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 第百十三話 私達

令と優菜が仲睦まじく、もうすぐ出産予定日だと嬉しそうに話している時のことだ。

 優菜は脚に何かが伝っている感覚があって、見てみると、温かな液体が流れていた。

「これって……破水……っ?」

 優菜のその声に、令は「陣痛は? 腹部の圧迫感や強い腰痛は?」と冷静に、しかし優しく優菜に問いかける。

「大丈夫……。でも、病院に行かなくちゃ。令、用意入院の準備はもう出来てるの。お願い、病院まで連れて行って」

「こんな状況で病院に連れて行かない馬鹿な男に見えるようならすまない。……とにかく、行こう。荷物は前に決めておいたリビングの出入り口にあるな? 持って来る。鍵を渡しておくから、先に車に乗っていてくれ」

「でも、ひとりで車で待ってるなんて」

「すぐ追いつく。一瞬だ。大丈夫」

「うん……。あ、でも汚しちゃう」

「そんなの気にしなくていい。それにこうなると思っていつも後部座席は準備してあったんだ。後部座席で横になっていてくれ。急ごう。赤ちゃんが、産まれたいって言ってるんだろう」

「うん。そうだね」

 優菜はすぐに車の後部座席に乗り込み、産院に連絡を入れてから横になる。確かにビニールシートとバスタオルが敷かれていて、パパになるという自覚がしっかりあって、さらに準備もちゃんとしてくれていたんだとわかる。しかし、一瞬の孤独を感じた。一瞬ではあったが、それでも、どうしようもない孤独というものが優菜の心を覆ったのだ。

 やがて、令が先ほどの言葉通り一瞬ではないにしろ、すぐにやって来て、車をゆっくりと発進させた。

 産院に着くまでに、優菜は陣痛が始まり、痛そうに表情を歪める時が時間が進んでいくとどんどんと増えていった。

 それから産院に着くと、優菜はすぐに検査を受ける。結果、破水であることは間違いなかった。

 しかし、そのまますぐ分娩というわけではなくて、当然陣痛という長い闘いが待っているのだった。

 処置を受けた優菜は、医師による胎児の状態の確認によって問題がなく成長しているとわかり、陣痛の誘発によってさらに陣痛が強くなっていく。

 やがてもう産まれるだろうと言われ、優菜と令が出産のために分娩室に入る。

 優菜は必死になっていきんだ。これまでのことなんて何でもなかったと思えるくらい、その瞬間の辛さは堪らないものだ。また、体力もどんどん失われていく。

 しかし、令がその度に「優菜、しっかりしろ。もうすぐママになるんだぞ。ママになったら、一番に抱っこして、声を掛けるんだろう?」などと励ましてくれるのだった。

 そうだ。そのために、頑張っているんだ。優菜がそう思って延々と続く分娩の時間、必死になっていると、急に優菜は「あ、産まれた」と思った。その瞬間、大きな産声が聞こえてきた。

「おめでとうございます! 赤ちゃん、元気な男の子ですよ!」

 それを聞いた優菜はほっとして、涙が流れそうになった。

 そして優菜は自分の赤ちゃんを抱っこした。

「こんにちは。赤ちゃん。産まれてきてくれて、ありがとう」

 令はその言葉と優菜の表情、自分の子を見て、今までに感じたことのない幸せを感じたのだった。

 そして令はすぐに優菜達に声を掛ける。

「優菜お疲れ様。そして俺達の赤ちゃん、か。よく、産まれてくれたな。嬉しいよ」

「令……」

 それからしばらくして、産院で誕生祝にと写真を撮ってくれた。

 優菜と令、そして赤ちゃんの三人での写真は、新しいアルバムの最初の一枚となるのだった。

 産院で、優菜は教室に参加したり、院内を散歩したりとちょっとずつ体を動かすことをして、日常生活に戻れるようにしていた。

 それを見ていた令は、早すぎるのではないかと思ったが、一般的に入院は五日程度と思い出すと、優菜に早すぎるなどとは言えなかった。

 それに散歩などに出かけることで、産院でのママ友達も優菜には増えたのだ。優菜は毎日楽しそうにしていた。

 また、赤ちゃんへの最初の贈り物である名前は、二人の願いを込めた「優生」という名前に決まった。

「よろしくね、優生」

 優菜がそう言って赤ちゃんの優生に微笑み、令は二人を絶対に守ると誓った。


 ……あっという間に退院になり、優菜と令は優生という新しい家族を迎えて、家族三人の生活を始めた。

 初めてのことばかりで、いくらパパママ教室に参加していたとはいえ、不安はいっぱいだったし、たまに優菜と令が少しだけ空気が悪くなることもあったが、その度に優生が泣いたり笑ったりして、その場の空気がすぐに変わる。

「赤ちゃんパワーって不思議だねぇ」などと、優菜はいつも言っていた。

 そして優菜は退院してすぐは体調が本調子ではなかったから、令が家のことをほとんどやっていたのだが、ある程度時間が経つと、優菜の調子も戻ってきて、令に「そろそろ家事やるようにするね。ごめんね、いつも。ありがとう」と言って家事をすると言ったのだが、令は「このくらい、俺にさせてくれ。お前がくれたものに比べれば、まだまだ返し足りない」と言って家事を続行すると言い出したのだった。

 言い出したら聞かない人だから、じゃあ、好きにさせてみようと優菜は令の好きにさせることにした。

 もちろん、令が家事の出来ない日ももちろんある。

 そんな時は優菜がやるのだが、令がとても感謝するようになった。

 そして二人は、互いを補い合いながら、優生の育児をするようになる。


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