なにかバスッと、まるで何か弦の重くはじかれる音がどこか遠くで鳴った。いや、遠くとはいっても数十メートル先の所だが。しかし、それに気づいたのは一番後ろにいた僕ではなく、一つ前にいたネチネチだった。彼の渾身の蹴りが、その矢の木の部分に命中したのだ。
ネチネチ「ふんっ!!」
そんな声を挙げながら彼は、その矢を蹴りで折ったのだった。しかし、その一本の矢だけが攻撃してきたとは過ぎず、近くの猟師が間違えて射ってしまったという事でもなく、敵意を向けたもう一人が横にいた。それは何処かで見たような剣を持っていて、そしてその持っている人は僕より身長が高く、それでいて髪は短かった。そいつは今、ネチネチに向かって、抜剣して攻撃しようとしている。その顔を見ると、
前原「ヴィト?」
その攻撃した時に来た者はまさかのヴィトだった。なぜ?元騎士だからその名残か?少し顔がチラリと見えたが、その顔はまるで騎士と呼べるようなきっぱりとした顔で、少し笑っていた。
ヴィト「やあ、マエハラさん。奇遇だね?ゴブリン達に攫われたんだよね?今助けてあげるから待っててね?」
そんな事を言いながら、先ほどのネチネチの所に光のような速さで詰め寄る。僕も鞘もないむき出しになった剣を抜いて戦おうとそこに向かう。どうか間に合ってほしい、そんな思いでネチネチの前に出る。そして、僕はヴィトの斬撃を防ごうと刃先のない場所と柄を持って、上からの防御の姿勢に入った。
ガキィンっ!
その鉄と鉄が打ち合う音と、少しの火花が飛び散った。斬撃は防いだようだ。
ヴィト「なんで僕の攻撃を防ぐのかな?マエハラさん」
そんな事を言いながら、その上に圧し掛かっている剣に、さらに力が加わっていく。それはまるで女性の筋力ではなく、ほぼ男と同等であった。
前原「このゴブリン達は何もやってないんだ!許してくれ!」
ヴィト「そう?でもちょっと僕は許せないかな?だってマエハラさんを奪われちゃったんだから、ね!」
その瞬間、彼女は目にも止まらぬステップで、僕をよけてまたネチネチに切りかかった。完全に身のこなしが騎士で、プロの動きだ。僕は完全に後ろを取られて、そしてまた戦いが始まる。今度は弓矢も飛ぶような大きな戦いに。ヒュンヒュンと飛ぶそれは、一対一の決闘を作るように、邪魔したら殺すぞという勢いで飛んでいた。どうせなら何人もいるのではないか思うほどたくさん飛んでいた。
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アンナ「わ、私が出来る限りには撃つ。邪魔させない。ヴィトさんは騎士だから、私はヴィトさんが戦いやすい環境を作るだけ!」
どうやらたった数時間の関係でヴィトとの間に親密な物を作り上げたそうだ。
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とにかく、僕たちはその刺客に手すら出せなくて、動けなかった。なぜなら撃たれるかもしれないからだ。いや待てよ、根幹をやったらいいんじゃないか?僕はそう思って、さっきからバカスカ矢を射っている所へと走った。どうか撃たれるなよ~?それと何とか互角でもちこたえてろ~?どっちとも。だけど、その弓矢に対する対策はせず、そのまま一直線に走った。多分僕は右や左に動くだろうと思って、またそれを狙うために妨害してくる奴撃つだろうと思って、まっすぐ走った。ある意味これは賭けだ。そのバカスカ弓兵を追い詰めるための。こうやって心理戦で勝ちに行けばいいって某アニメで見たからねぇ。第3部だったなぁ。
前原「このまま行けばッ・・・!」
僕は大きくジャンプして、その何回もバカスカと撃っている奴の顔を見た。
アンナ「・・・」
うん。まさかのまたもや知人だった。アンナ・シュトレン、実力を見たのはこれが初めてだろう。
アンナ「あ。」
前原「あ。」
何だろうこの気持ち、帰り道の分かれる友達とその別れた後で偶然出会うような感覚は。その“友達”と目が合っててさらに気まずい。
シュタッイン
アンナ「・・・」
前原「・・・」
気まずいこの空気。なんとも言えぬこの状況。
前原「あ~・・・ウっスウっす」
僕はまるでゴリラのように単純な会釈だけを済ませ、そしてアンナさんは少し会釈をするようにコクリと頷いた。しかし、これだけで何も起こらない。あ、そうだった狙撃を辞めさせなきゃ。
前原「あの~矢撃つのやめてくれません?」
アンナ「ん~・・・嫌です」
その目先にいる彼女は、首を振りながらまた矢を射ろうとしている。それを防ぐために彼女の上に覆い被さった。
前原「じゃあこうするしかない!」
そう言いながら僕は、彼女の弓と矢を掴んで撃たせないようにした。
前原「は~な~せ~!」
しかし、そのまま手から奪おうとするも、抵抗されてしまう。しかも、エルフの女とは言えども力は強かった。
アンナ「い~や~で~す~!」
そんな事を言いながら、彼女の手からそれは離れることは無かった。まるで今獣のような男が清純なエルフを襲おうとしているではないか。そんな激しい揉み合いが続く中、ゴブリンの中でも武闘派であるネチネチは、元騎士のヴィトに肉弾戦を挑んでいた。鉄と風を切る音が互いに鳴る。ヴィトは自分の剣で彼を切りつけ、ネチネチは自分の身体を武器にしてそれを相手にぶつけんとしている。一方でヴィトはその機会を探るように、独特な剣裁きを巧みに彼へ試していた。
ヴィト「意外と渡り合えるんだねっ!僕は好きだよッ!ゴブリンなのにニンゲンらしいところっ!」
彼女はそう言いながら、垂直に円を描くようにネ チネチへと切りつける。だが、それを見越してネチネチは右へとのけ反りそれを避けた。
ネチネチ「意外と戦える奴はアイツ以外にも居たんだなぁ。ちょっと・・・本気出させてもらうぜっ!」
また彼女の声に呼応するように、彼女の方向に向かって回し蹴りを繰り出す。その時、ヴィトは頭をその回し蹴りの高さより少し低い姿勢で、ネチネチにとっては右側から、彼が回し蹴りをしたところからいきなり光沢のある刃先がネチネチを襲いに来た。その瞬間、ネチネチは自分の身を悟った。もうこのまま太ももの下を斬られ、俺は最低でも歩けなくなり、死ぬのだと。
「我らが氷の精霊よ!我が手に集まり、その力を合図と共に放出せよ!」
しかし、その横からいきなり声がした。カカリだ、その精霊魔法という呼び方。まさしくそのメガネが光るカカリだった。
その氷の精霊は、切りかかった剣に氷の・・・突起?を模して剣を土に跳ね返される。
キンッ
その音が鳴った数秒後に、カランカランと乾いた音が鳴った。見ると先ほど俺を襲おうとしていた剣はすぐ近くの所で彼女の手から剣が抜けていたのだ。その瞬間、ネチネチは今度は顔に向かって左足で回し蹴りを食らわした。だけどヴィト自身の反射神経が勝ったのか、それはまるでボクシングのミットで防がれるように、彼女の両手がそのネチネチの緑色の足を掴んでいたのだ。彼らはそのままの体勢で止まり、動かない。いや、動かないというより少しプルプルとどちらも震えている。
ネチネチ「ふっぬぬぬぬぬ・・・!」
一人は歯を食いしばって、
ヴィト「フーっ・・・フーっ!」
もう一人は息を吐きながら止めていた。そして完全にそれだけで人を殺せるような目をしていた。そんな状況が、魔王アルティノとガブリ、アンナとマエハラの間で起こっていた。
ガヴリ「ネチネch「待って」
そんな状況に耐えられず、一人のゴブリンであるガヴリが助太刀に入ろうとしたが、魔王アルティノが止めた。
ガヴリ「なぜ?ネチネチが死にそうだ!」
その声の先にいる魔王アルティノは、冷静沈着にそう言った。
魔王「あれはネチネチとして、個人としての戦いよ。そんなものに私たちはいらないわ」
彼女は魔王のようにそう諭し、彼らの戦いをただ見守っている。
カカリ「私の出番はもうありませんね」
その二人の闘いに巻き込まれに行ったカカリが戻って来た。