ABS553「では・・・こちらn「だけども!」
前原「死は無ではなくて、今ここに転生する余地を与えた。だから今僕はここにいる・・・
その瞬間、後ろの信者の皆が歓喜するようにハイライトが抜け落ちた目に戻るように笑いそうになる。しかし、僕はその感動とは裏腹の事実をそこにぶちまける。
前原「ってかっこいい感じに括ろうとしたけど本当の事言っていい?あの~どうしても魔王にならないとダメみたいなんだわ。アルティノって娘の後釜に」
それは自分が急に決められた使命であり、丁度いい言い訳であった。その瞬間、全員顔が
「えっ?」と言わざるを得ない顔をする。どうやら理解は難しすぎたようだ。
「「・・・」」
全員静まり返ってしまい、それを見ていた僕も反応に困った。
前原「じゃあ、これにてありがとうございました!」
なので苦し紛れにお辞儀をして、その場を後にするように、後ろの少女に背中を預けるようにしてドアノブを開くとそこには、見渡す限りの海底であった。
前原「え?」
一瞬何が起こっているのか分からなかった。
~~~~~
この星の信者の総本山に入るには、巨大で自然で出来た壁を超える必要がある。それはこの大陸を囲む海だ。それは何かというと、この海を信者は海として見ず、城門である、壁である、何もないただの白い土地と見る。だが外界の人間にとっては漫然とした海でしかないのだ。だからこそマエハラサトルこと我が星は、それを、その扉の先を海と見ているだろう。
全ては予想通りだった。もう彼はここに来た以上、地上の日を浴びないという事だ。いや、その太陽は彼を輝かせることを拒むのだ。それは彼が夜の太陽であり、星である道しるべだからだ。もし太陽の元に出るのであればそこに道しるべは無くなってしまう。だからこそこの海底に星は存在するのだ。
ABS553「すべてあなたをここから行かせないようにするための、我々の策でございます。そして祝福であり、星であるあなた様をここに留めて受け入れてもらうための」
私は目の前にいる瓜二つの妹の肩を持ち、
ABS553「何が見えたんだい?553」
そう顔を覗き込みながら聞く。その目の先には、553と呼ばれる一人のいたいけな文学少女が目を丸くしながら見ていた。
553「良い未来だよ、ABS兄さん」
どうやらABS553と言うのは兄妹二人を合わせた名前であって、単体の物では無い様だ。しかし、かれはそんなことにも気にかけず、扉を出る一歩手前、顔と海水が表面張力の所でもうついているのではないかという程近くにいた。
ABS「お待ちください!それ以上遠くへ行くのなら私もそれ相応の手段を取りますよ!」
しかしその兄貴の方のABS553も、何か黒い外套から鉛色の物で、握る部分が茶色の物を出そうとするが、以外にもたついているようで、手こずってしまっているようだ。
その時がチャンスだ!今僕は瞬間的に考えて、そのドアの先に広がる大海原の海底にダイブする。しかし、そこは思っていたよりも海で若干水圧によって押しつぶされそうになるが、何とか平泳ぎとバタ足を駆使して上へ上へと昇っていく。後ろの様子はと言うと、どうやら追ってはこれないよう・・・て、えぇ!?あいつ海底に地に足付けて歩いてる!
~~~~~
私は何もないただの白き平原を、鉛色の筒を左手に持ちながら歩く。見上げると上に向かって泳いでいた。このままでは逃げられてしまう、結局狂気と純潔なる信念が勝ってしまうのか・・・否!勝たせない!
ABS「ABS(絶対値)、外れ値との距離を求めろ」
まるで自分に命令するように、そう言う。すると目の前に10.5という文字と、その左にmという文字、いや単位が彼の視界の左上に出てきた。そう、今彼はAbsolute Value、絶対値の関数、いや魔法をそこに呼んだのだ。そして、
ABS「10.5メートル、10.6メートル・・・全然範囲内ですね」
右手にある鉛色の筒、いや見た感じ現代の人間にとってはよく見るような物、いや異世界では完全に的外れで場違いな物、彼の世界で言う所の拳銃と呼ばれる物を構えている。そして撃鉄を起こし、
バァン!
と爆発音を引き起こす引き金を引いたのだった。
~~~~~
僕の頭上に何か小さなものが超高速で通り抜けていくのが見えた。その小さい物、そして細長い物の正体は、恐らくグラファイトブレットの弾だろう。
前原「えぇ?あ、そっか。あいつ・・・」
後ろを見ると、10メートル先にABS553が、まさかの拳銃、いやリボルバーを向けていたのだ。この異世界にリボルバー!?明らかに変だし、勝手にジャンルを変えるんじゃない。このゲームはファンタジーだこの野郎、FPSじゃねえんだよこの野郎!
もういいそっちがその気ならこっちだってやってやる。
僕は直ぐに振り向いて、指をピストルのように形を作り、そしてあの被れもの兼ならず者に向けて、僕はこう言うんだ。この水の中で、泳ぎ続ければいけないのに。そして何発も向かってくるその顔を掠る銃弾の中なのに。
前原「グラファイトブレットォォーー!!」
僕は叫んでいた、だけどその叫んだ分、水が自分の肺に溜まっていくような気がする。しかし、その辛い功名か指の少し先から、円柱に半球を乗せたような形の、金色のものが、それ即ち弾丸が生成された。それは一秒も無いうちにすぐ、周りに衝撃波を起こしてABS553の元へと飛んでいく。しかし、僕もその衝撃波の反作用に押されたおかげか、少しだけ自分の身体が上に登っていた。
僕はそのまま上を向いて泳ごうとする。だがしかし、その直後に息が続かないという苦しみが僕の肺と口と脳みそを襲ったのだった。息が出来ない、その状況がさらに脳みそをパニックにさせて、僕を藻掻かせる。
前原「(ヤバい!溺れる!死ぬ!そして教祖にされる!ヤバい!)」
僕は上へ上へと自分の腕を掻いて登ろうとするものの、なかなか海面に顔を出す事が出来ない。その時、同時に意識も薄れて来て、もうそれは自分の生命の終わりを意味するほどでもあった。
前原「(今度は意識も薄れてきた・・・あっ、これヤバい奴だ・・・)」
僕は意識が薄れていき、そして海面からも遠くなっていく。どうやらここでGAMEOVERとフロムゲーにありそうな赤文字が出そうだった。たった3日間だったけど、まあ悪くないじんせいだったなぁ。
僕はその意識が完全に途切れるまで、目を閉じて死のうかと考えていた。
~~~~~
“hそいnしんjhの内部。何もされていない、こっちは無事d。だいjyのなkにしんじゃが内通しyてる。”
その二つの通知が来たのは、前原悟が何者か分からないあの仮面と共に失踪した後、月の満ち欠けを半周ほどした時だった。一つはよくわからない文章で、もう一つは何か動画であった。ここ魔王城の地下牢で、目の前にいるフラワーエルフの代表、アロアロが蹲って何も話そうとしない様を見ながら。周りの看守であるゴブリンは何も言わず、黙ったまま立っている。
あの時は覚醒したサイン、いわゆるもう一つの状態であるセカントがその場にいて、すぐに彼女を抑え込んだから良かったものの、あのまま放っておいてしまったらさすがに威厳が崩れる、と言う物ね。
私は椅子に座って胡坐と足を組みながら、彼女を見る。その頭に付けているハイビスカスも同じように。
アルティノ「早く話したら?」
椅子に座りながら私は彼女にそう促す。だがしかし、彼女は何も言わず下を向いているだけだった。話を聞けなかったけれども、彼女が命よりも大事にしている筈であろう南国花が目に留まった。
アルティノ「少し牢獄を開けて頂戴」
私がそう言うと、先の分かれた棒を持つ二人のゴブリンは何も言わずすぐにその鉄格子の扉を開ける。
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前原「むしろその神経質な警戒あってこその魔王城の守りだ、別に普通の事だよ。神経質にじっくりと観察しろって事さ」
~~~~~
アルティノ「神経質にじっくりと・・・ね」
私はそう呟くと、その二人のゴブリンの後を追って、今首にその棒が当てられているアロアロ、彼女の花を髪の毛から摘み取った。すると、中に何か光る物が秘められていた。それが気になって中から摘み取ると、そこには一つの小さな水晶玉。いわばこれを通して遠くにいる人間でも話す事が可能な、通信水晶が埋め込まれていたのだ。
アルティノ「やっぱりね。あなたもでしょ?星の信者という集団は」
私はそう聞くが、彼女は何も言わずにただ地面のシミを見ているだけの置物に過ぎなかった。
アルティノ「どうやら何か私が把握しきれていない事が大量にあったようね。すぐに伝えて頂戴!この城から一人も出さないで!」
内通者は他にいるかもしれない、私の推測が正しければ誰かが彼女を助けるかもしれないだからこそだ。
~蓬莱の島~
その魔王城から遥か東方、大陸から孤立したその島の名は蓬莱の島。人々は言う、あの場所は仙人の住んでいる聖域である、と。そこに住むとある女性は、それに見合わぬ槍を持って砂浜を歩いていた。
しかし、その彼女の歩く先に、紫色のその砂浜に見合わないような、奇妙な色をした物が落ちているのが見える。
その槍を持つ女性、凌雨華はそこに迫らんとして走り出す。
凌雨華「変な物が落ちてるものだな・・・って、え?」
しかし彼女は、その紫色がただの物ではないという事に気づく。それは人であり、紫色は服であった。そして彼女にとってはどこか見覚えの顔をしており、それは大陸の真ん中で会った奇妙な男に著しく似ていた。
凌雨華「人!?人か!?人なのか!?」
彼女は再三に驚き、そしてすぐにその紫色の服を着た者を軽々と島の森の中へと運んで行った。