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第6話

勿論僕は“はい”を押した。なぜなら統率とかいう地味なスキルより身体強化を入れた方が奴に勝てるかもしれない。その望みをこの身体強化に賭けて、僕は“はい”の項目を押す。すると、先ほどの“統率”という文字は完全に消えていて、その元あった場所には“身体強化”の4文字が代わりに入っている。ダウンロードは成功したのだ。

そんなことを考えている暇もなく、僕はこのままタオルノックアウトしてしまおうとしたが、何とか持ちこたえて起き上がる。そして、何とか立ち上がることが出来た。どうやら脳震盪は無さそうだ。

前原「(なんとか考えろ~。身体強化のイメージ・・・マーベルのハルクみたいにか?いや違う違う。あれは急にガンマ線でDNAが進化しただけだ。それと怒りによって発動するんだ。じゃあ何だろう?体の内からあふれるエネルギーを使う感じか?例えばハンターハンターの強化系とか・・・でもハンターハンター逆張りして見てなかったんだよなぁ。うーん・・・ドラゴンボールの超サイヤ人になる感じか?じゃあ叫ぶか)」

僕は鼻から息を吸い、口で大きく息を吐く。だが叫びはしなかった。だって23歳のおっさんが叫ぶなんて、人前でやるのは恥ずかしいのだ。

前原「(魔力で重要なのは確か“方向”と“大きさ”と“属性”だっけな。叫ぶことなんかじゃない。方向は・・・腹から指の先に血管を伝って行くように。“大きさ”はすごく大きく、だけど繊細に。“属性”は何だろう?単純に回復?いやでも何を回復するんだろ。そうだ!アドレナリンだ!まるでアドレナリンみたいに活性化される魔法を体中に流すんだ)」

解説しよう、身体強化。それは単に体中の細胞、組織、内蔵、器官を一段強く、そして活動を活発化するだけだが、使い方を間違えると、最悪のケース、精神的についていけず廃人化、そして肉体が破壊される危険性のある魔法である。だが、その点を除けば、あらゆる魔法の中で最も強力である。

もう、後ろにいるマエハラサトルというニンゲンは戦えないと悟り、俺は魔王様の所に向かう。しかし、後ろで何か物音がした。振り向くと、戦えないと悟っていた奴は倒れてすらいなかった。姿ごとそこにいなくなっていたのだ。どこにいったと辺りをみまわしていた次の瞬間、俺の右足に強い衝撃が走った。そいつはおそらく俺の腹を狙ってきたんだろう、だが俺の方が早かった。脚を上げて脛で防いだのだ。

ネチネチ「なにっっ!?」

蚊も止まらぬ速さに、俺は驚いた。そいつの黒色のズボンは破れ、素肌が見える。だが、脛は常人じゃないほどに血管が浮き出ていた。

前原「何これ。これが身体強化?」

僕はそのスキルの持ち主に聞く。だが、そいつは僕を見ているだけで、何も反応しなかった。

ネチネチ「なんで、なんでお前が俺と同じ魔法・・・えぇ?」

そういえば思い出した。こいつは魔法で攻撃するようなタイプじゃなくて、純粋に格闘するタイプだ。そうプログラムしたのだった。それで攻撃のモーションはキックボクシングを元にして作ったのだった。どうにも難しかったんだよなぁ、特にUnity とBlenderでアニメーション作るのは骨が折れる作業だった。だってね?ほぼコマ撮りよあんなの。より繊細な蹴りを再現するならさらにフレーム。一つ一つのコマ送りが必要になるしで、これが結構辛いのだよ。ただでさえドアの開閉でもドアノブの方が置いてかれるなんてよくあった。

そんなことも考えていると、何か自然に戦いたくなってきた。逆に、戦わないのはこいつらを作った自分の尊厳を踏みにじるんじゃないかと思って。

僕は左の腕にあった盾を、右の手先に付け替えて右足を後ろに、そして両手を自分の前に突き出して、ファイティングポーズを取る。すると、そいつは無くなった右手を後ろに、まだある左手を前に、同じようなポーズを構え始めた。

ネチネチ「随分と戦う男の顔になってるじゃねえか・・・死んでも知らねえぞ?マエハラサトル」

まるでアニメらしくなってきた。ふとした風来坊のゴブリンとの戦い。まさに1対1、漢対漢同士の熱い闘いだ。

前原「そっちだって顔の半分が爆散しないように気をつけな?」

あ、僕道具使ってたわ。まあいいや、指摘が無いないならこのままで行こう。

そのゴブリンは皮切りに、右のミドルキックを仕掛ける。だが、僕はそれを後ずさって避ける。するとそれを予想していたのか左アッパーカットを腹に入れられる。

前原「うっ!」

当たり所が悪かったのか、少し吐き気がする。だが、それをこらえて今度はこっちが右フックを顔に当てようとする。だが、左の腕でガードされてしまった。それによって、拳ではない右ストレートをもろに顔で受けてしまった。骨がむき出しになって固いのか、頬がじ~んと痛くなる。多分骨か、最低でも歯が折れたんじゃないかと思うほどに重い一撃だった。

前原「痛っ!顔は無しだろお前!」

と弱音を吐くと、

ネチネチ「ここは殺し合いだぜ?マエハラサトルよぉ。どうした?ギブアップか?そんな奴だったのか?俺と戦っていたニンゲンは?なぁそんな奴だったのか?答えてくれよ、どんな奴だったのか?」

とネチネチと煽って返してきた。だからネチネチと名前を付けられたのか。とそいつの名前の由来に納得していたところ、そいつは何か変な構えを取っていた。左腕で顔をガードし、右足を前に出すサウスポーの様に構えていた。僕は、チャンスだと思って右足で前蹴りを入れる。だが、そいつは怯みすらしなかった。

次の瞬間、右のわき腹辺りにゴスリと抉るような痛みが走る。左回し蹴りだったのだ、先ほどの変な構えの正体は。

だがそれを堪えて、僕はそいつの足を右手で掴む。キックボクシングのルールにグラップは無いが、殺し合いならしょうがない。それに反則は無いってことだ。

前原「クソッタレ!人を!なめるんじゃ!ねえ!この!クソゴブリンが!」

と、言っていることにパンチで句読点を打つように左手でそいつの太ももに食らわす。

すると、そいつは痛そうな顔をしている。恐らく効いているのだ、このパンチは。だけどすごい物だ。この身体強化はどこまで僕を強くしてくれるのだろうか?そんなことを考えながらもパンチを続ける。

流石に疲れてきた。もう終わりにしよう、そう思って右足を離す。そして、右手に付けた盾を、そいつの顔に打ち込む。今度はちゃんと当たった。すると、

ボォン!

その盾の先から、先ほどと同じように爆発した。

前原「よし!」

爆発が収まると、そいつの緑色の顔は半分剥がれ、赤い筋肉が露わになる。だが、僕が驚いていたのが、この爆発にもかかわらず両目をかっ開いてこっちを見ていたのだ。剥がれた片目なら、むき出しになるのはまだしも、まさかもう一つの目も開いていた。つまりこいつはどんなことがあっても物怖気づくことは無い。たいそう肝が据わった男なのだ。そいつは、目を開きながら力尽きた様に、前に倒れていく。


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