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 第百十五話 稀代の悪役令嬢

 産休、育休を取ってから、優菜は再び会社に復帰した。

 一年近くも休んでしまったけれど、でも、まだ自分の椅子があるのは、令のお陰に違いなかった。復帰すると何人かは辞めていて、見知らぬ人達も増えていたが、優菜はそれでも働く気持ちが揺らぐことはなかったのだった。

 令はまだ働かなくとも……と言っていたし、むしろ辞めても問題はないくらいに言っていたのだが、もっと世界を見てみたいという優菜の気持ちを優先することにしたのだった。

「優菜先輩! ご出産おめでとうございますー!! 遅くなっちゃってすみません。どうしても、直接言いたくて!」

 出勤早々、ひつじからそう祝われた。手には大きな花束があり、それは優菜と優生をイメージした黄色でまとめた花束だった。

「わぁ……! ありがとう!」

「先輩がいない間にいろいろ変わったことがあるので、そのやり方を誰かに教わった方がいいんですけど……。それは、旦那様に教わった方がいいですね!」

 ひつじがそう言うと、令は当然だと言いたそうな顔でひつじを見ていた。

「ほら、視線で言ってきてる」

「もう、令ってば……。でも、そうだね。ひつじちゃん達にもお仕事あるもんね。ありがとう。教えてくれて」

「……いや、令様の視線が普通に痛いだけです。じゃ、じゃあ優菜先輩! ご出産、本当におめでとうございます! アンド、お疲れ様でした! 育児、頑張ってくださいね! あとあと、私兄弟がいるので何か困ったらって、あ、ちょ、まだ話し終わってないんですけどー……!」

「行こう。優菜。あいつは成績もそこそこだしお前とも仲が良い。だが、少しばかり喋りすぎるのがな……」

 令は優菜の手を引いて歩き出した。

 そして令は優菜と共にいつもひとりで働いていた部屋に行き、また前のように優菜と共に働き始める。

 前までと違うことなど、優菜に教えておかなければならないことを教え、そしてそれが出来るようになるまで何度も付き合った。

 優菜はその期待に応えるために頑張って覚え、自分のためにメモも書いて残す。

「次は? ねえ、次は何を覚えればいい?」

「……落ち着け。仕事は逃げないからな」

「だって……早く前みたいに、いつも通りに仕事を出来るようになりたいの」

「大丈夫だ。いつも通りなどと考えるな。これから、ゆっくりとまた慣れていけばいいさ」

「うん……。あの、なんか、役に立てなくてごめんね」

「そんな風に自分を卑下するな。俺の妻なのだから、もっと自信を持っていい」

 令はそう言って優菜の頭を撫でてキスをした。


 そうして、冷酷な婚約者と悪役令嬢は結婚をして、子どもを授かった。

 子どもを産んでからはしばらく夫の側にいられなかったが、その分子どもの隣にいられた。そして、何より子どもと妻の側にいようと必死に頑張っていてくれた夫である令のことを優菜は誰よりもよくわかっていた。

 令も優菜の頑張りを知っていたし、二人で分け合えるものは全て分け合って生きていく覚悟をしている。

 優菜は過去の全てを受け入れることは出来なくとも、傷を受け入れて生きていけるようになろうと努力している最中だ。

 何より、子どもである優生が生まれてからというものの、過去を思い出す暇さえないくらい、忙しいということもある。

 だが、その忙しさがすぐに過ぎ去っていかないようにと、二人は大切に日々を生きていくのだった。

 そして、思い出のアルバムには差出人がないまま送られてきた封筒二通から、入っていた写真を貼ってあった。

 二枚とも、景色の写真ではあるが、明らかに日本のものと海外のものであることがわかる。

 もちろん差出人は、あの二人、姫乃と陽に違いないだろう。

 二人も、令が知らせたため優生が生まれた時を知っている。

 だから優生の誕生日などには、決まって写真が送られてきていた。

 もう二度と会わないかもしれないが、それでも繋がっていると優菜は感じられた。

 令からすると複雑な気持ちではあったが、優菜がいいのならば、それでいいと思うのだった。


「じゃーあ、お母様はそのお姫様を倒してこの世界の神様になったのー?」

 言葉を話せるようになったけれども、まだまだ幼い優生がそう言って令に聞いてきた。

「それは……少し違うな。優菜は、ママはお姫様を倒してはいないし、世界の神様にもなっていない」

「えー、じゃあお母様はお姫様とー……どうなったの?」

「そうだな、お友達みたいなものだな。優生もいるだろう?」

「うん! お父様! えっとー、いっぱいいるよ!」

 優生は指で友達の数を数え始める。

 そして優菜はコーヒーを二杯と、ココアを木のトレイで持ってきて、笑っていた。

「何を変なことを教えてるの? パパ」

「変なことではないだろう? ただ、ちょっと昔話をしていただけさ。いろいろ端折ってな」

「あはは! それもそうだね」

「優生、昔パパはな、冷酷って呼ばれていて、そんな冷酷なやつと婚約するなんてママはどんな悪役令嬢なんだろうなんて言われてたんだよ」

「ちょっと、パパ。そんなこと教えないのー。もう」

「冷酷? 悪役令嬢……? お父様、お母様、どういう意味ー?」

「……困ったなぁ、どうする? パパ?」

「パパとママとだけ、覚えておけばいいさ。そうだろう? 冷酷な俺と結婚した、稀代の悪役令嬢様?」

「……そう、だね。私を離さない冷酷な婚約者だったあなたと、世界を覆した、悪役令嬢だった私なんだから」

「んー? んー……。お父様とお母様が幸せそうならいいかー!」

 優生のその言葉に、二人は幸せそうに微笑むのだった。

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