していってくれた。
そうして、丁度、そこに入れ替わるような形で、今度は、公爵家の家令が、この部屋の扉をノックして、数人のメイドを伴って部屋の中に入ってきて。
「アレクシス様、先ほど、ご命令頂いていたものをお持ち致しました。
急なことでしたので、きちんとしたものをご用意出来ずに、申し訳ありません……っ!」
と、恐縮しながらも、その手に何かを持ってきてくれていたことから、さっき、アレクシスが家令に耳打ちしていたのはこのことだったのかと感じつつも、私は視線をその手元に移したあと、家令が持っているものを見て、ビックリして目を瞬かせてしまった。
「これから、公爵邸で過ごすにあたって、洋服なども一式、きちんとしたものを誂えなければいけないかと感じていますが。
ひとまずは、身長などから、早熟でいらしたアレクシス様が5歳くらいの時にお召しになっていた物が合うかと思って、幾つか、お持ちしてみましたのですが、如何でしょうか?」
パッと見ただけで分かるくらい、もう夜も遅い時間だということもあり、これから寝るためにきっと、アレクシスが幼い頃に着ていたというパジャマを持ってきてもらえていて……。
私自身、全然お下がりで構わないし、新しく購入してくれるということに申し訳なさが勝ってしまったんだけど。
この場にいる誰もが、今後、新しく私用の服を誂えてくれる気満々の様子でありつつも、新しい洋服が来るまでは、代換えの服がなければ困るだろうからと、アレクシスが幼い頃に来ていたという『貴族の子供』が着るような、質の良い、サスペンダー付きの短パンにシャツなどといったものを、わざわざ幾つか持ってきてくれたのは、凄く有り難かったものの。
どう見ても、男の子用の洋服に……。
『ここで、アレクシスの服を持ってきてくれたということは、どこからどう見ても、私、男の子だって、勘違いされてしまっているよね……っ?』
――そういえば、自分の性別に関しては、今まで、アレクシスにも、サージュさんにも伝えていなかった。
というか、自分のことについて、一番肝心の名前を伝えることすらもしていなかったと今になって気付いてしまった。
喉が枯れてしまっていて、暫くの間は、上手く喋れなかったし、完全にその機会を逃してしまったとも言えるんだけど。
『アレクシスからも、サージュさんからも何も聞かれなかったから……』
そのことに関して、何て伝えれば良いのか分からず、私が、一人、あわあわとしていると……。
「あぁ、これだけあれば充分だろう。
新しい服については、またしっかりと考えれば良いだろうし、まずは休養を取ることの方が大事だからな。
そういえば、まだ、この子の名前を、お前達にしっかりと伝えていなかったな。
今日、コリンズ家の屋敷を色々と調べていた中に、この子に関する書類も見つかったんだが、この子の名前は、リュカ、……リュカ・コリンズだ」
と、アレクシスから先に、私について『リュカ・コリンズ』だと誤解した説明がされたことで、どうして、何も伝えていないのに、男の子だと断定することが出来たんだろうと不思議だったけど、それなら凄く納得かもしれないっていうか……。
『そ……、そういえば、アレクシスもサージュさんも、屋根裏部屋にあった重要そうな書類に、もの凄く、しっかりと目を通していたかも……っ!』
――あそこには、多分、私が死んでしまって、リュカお兄様が生き残ったということを示すような書類もきっと、置いてあった、よね……?
だからこそ、彼等がそう思ってしまうのも無理はないというか、そもそも、書類上では、エスティア はいなくなって、この世に、双子だった兄のリュカ・コリンズしか生きていない訳で……。
『伯爵家で、私、エスティア・コリンズは、死亡届を書かれた上で、文字通り、世間から正式に死んだことにされてしまってる……』
3年前に、リュカお兄様の代わりに、エスティアを死んだように見せかけたことで、屋根裏部屋の書類には、基本的に、双子としての情報は残したりしていたんだろうけど、エスティアが生きているような情報などは一切、残していなかっただろう。
それに、幾ら、自分達がこれまで犯してきた罪のことで尋問されたとしても、この件に関しては、お父様やお母様もきっと、絶対に何も吐かずに、だんまりを決め込むと思う。
この国では、女性や子供などといった非力で、特に抵抗する力がない人達のことを貶め、傷つけるようなことをした場合は、あまりにも重罪だとみなされて、重い刑罰を与えられるというのが常識だから。
自分の子供を虐待していたことですら問題なのに、自分達の子供のうち、どちらが死んだのかさえも偽ることになっていただなんて知られてしまえば、その瞬間に、死罪になったって可笑しくないほどだ。
全てを知っている使用人も侍女長だけしか残っておらず、彼女もまた同様に、この件については、我が身可愛さに口を噤 むしかないはず。
だからといって、別に、今更、お父様やお母様だけではなく侍女長のことも庇うつもりは毛頭ないけれど……。
――私自身も、この3年間、これまでずっと、リュカお兄様として生きてきたから。
このまま叶うことなら、リュカお兄様として、男装したまま男となって、この世界を生きた方が、社交界でも自由に動き回れるだろうし、リュカお兄様を殺した犯人や、死の真相についても探りやすくなるのは間違いないことだろう。
それで、もしも、万が一、秘密を隠していたと知られてしまったら、その時は問題になってしまうかもしれないけれど、それでも、私はリュカお兄様の死の真相を探ることを、どうしても諦めきれないから……。
悩む時間も少しあったのだけど、私は、アレクシスや、公爵家の人々の勘違いをそのままにすることに決めて、公爵家の家令から。
「なるほど、そうだったのですね……っ!
私、この公爵家で長年、家令として働いております、アルバートと申します。
リュカ様、どうぞ宜しくお願いいたします」
と、私が椅子に座っていることで、わざわざ私の目線に合うように上半身を屈めて、微笑みながら挨拶をしてくれたその人に、私も「っ、こちらこそ、どうぞ、よろしくお願いします……!」と声を出して、軽く頭を下げていく。
そうして、そのまま「それでは、リュカ様、これからお風呂に入りましょうか? ……そのあと、シェフが作ってくれたスープなどの温かいものを食べて、今日はゆっくり休みましょうね」と、この場に伴ってきた侍女達に、軽く目配せをしたあと、私の方へと向き直ったアルバートさんから、かけられてしまった言葉に。
『……わわわっ、どうしようっ?
男装して、リュカお兄様として生きるって決めたばかりなのに、いきなりピンチに……っ!』
と、私は内心で、あわあわと慌てながらも。
「あ、あの……っ、だ、大丈夫です……。
今までも、自分のことは、一人で何でも、してきましたし……。
その、あまり、誰かに、身体の怪我とかも見られたくないから……、全部、自分で出来ます……っ」
と、私のことは特に放置してくれて問題ないし『私のために配慮する必要もないので、気にしないでほしい』ということが、しっかりと伝わるよう、アルバートさんや、アレクシス、そうしてサージュさんに順番に視線を向けながら声を出す。
実際に、私自身、嘘偽りなく、今まで自分のことは自分でするようにしてきたこともあって、誰かにお世話をしてもらうのは気兼ねしてしまうし。
これから先も、私には誰も付けないで良いという意味を込めたんだけど、そんな私を見て、アレクシスも、サージュさんも、アルバートさんも、そうして、この場にいた2人の侍女達ですらも、グッと息を呑んだ様子で押し黙ってしまった。
「……っ、アルバート。出来ることなら、リュカの言う通りにしてやってくれ」
「……っっ、承知しました。では、そのように手配させていただきます……っ。
ですが、リュカ様、ここはもう、あなた様の住まう場所ですので、何かお困りのことがありましたら、いつでも、私や、他の侍女達に何なりとお申し付けください」
「あ……っ、ありがとうございます……っ」
その上で、少し悩んだ様子ではあったものの、最終的に私の意図を汲んでくれて決断してくれたアレクシスと、彼から指示を受けたことで、私のことを気に掛けてくれつつも引いてくれたアルバートさんに、私はホッと安堵しながらも、もう一度、ぺこりと頭を下げて、口元を緩ませたあと、二人に向かって、最大級のお礼を伝えていく。
その様子を見て、アレクシスと、アルバートさんだけでなく、サージュさんも凄く複雑そうな表情を浮かべていたんだけど、とりあえず何とかなったと安心しきった私は、私のことを気遣ってくれるような、彼等のそんな視線には、気づけないままでいた。