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 第百十四話 幸福な世界

 朝、目が覚めると、優菜と令はすぐに優生に「おはよう」とあいさつをする。

 優生はふにゃふにゃと何を言っているのかわからないが、口を動かして返事をするように体を動かした。

 それだけで、二人は幸せな日々だと思えるのだった。

 子どもの成長は毎日あって、それは優生も間違いなくあった。

 つい先日まで、胎児だったのに、今や物を掴むことを出来るようになったのだ。そして悪戯も止まらない。

 二人は自分達のこと以上に、優生から目が離せなくなった。

 まだハイハイもしていないというのに、物を掴んでは投げるということを大得意としていた。

「わあぁっ! 優生、ティッシュそんなに出さないでぇ!」

「どうし……、ティッシュの山が……っ」

 やがてハイハイをするようになると、目に入るもの全てが珍しいのか、優菜と令がこれなら大丈夫だろうなどと思ったものほど、優生は悪戯をするのにぴったりだと言わんばかりに散らかしたり口に入れようとしたりするのだった。

 さすがに小さなものを優生の手の届くところに置くようなことは絶対にしなかったが、令が帰ってきて優菜と優生が寝ている時、優生がどこからか持ってきた令のシャツを握っているのを見た時には幸せを感じた。

 そして赤ちゃん健診だったが、心配する優菜に全く心配ないと言われ、令はそれに対して「やっぱり俺達の子はすくすくと成長しているんだ。大丈夫」と優菜に声を掛け、優生は「ふにゃぁっ」と笑うのだった。

 そして優生が生まれてから六カ月くらいして「離乳食も挑戦してみよう」と優菜が言い始めた。令はまだ早い気もしていたが、そう言われてみれば人の口元をよく見るようになってきたなぁとも思ったし、口をよくもぐもぐと動かしていた。

「わかった。だが、離乳食は強敵と聞いている……。もし、全く食べたがらなかったら、またいろいろと考えよう……」と、令も一緒に頑張ろうと気合を入れるのだった。

 しかし、そんな心配を他所に、優生は離乳食を食べるようになった。それも何でも食べる。好き嫌いもせずに。

 これには優菜と令はきょとんとしながらも、それでも助かったと思ったのだった。

 そして優生が寝ると、優菜と令は増えてきた写真をアルバムに貼っていた。

「あ、この時の優生可愛かったなぁ……。ねえ、なんだか目元が少しずつ令に似てきてない?」

「そうか? 目元が俺に似ていると大変だと思うけどな……。昔言われたんだ。怖いと」

「そうでもないよ。今はね」

「……まあ、いい。大切なのは見た目だけではないし、それに見た目だけで判断する女を好きにならないように教えるのも俺の役目だ。ママみたいな優しい人を見つけるように教えなければ」

「あらら。優生ってば大変……」

「それはそうだろう。俺の子だ。……実家のこともあるし、財閥の跡取りだからな。そこだけは、申し訳がないが」

「……そう、だよね。でも、一番は優生が笑っていてくれること。それが第一優先だよね!」

「ああ。それは絶対だ」

「大きくなったら、きっと私よりも令に似た方が世渡り上手になれると思うんだよね。笑顔でいてくれるなら、どっちに似てくれてもいいけれど」

「大丈夫だろう。俺は優菜に似てほしいからな……。ま、もしどちらかに似ても、両方に似ても、似なくても……。優生は優生だ。出来る限りのサポートはしていこう」

「うん。そうだね」

「……ゆっくり、のんびり育ってくれるといいな。あまり早いと、親離れも早そうだ」

「令パパ、もう親離れとか考えてるの? まだ生まれてすぐみたいなものだよ? これからなんだから」

「そうだが……」

 優菜はこの令の息子を溺愛する姿を見て、優生を産んでよかったと心から思った。

「ああ、でも……」

「でも……?」

「優菜も笑顔でいてくれないと、俺は切なくなるから、笑顔でいられる日々を送れるように、俺も努力しよう」

「ふふっ。本当に、いい人……。令、昔と大分変わったね」

「昔は、何も知らなかったからな」

 そしてその日の夜は、二人で思い出話に花を咲かせるのだった。

 もちろん、いい思い出ばかりではなかったし、むしろ悪い思い出ばかりだったかもしれない。それでも今、幸せなのはそれらがあったからだと二人は知っていた。

「話し疲れたのか……。それとも、幸せだからか……」

 気づけば、優菜が眠りに就いていたのだった。

 令は優菜をベッドまで運んで、優しく布団を掛けた。

 そして優菜にキスをして、令は笑みを見せた。

 普段、誰にも見えないようなそんな優しい微笑みを。

「お前のお陰で、今はとても幸せだよ」

 優菜は薄目を開けて微笑むと、また眠りに就いた。

「見られて……いたのか……? まさか」

 令はそう言うと、残っている家事をしてから眠りに就いた。

 夢の中で、令は今よりも少し成長した優生と、優菜と一緒に光の道を歩いていた。

 その先には眩しすぎて何があるのかはわからない。

 だけど、悪い気はしなかったのだった。

 何より、二人共笑っていたのだから。

 令は三人で笑えれば、未来はそれだけでいいと思うのだった。


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