フィリップより少し離れたその丘にて、二人の刺客を倒した前原悟とアルティノはまた歩き始めていた。そして3人の護衛であるもう完治したガヴリ、先ほどまでもう一人の刺客と戦っていたネチネチとカカリの二人も三角形を作って彼らを囲むように並列して歩いていた。
アルティノ「どうやらあの二人もちょうど私たちがこぼした敵を倒したようね、まあ攻略法を教えたのは私だけど」
彼女はそう言うが、僕はその魔王城への道をたどる度に心臓がバクバクと音を立て、体は震えていた。魔王城に行くので不自然に緊張しているのだ。もしかしたらアニメの見過ぎでただ単に変なバイアスが付いているだけかもしれないが、その不自然さは魔王にとってすぐ分かった。震える手を握って、
アルティノ「大丈夫よ?ただ私を倒すだけだから。マエハラはただ私の代わりに魔王という資格を手に入れればいいの。分かる?」
そう僕の耳に囁いた。でも僕はどこかその言葉について抵抗感があった。なぜなら先ほどまで共闘していた仲間を殺さないといけないんだ。彼女を倒す?冗談じゃない!さっきの事で何も知らなかった魔王をやっと何か知ることが出来たのになんでそういう事を言うんだ!信じられないよ・・・これまで一緒に、というかたった二日だけどかなり濃密な冒険を一緒にしてきて、そして助けてもらった恩もある!それなのに殺すって・・・なんか罰当たりだ!
アルティノ「異論はないわよn「あるよ」
僕はそう考えこんだ後、一言だけ彼女の言っている事を遮るように言った。
前原「あるさ!なんで倒さないといけないんだ!何で僕なんだよ!えぇ!?死なずにただ退任すればいいじゃないか!」
彼女に叫ぶようにそう言って、握ってくれていた手を振り解いた。そして僕はその後に続いてさらに、きょとんとしている魔王アルティノに向かって目の前に立ってこう言った。
前原「こっちは倒したくないんだよ!魔王を倒して何になる?ただ単純に人間たちのエゴじゃねえか!で?それとこっちはあんたに恩がある!二度も、二度もだ!一つ目はハーシェルの森で、もう一つはさっきの戦い・・・正直嫌なんだよ、いざ勇者になって、あんたは魔王で早く殺せと願ってきて!何でこっちに気に掛けるんだよ魔王のくせに!魔王だったらただ単純に、僕にお前を殺させるように仕向けろよ!」
何か大航海時代の麦わら帽子の海賊が言っていそうな言葉を何度も何度も続けるが、彼女には何も響かず、少し鼻で笑っていた。
アルティノ「それのどこがおかしいの?魔王だってすべてが悪じゃないってことは分かるでしょ?あなたの、異世界人の脳みそなら。殺させるように仕向けたけど、それに対抗したのはあなたじゃない。分からないの?あのハーシェルの森で私の護衛達を使ってあなたを倒そうとしたじゃない。でもいともたやすくやっつけて、あなたの復讐心は全く出てこなかった。そう、全く。私の魔法の中に他人の心を読み取るものがあるんだけどね、それであなたの今考えてる事を確認したけど、別に復讐心と断定するような感情は出てこなかったわ。逆に何かこの世界は・・・ゲーム?だから楽しもうとか。腹減ったとか」
彼女はそう淡々とその言葉を僕に吐き出す。僕は何か言おうとするものの、彼女はそれをも待たずに淡々と言う。
アルティノ「それともこうした方が良かった?私があなたを殺させるように仕向ける事。例えば・・・あぁでも転生者だから親は殺せないわね。じゃあこれまで関わって来た人たちをあなたの目の前で殺すのはどうかしら?そうすればあなたは私を殺してくれて仕事から解放してくれるのよねううん間違いないわ。じゃあ魔王城は後にして行きましょ?あなたを鍛える云々以前にその精神がダメ。勇者の器じゃないわ」
彼女は何かを思ったのか、魔王城へ行くまで森のあぜ道、いや獣道を引き返し始めた。先ほど言っていた復讐心を前原悟に植え付けるために。そんな彼女はまた翼を広げて飛んで行こうとする。やっとのことで意味が分かった、彼女の言っていることは建前ではなく本気だという事を。さすがに行動には移さないだろうと思っていた自分がバカだった。こいつが魔王だったことを先ほどの戦闘で忘れていたのだ。
前原「分かった!分かった!倒す!倒します!倒します魔王様!だから殺すのは・・・」
すると彼女は翼をいきなり閉じて、飛ぶ一歩手前の所で辞めた。
アルティノ「それでいい。忘れないでね?私はいつでもどこでも、まあ少なくとも私が死ぬまではマエハラに関わった人間を殺す事が出来るのだから。復讐心を忘れたら言って頂戴?見たところ焦燥感しか無いでしょうけど」
心の内まで僕を見て、その目で見ながら僕の方にヤクザのように歩み寄り、目の前でそう言った。人は深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているだろうというニーチェの言葉にあるその深淵のように暗く。
その彼女は僕の目の前を通り、そしてもう一度目の前を歩いていく。僕はそのまま彼女の後ろを着いて行って、目の前にいる彼女が先導する魔王城への、いや彼女の帰路を急いだ。
魔王としての背中が見える。やっぱり15歳としての背中は見えてしまうな。何も僕の世界によくある魔王のテンプレートとしてどこかマントを被っていたり、不気味な高笑いしていたり、はたまた狡猾な事を呟いたりとか・・・なんか違うんだよなぁ。目の前にいる魔王にはそんなものが無くて、逆に何かヒロインのような正義の方に居そうな後ろ姿だった。
アルティノ「何見ているの?」
彼女はそれを見ていた僕の様子を見て、どこか不思議がっている。
前原「いやいや、ただ僕は・・・これが本物の魔王なのかと、ちょっと見惚れちゃって」
僕は口に嘘八百を纏わせるが、彼女はその嘘すらも貫通して、僕の本心が分かってしまう。
アルティノ「嘘おっしゃい。どうせ私は魔王に値しない存在なのだと言いたいのでしょ?」
彼女は僕の嘘で固めた口ぶりに少し偏屈に、天邪鬼な態度でそう言う。僕はなんとか“そうじゃないよ?君は素晴らしい”と言うつもりで、
前原「いやいや、十分やってるってことを「別にそんなお世辞はいいのよ?言われ馴れてるから」
そう言ったが彼女はそのまま何も気にかけず、怒ることもせずただ単に歩くのを辞めなかった。その二人の後からは後光が挿す。その光は月の光のような白いものでは無く、橙色に照らされた、暖かい光。そう、朝焼けだった。それは僕の方から昇ってきて、やがて彼女をも包み込む。しかし彼女は月の方角にある魔王城へと向かっていき、僕もそれに従ってただ歩く。すると数十歩歩いた所で森を抜け、その開いた先には陽の光に照らされた古城が出て来た。しかもそれは非常に大きい物で、そして外観をみれば魔王城だとすぐに分かった。なぜなら色々と外観が黒く、そしてどこかまがまがしい気配を放っていたからである。
辺りは堀が地の底まで深く掘られており、その孤高の魔王城で唯一渡る橋は、門についている跳ね橋だった。そう、こっちの世界で考えられる魔王城のテンプレートのような物だ。
アルティノ「これが魔王城、何もないけどあなたがこれからお世話になる場所よ」
彼女はそこに着くと、皮肉交じりにそう言って彼を中へと案内した。その城は周りにその四方を囲む城壁があり、その跳ね橋は彼女を確認するとゆっくりと降りて来て、僕たちを歓迎した。その分厚い壁の上に居る守衛の皆さんは何処かゴミを見るような目でこちらを見ていたが。