前原「僕はこれから、魔王城へ行きます!」
しかしそれを伝えるのにも波が少し邪魔をする。そこへ行くなと通せんぼをするように、丁度良く魔王城の部分が切り取られて、さざ波の音声に差し替えられるように。
凌望「?」
そんなこともあってか、もう一度聞き返されてしまった。
前原「いや、あの魔王城なんですよ?自分魔王を倒すんですよ?勇者なんですよ?まあ、未定だけどs「分かっております。問題なのはあなたの無謀さです」
うん、意外な事を見抜かれていた。まさかの魔王城が聞こえなかったのではなく、自分の無謀さを逆に指摘されるとは思いもよらなかった。
前原「・・・くッ!くぅぅ・・・でも戻らないといけないんだよ!魔王のせいで(こっちは勇者になるハメになって)、そのおかげでこの世界に生きる運命を決められたような物なんだ!」
僕は少し言葉足らずな言い訳を吐いた。
凌望「なるほど、魔王のせいで(親を殺されたその復讐心で)全てを奪われたと・・・」
その間違った解釈のおかげで、恐らく何も言わずこのまま去っていくルートと、新たに特訓ルートが生まれた。この言葉一つで、この決断一つで。その二人は僕が3か月間徹夜した後のクマの目よりも100倍以上に輝いた目でこちらを見ている。
前原「あっ・・・(察し)」
僕は何か腹筋の死亡フラグが見えてしまった。そう、凌望と凌雨華にこっぴどくやられるという筋肉崩壊フラグが予想出来てしまったのだ。彼女たちはおそらく
凌雨華「ここで、修行していく?」
その言葉を皮切りに、僕の修行が始まるのだった。
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凌望「もっと腰を深く!体力の元は全て中心である腰にあり!腕力や脚力ではない!」
さて、僕は今何をしているのだろうか?凌望に文句と唾を飛ばされ、そして凌雨華が僕の突き出している両手を握って、目の前で僕と同じような、いや姿勢になっている事だけは分かっている。いわばスクワットでしゃがんでいる時の姿勢を僕は今行っているのだ。両手は指先までピンと伸ばしており、その先には凌雨華が
凌雨華「ほらほら、私と同じような体勢にして。はい、私の手を握って?」
目の前にいる凌雨華は、僕と目線を合わせて、さらにニヤニヤとしながらこちらを見ている。そして着ている短い服は、彼女のボディーラインやスタイル、そして少したわわに実る二つの双丘は、僕の視界に入った途端に理性をボコボコ、いやギタギタにしてくる。
凌望「よ~し、今からその体勢を続けるんだ。60数えたら楽にしていいぞ?だけど少しでも動かしたらそこでもう一度1から数える。いいな?」
こんな状況で?こんな姿勢で?嘘やん。こんなので本当に鍛えられるのかも分からないのに。
凌望「今こんな鍛錬を積んで魔王を倒せるのかと考えたな?」
こいつ、人の心が読めるタイプの人間か?だったら余計こいつを乗り越えて勇者になるのは難しい!だってただでさえ自分はあの魔王の腹心兼護衛の一人である、心が読めるネチネチにすら勝てないのだ。
凌望「そんなお前さんに教えてやろう。これは“基礎”だ。私はそんな基礎もなっていない者に武器を与えるような難しい事をやらせるような鬼ではない。良いな?」
謙虚そうな口ぶりだが、それと反してやっている事は鬼畜であり、傍若無人であった。だけど僕には目の前にいる凌雨華、彼女がいるのだから問題はない。なぜなら握っていれば簡単に体勢を作ることが出来るんだし任せるのも楽でいいや、しかも体重を預けて一休みが出来る。
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凌望「58!59!・・・」
しかし60と数えられる直前に事件は起こる。それは59のときに、目の前で同じ体勢を取っている凌雨華が不敵に笑みをこぼしたときだった。何で笑っているんだ雨華さん?なんで僕の方を見て笑っているんだ雨華さん?何か面白いことでもあったのか?まぁそれ思い出して笑うっていうことはあるけど!あるけども!
その瞬間、彼女の手から僕の手がパッと離される。全体重、そしてバランスを担っていたその手が無くなって、途端に僕は直ぐにグラグラとバランスを崩して、そして瞬く間にドスンと尻から餅を地面についてしまった。
前原「いたた・・・何してんの?」
僕は先ほどから同じ体勢を取ったままでいる彼女にそう聞く。しかし、彼女は音にすら出ない笑った顔を僕に向けている。まるで騙してやったり、ドッキリ大成功のように彼女は乾いた笑いをこちらに寄せる。
凌雨華「いやーwwwしてやったりかなt・・・痛っ !父さん!」
しかしその罰が当たったか、彼女の上に一本の木刀が雷のように落ちる。
凌望「人の鍛錬を邪魔するのではない、雨華!あちらへ行ってなさい!」
その様子に怒った凌望は、凌雨華をあちらに行かせようとする。しかし僕はその様子を止めた。
前原「いやいや、もう一回お願いします」
なぜならこっちが凌雨華を頼っていたのに、彼女だけ叱られてはこっちが元も子もない、というか罪悪感があるから。それとまあこう言っておいた方が好感度が上がるかもしれないと思って。だって可愛いんだもん、エルフのシュトレンの次に。だからここで好感度上げておけば・・・待てよ?結局あれじゃん。ごりっごりにハーレム生活してんじゃん。あれほどハーレム系は嫌だって言ってたのに。結局異世界転生系のアニメにお決まりのハーレムエンドかよぉ・・・。
僕は先ほどの“基礎”のポーズに戻しながらため息を吐いてそう考える。
凌望「よろしい、では体勢を取っていざ尋常に・・・ん?あにめ?はぁれむえんど?今大陸で流行っている言葉なのか?なぁ雨華?大陸に居たお前なら知ってるか?」
しかし、その考えは人の心が読めると言う僕が一番嫌いなタイプの凌望に簡単に詠まれてしまった。しかし僕にはまだアドバンテージがある、彼はその言葉を知らない。そりゃあアニメだとかハーレムエンドだとかは完全に異世界の物だからな。
前原「あぁ、それは僕の国の言葉です。アニメって言うのはアニメーションっていう略で絵が動いて動画になるんですよ。自分は『異世界は銃と共に』っていう漫画原作の奴が大好きで・・・」
でもそれは、ついオタクのように早口で、そして身内ネタ(異世界言葉)、つまるところここにとって異世界な事を彼らに伝えてしまった。
凌望「・・・?」
そうやって困惑した顔を彼は僕に向ける。そして右手を顎に付けて考え始め、その足で家の中へと戻ってしまったのだった。