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第3話 固めた決意

 ……あれから、誰もいないのをいいことに、思いっきり泣いた所為か、まだ、頭が重たくて、この世で唯一無二だった自分の半身を失って、悲しみと苦しみが重く心の中を支配してきながらも、この身体に、エスティアと24歳だった私の二人分の感覚や想いがあることで戸惑ってしまっていたけれど、大分、それもなくなってきたと思う。


 だからこそ、どんな記憶があるにせよ、今の私は、エスティア・コリンズなのだということが出来る。


 それに、私の前世も、生まれた時に施設の前に預けられた天涯孤独の孤児だった。


 今まで誰にも頼ることも出来ずに、最低限のものしか与えられない環境の中で、それでも一人で一生懸命に勉強して、特に居場所もないまま、18歳で施設を出てから、特待生で大学に行くことが出来たものの、生活費を稼ぐためにバイトをして、大学を出てからは、少ない給料で深夜帰りなんて当たり前のブラック企業で働いていた。


 疲労に疲労が重なっていたけれど、重たい身体に鞭を打って会社から家へと帰る道すがら、目の前の交差点で子猫がトラックに引かれそうになっているのを助けて、そのまま死んでしまったんだと思う。


 思い出せるのは、子猫を助けられたことへの充実感を感じたまま、トラックのヘッドライトがまるで私が死にゆくのを警告するかのように宵闇に光り、プゥゥゥゥっっ、という、あまりにも大きなクラクションが鳴り響いていた状況で……、それを最期に、意識がぷつりと途切れてしまってる。


 私自身、ずっと大変な想いをしてきていたからか、エスティアの気持ちとして、今、自分が感じている気持ちは、それこそ痛いほどに理解出来た。


 ――それでも、この世界で、生きていかなければならない

 どうして、エスティアである私ではなく、リュカお兄様の方が死んでしまったのかはよく分からないし、お母様とお父様である伯爵夫妻が私に対して『リュカになれ』と言ってきたのにも、相違があって、原作では、エスティアを亡くしたリュカは、性別を偽る必要なんてなんてなかったはずで。


 それは、もしかしたら、何かの手違いで、私の方が生き残ってしまったことに関係しているのかもしれない。


 どちらにせよ、小説の内容とはほんの少し違ってきていることで、全てが原作通りとはいかないのかもしれないけれど、それでも、原作の知識がある分だけ、私でも上手く立ち回ることが出来るかも。


 それに何より、原作では、あくまでエスティアの死は、幼少期のリュカにトラウマとして暗い影を与えるためだけに用意されたものであり、その犯人については、言及されることもなく、最終的に誰が毒を盛ったのかということは分からないままで。


 それでも、18歳になって大人になったリュカが、ヒロインにぽつりと漏らした苦しい胸のうちで。


『あの日は、コリンズ家に沢山の貴族が集まっていた。

それも、どこの家も、裏では汚いことをしていた家柄ばかりだったから。

だからこそ、エスティアを殺したのは、コリンズ家のものじゃなくて、どこかの貴族の策略だったのかもしれない』


 と言っていたのをみるに、この事件の裏には明確に、コリンズ家の子供を殺すのを目的とした貴族の策略があったはず。


 それが、たとえ、物語では、あくまでも設定上のものだけであり、その裏に何もなかったとしても、この世界は物語ではなく、誰もが息をして自分の思いを持って生活をしている現実の世界だから……。


『それに、私だって、リュカお兄様が死んでしまったショックで記憶が混濁してしまって、顔も姿も思い出せないけど、確かに、あのパーティー会場で、誰かが笑みを溢していたのを見た……』


 だからこそ、出来ることなら私は、何としてでも、リュカお兄様の死の真相を探りたいと思ってしまう。


 ――リュカお兄様のことが大切だった分だけ、そのことに蓋をしたまま、見ないふりをして生きるだなんてことは私には出来ない。


 重たい身体に何とか鞭を打って、私は上半身を少しだけ起こしたあと、ベッドの横のサイドテーブルの上に置かれていたスタンドミラーに視線を向けて自分の姿を確認する。


 腰まであった淡い雪のように輝く髪の毛が、適当にハサミを入れられたことで、不揃いに、バッサリと切られてしまって、肩くらいまでしかなくなってしまっていることで、中性的な容姿が男の子寄りになり、とろっとした透明感のある柔らかな蜂蜜色の瞳は、どこからどう見ても『リュカお兄様』そのもので……。


 私は、涙が付着した自分の目元をそっと拭い、きゅっと唇を噛みしめたあと『エスティア』だった私が感じていた、このどうしようもないほどの痛みも、苦しみも、この場にそっと置き去りにして。


 言い聞かせるかのように……。


『私は、リュカお兄様になって、その死の真相を追うの。

だから、エスティア・コリンズは、今日この日に死んでしまった』


 と、そう思いながら、幼くて弱くて何も出来なかったエスティアだった私を、捨てることにした

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