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第八話

ワイワイ ガヤガヤと騒ぐ酒場の中で僕はチビチビと旅立ちのカクテルを飲んでいた。せっかくマスターがおごってくれたから、なるべく味わってのもうという気持ちと、お酒を飲んで眠ってしまわないかという気持ちが合わさって、飲むスピードを遅くするのだ。

バーテンダー「飲まないのかい?」

このカクテルを作ってくれたマスターはそう尋ねる。

前原「いえ、飲みます。ただ、ちょっと味わって飲みたくて・・・」

僕はそう聞いてくれたマスターに少し愛想笑いをしながら返す。

バーテンダー「別にいいさ。後ろの奴らみたく水のようにぐびぐび飲めばいい」

そんな気遣いに垣間見えた優しさは、まるで良き友人の様だった。そしてカクテルの味も最初は酸っぱかったものの、途中になってから絶妙においしい味になってきた。

前原「おいしいですね。このカクテル」

すると、マスターは嬉しそうにする。

バーテンダー「そうだろう。このカクテル、最初は一番甘酸っぱい、果実酒を入れているからね。次にマンゴーのジュースを入れるんだ。最後に一番の苦味が出てくる、味蕾が多い清酒とかを使ってな。」

そのカクテルの作り方は至ってシンプルで、いかにもどこの家庭でも作れるような代物だった。まるで旅立つ前に大人にするための料理のような味。なんだろう、どこかのゲームで見たようなおばあちゃんの作ってくれたスープを瓶に入れて、また送り出してくれるような物を感じる。そんなノスタルジーを感じる一杯を今ここで飲んでいるのだ。

バーテンダー「そういえば、一つ聞いてもいいかい?」

マスターが興味深そうに聞く。

前原「はい、何でしょうか?」

バーテンダー「君のその服・・・変わっているねぇ。お金持ち?」

僕は少し笑いながら答えた。なぜならこのセリフを待っていたから。よくあるそのまま転移した時に異世界人に服装を驚かれるというアニメの異世界あるあるの代表例のような質問が来たから、少し笑っているのだ。

前原「あぁこれは、自分の国では普通の服装なんです」

バーテンダー「君の国の!?なるほどなるほど、じゃあ君の国はお金持ちなのかい?」

僕は謙遜した態度で答えて、

前原「いやいや、それほど金持ちじゃないですよ。むしろめちゃくちゃ貧乏なんですがねぇ」

バーテンダー「いいや、絶対お金持ちだ。ただ隠しているだけだろう?分かるよ、襲われたくなさそうだからね」

僕は少しドキッとした顔でカクテルを飲む。そのカクテルは一番甘いところを過ぎて、少し苦くなってきた。果たして、僕の“アイセラ大陸”での冒険は、このカクテルのような味になるのだろうか?僕はそのカクテルをグビりと一杯飲んだ。

カクテルでいっぱいだったグラスの中が空になると、僕は机に金貨一枚を置いて席を立つ。

前原「ありがとう。おいしかったよマスター」

僕はこれを入れてくれたマスターにお辞儀をして感謝する。

バーテンダー「?ああ、それはどうも」

そして僕は振り向いて扉へと向かった。だがしかし、ここを出る前にどうしても何か一つ気になることがあった。

前原「(魔法ってどうやって発動するんだっけ?)」

ゲームでよくあるウィンドウメッセージからボタン一つで魔法を出せるシステムとは違って、ここは現実だ。UI(ユーザーインターフェース)もなければコントローラーやキーボードのボタンもない。じゃあどうすれば良いだろうか?それを確かめるため、僕は先ほど冒険者登録をしてくれたナディさんの元へ向かうのだった。

前原「あの~・・・」

僕に気づいたナディさんが振り向く。

ナディ「なんだ?」

そしてまた威圧的な仕草で聞いてくる。僕はそんな怖さに怯えながらも勇気を振り絞って言葉を出した。

前原「ま、魔法ってどうやれば発動できるんですか?」

すると、彼女は鳩が豆鉄砲に撃たれたような顔をして、

ナディ「は?」

すごく威圧的に聞いてきた。

前原「いや、分からなくて・・・」

彼女はため息を吐きながら答える。

ナディ「あのな?アタシはただの受付嬢だぞ?そんなこと分かると思っていんのか?」

前原「あ、じゃあ・・・ほかの人に聞いてみます!すみませんでした!」

僕はお辞儀をしてその場を去ろうとした。その時、

ナディ「おいちょっと待て」

彼女に引き留められた。振り向くと目の前にはいなくて、何か下の本棚から取り出した。

ドスッ!と凄く大きな音が受付嬢の目の前にあるテーブルに響く。そこには300ページをも超える分厚い本が置かれていた。

前原「それって何ですか?」

ナディ「魔術書だ。牛のクソみたいに重いが」

僕はその元に駆け寄る。上からその本のカバーを見ると、こう書いてあった。

“アイセラ大陸魔術書”

その下には、

“アバドン生命の樹魔法学園講師 天災魔導士・カーン 監修”

アバドン生命の樹魔法学園と天災魔導士・カーンという言葉に聞き馴れなかったが、多分この本は信じられる、そう思った。

ナディ「こう見えて元々冒険者やっていたんだ。これぐらいの用意はできるぜ?」

一瞬態度の悪かった受付嬢のナディさんに、表面上はネチネチと言ってくるものの、世話焼きの良い姉御のような物を感じた。本当にこういう説明を受けるだけでありがたい。

ともかく、本でページ抜けしていたり、白飛びしていないか確かめるために数ページ開く。

すると、その開いたページに書いてあったのは

“基礎編第1章 魔法の発動の仕方”

“魔法の発動するときに一番重要なのは、(発動する魔法の属性)と(その魔力の大きさ)と(魔力の方向)を決めることだ。声に出したりということは関係ない。よく私の生徒がやっているが、むしろそれらはカッコつけるためだけの物にしかすぎない。”

うーん、多分これを書いた人間はなかなかの合理主義者だ。多分タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを重視する若者がどうせ書いたんだろう。とりあえず魔法の作り方の原理は分かった。その時、何か思い出したかもしれない、ベクトルだこれ。確かに物理学かコンピューター系のベクトルに近しいものだ。

前原「・・・そうか!そういう事か!」

僕は思い出した、キャラクターのコード作成という閻魔大王でも裁かず不起訴にして現実に送り返すレベルほどの地獄を。そのおかげで今ここに出力されて出てくるのか・・・。

ナディ「どういう事なんだ?」

前原「どんな属性の魔法でも、位置が変わっても魔法の大きさには関係ないんです!例えばここで一つ魔法を「やめとけ!ここはアタシの店だ!撃つのは外でやれ!」

その言葉を最後まで言おうとしたところで、ナディさんに怒られ、止められてしまった。

前原「あ・・・すいません」

ナディ「まったく・・・本は持っていきな。こっちだってこいつを押し入れの肥やしにはしたくねぇ」

前原「あ、ありがとうございます!」

そう言って僕はこの店のドアを開けて、外に出ていった。

バーテンダー「(あの人僕のことをマスターって呼んでいたけど、マスターはナディの方なんだよなぁ)」

そう考えながらマスターと呼ばれた人はさっきまであったカクテルのグラスを拭いて、元の場所へと戻した。

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