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第6話 長年の虐待の発覚と正当な罰



 激しいほどの怒りの感情が、部屋の中に響き渡って、空気を震わせていく。


 その隣で、私のことを一度だけ、痛ましいものを見るような目つきで心配した様子で見てくれてから「……っっ、大丈夫かっ?」と駆け寄ってきてくれた人がいて……。


「オイっ、なんで、この子は、話すことすら出来なくてっっ!

こんな、ボロの布きれを着て、あまりにも見窄らしい格好をしているんだっ?

お前ら、本当にふざけんなよっっ」


 と、アレクシスと共に、お父様や、お母様、そうして、この場にいる使用人達を糾弾するように眉を寄せ、あまりにも険しく鋭い視線になった人がいて、私は、その言葉に『あ、あの……っ、話すことが出来ないのは勘違いです……っ!』と言うことも出来ないまま、その姿を見て驚き、目を見開いてしまった。


 年齢は、アレクシスと同じ、16歳くらいだろうか……。


 諜報員のような格好にフードを被っているものの、そこからちらりと見える、くすみがかった落ち着いた色合いをしたピンク色の髪に、大きくて少しだけ釣り上がっている猫目からは挑発的な雰囲気も感じられ。


 冷ややかな目つきで周囲を見渡すその姿から、ただ、その場に立っているだけなのに、アレクシスと同様、明らかに他の人とは違うオーラを纏っていて、少なくとも私が見た限りでは、どこにも隙が見当たらないように思う。


 諜報員っぽく、影として、アレクシスの傍に控えるように立っているけれど、その姿には隠しきれないほどの華やかさのようなものもあって、まるで、暗闇に花開く月光みたいで……っ!


 アレクシスが闇夜であり、彼が月明かりだというのなら、二人の関係性がどんなものであれ、その隣に並び立つのには、ピッタリなように思えた。


 だけど、私が驚いたのは、目の前の人に華やかな雰囲気があったからじゃない……。


 ここまで、目立つような感じで、オーラがある人ならば、覚えていない訳がないのに。


 ――こんなにも、人の目を引くくらいに特別感があるにも拘わらず、私は彼の姿を原作で一度も見た事がなかった。


 そのことに、思わず、頭の中が、パニックに陥ってしまいそうになる。


 だけど、ふと、そのタイミングで、小説の中の挿絵や、台詞などといったところでは、一度もその姿が登場したことはなかったし、その容姿などについても言及して書かれてはいなかったけれど。


 原作でも、アレクシスや公爵家に仕える影であり『公爵家を裏から助けている存在』として、一人、優秀すぎる諜報員がいたというのは、見逃してしまいそうなほどの短い文章の中で、確かに明記されていたことがあったはずと、私は何とか原作の知識を引っ張り出した上で、記憶を思い出すことに成功していた。


 ――そうであるならば、名前も、顔も出てこなかったけど、ヒーローの一人であるアレクシスの隣に並び立つことの出来る存在として、彼が、他の主要人物達と同様に、華やかな雰囲気を持っているというのも頷ける話だ。


 そうして、目の前でガリガリに痩せ細った私の姿は、心が優しい人ほど不憫に思ってしまうものだったみたいで……。


 怒りに塗れた表情をしているアレクシスと同様に、目の前の諜報員さんが続けて「こんなにも、か弱い子供に、お前達は一体、今まで何をしてきたっ!?」と、憤るように怒りを滲ませながら、その責を追及するように怒鳴ってくれたことで、その言葉を聞いて、お父様が、あたふたと慌てふためいたあと。


「いや……っ、これは、そのっ。

そっ、そんな子供のことだなんて、何も知らないぞっ……!」


 と、しどろもどろになって、言葉に窮したのが見えたことで、あからさまに何かあると言わんばかりのその態度に、アレクシスと諜報員さんだけでなく、周りの騎士達の間でも、お父様が、何かしらのことを知っていながらも、隠したがっているのではないかという疑念が強まってしまったみたいだった。


 私自身、顔には全く傷がついていないけれど、それでも、ぶかぶかでボロボロのシャツの裾からひょろりと覗く腕や足を見れば、明らかに虐待したような痕跡があるのは明らかで。


 私のことを綺麗にするのを面倒がって、最近は、お父様が懇意にしている貴族の人達にも碌に会わせてもらっていないから、洗ったらまた輝きを取り戻すだろうけど、リュカお兄様と同じで淡い雪のようだった銀色の髪は、パサついてしまっていて。


 リュカお兄様と同じ透き通るようだった蜂蜜色の瞳も、綺麗さを失ってはいないものの、度重なる虐待で疲弊した目をしているだろうから……、私は、多分、周囲の人達から見たら、あまりにも憐憫を誘うほどに悲惨な姿であり、幾ら、お父様が誤魔化そうと取り繕ったところで、どう足掻いても、この場で、下手な嘘なんかは通じないほどだっただろう。


 お父様からすると、この場に私が現れたというのは、どこまでも不本意なことであり、既に、伯爵家の不正がバレてしまっている以上、王命は絶対で、他にも何かしらの罪を犯した形跡がないか、このあと、家中をくまなく捜索されるとは思うんだけど。


 そういったことまでは、思い至らなかったのか。


 私が来るまでは、どこまでも傲慢に、何とかやり過ごせると感じていた様子で、どこからそんな自信が出てくるのか理解に苦しむくらい、私の存在すら隠し通すことが出来ると思っていたみたいだったけど、私がこの場に来てしまったことで、思い通りにいかない現状に、そのプランが崩れて額に汗を掻き、焦りの表情を浮かべたのが見えた。


 それに……、清廉潔白と名高いほどに高潔な家柄として知られ、弱みなども見せず、貴族達から追及される隙など、一切与えないほどに完璧な立場で王家に忠誠を誓っている公爵家の人々に、自分の子供を虐待していただなんてことが知られれば、横領や脱税だけではなく、更に、その罪に対しても責を負わせられることになる。


 この国では、女性や子供などといった非力で、特に抵抗する力がない人達のことを貶め、傷つけるようなことをした場合には、あまりにも重い刑罰を与えられるというのが常識だった。


「何も知らないだと……っ!?

今、この場において、そんな嘘がまかり通ると思っているのか?

そんなこと、あるわけがないだろう……っ! ならば、なぜ、この子は、ここにいるっ!?」


「ほっ、本当よっ……! 

私も、知らないわよっっ! そんな薄汚い子供っっ!

どこかの卑しい子供が、盗みのために屋敷に入りこんだんじゃないのっっ!」


 だからこそ、揃って、見て見ぬふりをしながら、私のことなど知りもしないと、この期に及んでもなお白を切る、お父様とお母様の主張を聞いて、その言葉に乗じるように「そうですっ! 私達も誰も、そんな穢らわしい子供なんて知りませんっ!」と、口々に声を出す使用人達に、この場にいる騎士達から「あり得ない……!」と、響めきが湧き上がったのが聞こえてくる。


 彼等の目には『王家から派遣されてきた自分達が、外でしっかりと警備をしているというのに、この状況で、どこから、この家に入り込むことが出来るのか……っ!』という、あまりにも真っ当な非難の感情が乗っていたし。


 アレクシスも、目の前の諜報員さんも、コリンズ伯爵家の人達の言い分には、聞く価値すらないものだと判断した上で、彼等が汚いだとか穢らわしいといった言葉を使って、私のことをあからさまに蔑んでいるのだと気付いてくれたみたいで『こんなにも醜悪な人間が存在するのかっ』と言わんばかりに、端整な顔を歪ませるように眉間に皺を寄せてくれ。


 そのあと、諜報員さんが「……っ、屑共が……っ、いい加減にしろよっ」と、怒りに塗れながら、お父様や、お母様を始め、伯爵家の人間に、ぶわっと総毛立つような鋭い殺気を向けてくれると……。


 同じく怒りに満ちあふれた表情を浮かべたアレクシスが、腰に下げていた剣を鞘から抜き取って、抜刀した勢いのまま、素早くお父様の首元へとその切っ先を突きつけてくれたことで、お父様の口から「ひぃぃ……っ!」という、あまりにも情けない、へしゃげたような声が零れおちていく。


「……あまりにも、耳障りだ。

お前達の話は、聞くに堪えない。

今から、本当のことだけを話せよ。……お前達、この子供を虐待していたな?」


 そうして、どこまでも、ドスの利いたような低い声色で、お父様に向かって、アレクシスが声をかけると、先ほどまでの威勢はもうどこにもなく。


 お父様が目に見えて動揺した上で「わ……っ、私を今、斬り捨てるというのか……っ、ふっ、ふざけるんじゃない……!」と、それまでとは違い、言葉では虚勢を張っているものの、一転して、恐怖に染まったような表情をしながら、アレクシスの顔色を窺い始めるのが見えた。


「あーあ、これじゃぁ、らちがあかねぇな。

だったらさぁ、もういっそ、面倒だから、これから一人一人、尋問すればいいんじゃねぇの。

早く、この子の手当をしてあげたいし、もう、これだけ証拠が揃ってんなら、多少、手荒でも、陛下も許してくれるでしょっ?」


 更に、そのあとで、頑なに、首を縦に振らないコリンズ伯爵家の人達を見て……。


「使用人達から行く?

それとも、公爵夫妻のどっちかから行く?

多分、全員、痛みに弱そうなツラしているから、直ぐに吐くと思うけど、この子が痛めつけられた分だけ、こいつらにも同じような痛みを味わわせてやらねぇとフェアじゃねぇよな」


 と、続けざまに、まるで今日の晩ご飯をどれにしようかと決めるような気安さで、冷酷な笑みを浮かべた諜報員さんに、私はビックリしてしまった。


『私を見てくれる、その瞳の温かさとは違って、お父様達を見るその瞳が、一切の容赦だなんて許さないと言わんばかりに、まるで、氷のように、さっきまでよりも更に冷たくなってしまってる』


 ――目の奥が笑っていないというのは、こういう時にある言葉なんだろうな。


 それに、その言葉を聞いて、アレクシスの方も……。


「あぁ、そうだな。

痛ましいほど傷だらけの子供が、この場にいるというのに、誰もが、その子供のことは知らないというばかりで、憐れむ様子すら見当たらない。

……日常的に暴力を振るっていたのなら、使用人達であろうとも知らないものはいなかったはずだ。

ならば、この子の味方はこの場にいないといっても過言ではないだろうし、庇うようなことさえもせずに、誰もが、この子に暴力を振るっていたと考えていいだろう。

だとしたら、別に誰でも良い」


 と、それに同意をするように返事をしたあと。


「見たところ、この子は、足や、腕に傷がある。

そういったところに、これだけの傷があるってことは、それだけじゃなくて、見えないところにも多くの傷を作ってる可能性の方が高い。

同じようにしてやれ……」


 と、一切の慈悲もかけずに、淡々と言葉を発していて、それに「仰せのままに」と、仰々しい仕草で頭を下げた諜報員さんが、伯爵家の人々が自白をしなかった時のために用意していたであろう懲罰用の鞭を手にしたあと、一番近くにいた侍女長に向かって、それを振り下ろしていく。


 その瞬間、パシンと渇いたような音が鳴り響いて、侍女長の腕や身体に硬い鞭が当たっては、赤く腫れ上がっていくのが見えた。


「ひっっ、あぁぁっ、いたいっ、……痛いっっ……っ、なんで、私が……っ、あぁぁ、やめっ!」


 激しい罵声に、暴力を浴びせかけ、いつも、気が済むまで私のことを虐めていながらも、自分がそうされるのは、我慢がならないのか……。


「あぁぁ、た、助けっっ……っ!

もう、やめっ……! やめでくだざいっっ! なんで、私が、こんな目に遭わされなぎゃっっ……」


 と声を出す侍女長を見て、たった、数回のことに、涙が出るのも、苦しむのも、あまりにも早すぎて、私は、何とも言えない複雑な感情が、ちょっとだけ沸き上がってきてしまった。


 それだけ、自分が今まで、酷いことをされてきたという自覚はある。


 私自身、声が出せないし、動けるような状態じゃないから、ただ、この場の成り行きを見守ることしか出来なかったものの。


 いつも私に虐待をしていた侍女長の苦しむような姿を見ても、この3年間の疲弊と共に、もっとやってほしいとまでは思わないけれど「なんで、こんな目に遭わされなきゃ……っ!」と、侍女長が口走ったこともあり、あまり何も感じなくなっていた。


 それでも、私自身、目の前の光景に、ほんの僅かばかり、不安な表情にはなってしまっていたと思う。


「……っっ、あぁぁ、……わだじ、ばがりっ、なんっ……うぅぅぅっ、くっ……!」


 だけど、幾ら、私がほんの僅かに残った良心でそう感じていても、侍女長は、そんなものはお構いなしと言わんばかりに、尊厳すらも踏みにじるような感じで、与えられる痛みに悶えながらも、キッと私のことを睨みつけてくる。


 その瞳は『お前の所為でこうなっているのだ』と言わんばかりのもので……。


 本当なら、全て話して、楽になってしまいたい気持ちがあるんだろうけど、私のことを虐待していた内容があまりにも酷すぎることから、言ってしまったらどうなるんだろうと、これから先の刑罰について考えつつも自分の身を案じているんだと思う。


 それでも、私への憎悪の気持ちは、もう隠しようもなく、瞬間的に剥き出しになった感情が此方へと向けられたことで、私は思わず身体がびくりと、反射的に一度跳ねてしまった。


 そんな侍女長と私の遣り取りを見て『絶対に何かある』と感じてくれた様子で、諜報員さんが「この期に及んでもまだ、白状しないっていうんなら、いつまでもこのままだけど、それでもいいんだな……っ」と、低い声色で責め立ててくれたあと、何度も侍女長の身体へと鞭を振り下ろしてくれた。


「ぎゃっ、あぁぁっ! くっ……いだいっ、いたっ……あぁぁ、わ、わだし、はっ、あぁっ」


 私自身も経験しているから分かるけど、何度も鞭を打たれてしまうと、最初のうちは耐えられると思っていても、瞬間的に走る激痛で、次第に、耐えられなくなっていき、次にまた、鞭が降ってくるだろうと身構える気持ちすらも、徐々に粉々に砕け散ってしまうんだよね……。


 そうして、ぼろぼろと涙を溢しながら、鼻水とで顔をぐしゃぐしゃに濡らしていた侍女長に、鞭で叩かれるとこうなるということは分かっていつつも、その光景にちょっとだけ眉を顰めながらも『良かった。……罰を与えられたのは自分ではなかった』と、言わんばかりに、安堵しているような伯爵家の人々の姿を見て。


 何度も力強くロープを振るってくれたあとで、侍女長に罰を与えながらも、ゆっくりと、辺りを見渡すように諜報員さんの瞳が、次に罰を与えてくれる人を探し始めながら……。


「こうやって、一人に罰を与えても、今まで、伯爵邸で何が行われていたのか吐かないみたいだし。

こうなったら、コイツらには、一斉に罰を与えるしかないよなっ」


 と、促すように騎士達に視線を向けてくれると、国から派遣されてきた騎士達が揃って、しっかりと頷き返しながら、鞭を手に、使用人達の方へと向かってくれた。


 そのことで『自分達は、まだ大丈夫』と余裕の表情を浮かべていた伯爵家の人々の顔に、一気に緊張感が走り、自分の近くまで鞭を持った騎士がやってきたことで、さっきまでは、ただ眺めているだけの傍観者でいられたのに、罰を与えられる可能性が跳ね上がってしまったと、誰もが戦々恐々としていて。


 我が身可愛さに「どうかお願いします! 私はやめてください……っ」と、声を荒げる使用人達に対しても、その腕や足を目がけて、問答無用で、何度か騎士達が、一斉に鞭を打ってくれた。


 その度に、虐待をする側だった時は、ゲラゲラと下卑た笑い声を溢しながら、私に向かって愉しげに暴力を振るっていたにも拘わらず、罰として、自分達が同じような目に遭うのは耐えがたい苦痛だと思っているのか……。


 次第に、『このままでは、自分達もそうなってしまう……』と、今の段階で、運良く罰を免れている使用人達だけではなく、お父様やお母様の瞳にも動揺の色が浮かび、一気に、ギスギスと張り詰めたような緊迫感が広がっていくのが見てとれた。


 その中には、自分達に火の粉が飛んでくる前に、鞭を打たれている使用人に対して『もう良いから、私に順番が回ってくる前に、早く自分の罪を自白してよっ!』というような、身勝手な視線も見受けられる。


 きっと、自分が鞭で打たれて、これまでやってきた罪を白状することになるより、他人の罪の告白に便乗して、それよりも過少申告などをすることで、少しでも、その罪を軽くしたいと思っているのだと思う。


 ――そういった、人間としての厭らしい部分が垣間見える度に、分かっていたことだけど、お父様やお母様を始め、コリンズ伯爵家で雇われている使用人達の醜悪さというものが、どんどん浮き彫りになっていく。


 それに、その表情が既に、自白しているようなものだったけど、自分の身を守るのに必死な彼等は、全く気付いている様子がない。


 アレクシスや、諜報員さんなどは、その視線の意味に気付いているとは思うものの、敢えて、止めることはせずに、私に対して、この場にいる全員が酷いことをしていたというのが決定的になっていく度に、誰かが『私を虐待していたという事実を認める』までは、確実に罰を与えることを選んで、鞭を降り続けてくれることにしたみたいだった。


 そうして、諜報員さんが更に、この場で、捕縛された状態で、ロープでぐるぐる巻きにされている全員のことを見渡しながら。


「全員に罰を与えないってのもフェアじゃねぇだろうし、さて、次は誰にするべきか……っ」


 と声を出してくれると、それまで『虫けら』を見るような目つきで、使用人達のことなんてどうでも良いと言わんばかりに事の成り行きを見守っていたお母様が『このままではまずい』という表情を浮かべて、自分の身体まで傷つけられてしまっては困ると、激しく抵抗をするかのように……。


「嫌よっっ! やるんなら、使用人達からにしてよっっ!

こんな奴ら、全員、使い捨てなんだからっ!」


 と、どこまでも醜く喚き散らしながら使用人達を自分の身代わりとして差し出そうとしたことで……。


「なっ……、伯爵様や、夫人が、この子供を虐待して良いっていったんじゃないですかっ!

 わっ、私達はただ、夫人達の指示で動いていただけなんですよっ……!

 だからどうか、伯爵や、夫人に罰をお与え下さい……!

 脅されて、断れなかったんですっ!

 わ、私は、証言しましたし、真実を話しています……っ!

 一番に話しましたっ! しょ、証言者には、慈悲を与えて下さいませんか……っ!?

 全員に同じ罰は、フェアじゃないと思います……っ!」


 と、いつだって嬉々として私を虐め抜いていたくせに、途端、手のひらを返すようにして『自分達は命令されて仕方なかったのだ』とある程度の罪を認めながらも、使用人の一人が、お母様に全責任をなすりつけるように声を出すと。


 そこからは、その証言を巡って、阿鼻叫喚の地獄絵図のようなものが広がり、誰もが「伯爵に脅された!」だの、「使用人達が勝手にやった!」だの、あからさまに嘘だとは分かるくらいの稚拙 さで、好き勝手に平気で嘘を織り交ぜながら、自分達の罪が何とか軽くならないかと、仲間割れをして減刑を求め始めてきて……。


 その言葉を聞いて「ここまで来て、まだ、自分可愛さに嘘を吐くのか」と、騎士達は唖然とした様子でありながらも、とうとう、伯爵家の人間が私に虐待をしていたという事実を確認してくれた諜報員さんとアレクシスの表情が更に険しいものになって、この場にいる伯爵家の人達全員に、非難の視線を向けてくれた。


 ――本当に、いっそ関わり合いたくないと思うくらい、誰もが自分勝手に、目の前で、醜い争いを繰り広げている。


 私は、この状況を、冷静に見つめながら、まるで張り詰めた風船みたいだな、と思ってしまった。


 ぷっくりと膨らんで、膨らんで、膨らみきったあとに、たった一度だけ、どこでも良いから針で刺したなら、瞬く間にパチンと割れてしまうような、脆くて、儚く崩れ去って行くだけの、関係性。


 そこに、お互いに対する信頼関係なんてなくて、誰もが私利私欲に塗れて自分勝手に喚き散らしている。


「罪を自白したからって、解放されると思ってんなら、マジで、おめでたい頭してんだなっ?

俺は、解放されるだなんて、一言も言ってないし、これからの方が地獄だよ。

たとえ、喋れなくても身振り手振りで伝えられることもあるだろうから、この子にも、今まで、やられてきたこと、ぜぇんぶ聞いて、お前達の行いについても、誰が何をやったのか、しっかりと把握した上で、これまで、この子にしてきた分だけの痛みも降ってくると思えよ!

 ……決して、楽になんてさせてやらないからなっ」


 コリンズ家の人々が嘘を交えて自白したことは、真っ当な判断能力を持っている人なら誰もが理解していることだと思うし、彼等が、私のことを虐待していたという言質が取れたことで、ひとまずは良しとしてくれながらも「守らなければいけない子供を、こんなふうにしたお前らには、これからもっと、酷い尋問と罰が与えられるんだよ」と、諜報員さんが冷酷な視線を向けてくれた。


「あぁ、当然だ。

 ……これから犯してきた自分達の罪を、洗いざらい吐き出してもらうようになるのだから、厳しい対応が待っているというのは避けられないだろう。

 今度は、一人一人、別室で、更に過酷に尋問されることになるだろうから、覚悟しておけ」


 そのあと、アレクシスが、コリンズ家の人々に厳しい言葉をかけてくれた上で、騎士達に向かって「この者達を連れていくように……っ!」と、指示を出してくれると、お父様や、お母様だけでなく、使用人達も、あっという間に連れていかれることになった。


 その際、もの凄く色々なことを言いたげな視線で、私のことを思いっきり睨んでいたけれど、騎士達に、ドンっと激しく背中を押された上で「今、この子を睨みつけると、お前達の罪状が更に増えるだけだぞっっ!」と、せっつかれると、悔しさに塗れたような瞳で此方を見てから、騎士達に連行されていってしまった。


 そうして……。


 アレクシスが更に、「お前達、ちょっとでも怪しいと思うものがあったら必ず押収するようにしてくれ」と、伯爵邸の家宅捜索を行うことを指示したり、その他にも慌ただしそうにテキパキと色々なことを指示し終われば、殆どの騎士達が出払ってしまい。


 この場には、諜報員さんとアレクシスと、私のみが残されるようなことになってしまって、痛ましげに見られたあとで、私の方に、二人が近寄ってきてくれると。


 そのタイミングで、一人の騎士が戻ってきて、アレクシスに何かを手渡すのが見えた。


 ――あれは、もしかして、伯爵家にあったシーツか何かだろうか……?


 ぼんやりと、そのシーツを不思議に思っていると、わざわざ公爵家の人間である二人が、私の目線に合わせるようにしゃがみ込んでから、アレクシスが、虐待された傷が痛まないようにと配慮しながら、ふわりと私に柔らかいシーツをかけてくれる。


 瞬間……。


『こんなにも、柔らかいシーツに包まれたのは、いつぶりだろう……っ?』


 と、その柔らかさに思わず、感動してうるうるっと涙腺が緩んでしまうと、自分が泣かせてしまったと勘違いされたみたいで、アレクシスから、申し訳なさそうな表情で「いや……っ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだが」と、声をかけられることになってしまい。


 そんな私達の様子を見て「アレクの顔が恐いからじゃない……っ?」と、諜報員さんが親しげな様子でアレクシスに声をかけているのが見えて、私は思わずきょとんとしてしまった。


 そうして……。


「俺たちは決して怪しいものじゃない。

もしかしたら、大人の男に近づかれるのは恐いかもしれないが、その……、出来るなら、お前のことを保護したいと思っているんだ」


「あぁ、そうなんだっ。

 声が出ないっていうのは分かっているんだけど、君のこと、出来る範囲で良いから、これから俺たちに教えてくれるかな?」


 と、二人から言われたあとで、二人の顔をそっと見つめるようにして、こくこくと、頷き返せば、「サージュっ、この子を抱いてやれ……っ」というアレクシスの言葉のあとで、ひょいっと『サージュ』と呼ばれた諜報員さんが「言われなくても、そうするつもりだったよ」と、柔らかく目を細めながら、私を優しく抱え上げてくれたことで、私は、二人に連れられて、もう既に、捜索が終わっているからと、伯爵邸にある書斎まで連れて行かれることになった。



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