妊娠も安定期に入り、優菜は令が出張に行くこともそれなりにあることから、ひとりの時間が割とあった。
令は思ったよりも理解のある人らしく、まさに理想のパパを今のところしてくれている。帰ってきたら、またいつものようにお腹に手を当てて赤ちゃんに話しかけることだろう。
そしてそんな優菜の一日だが、外は雨。それも土砂降りだった。これでは外に行こうにも行ったら下手をしたら濡れて風邪を引いてしまう。そうなってしまっては赤ちゃんに悪いし、令にも心配をかけてしまう。そう思うと優菜は家に籠って一人でパソコンをしたり、本を読んだり、テレビを見るなど、そんなことくらいしかすることがなかったのだった。
でもそれだけをしていると疲れてしまって、優菜はベッドに寝転ぶ。
するとふと昔のことが思い浮かぶのだった。
そういえば、最初はこの世界に来てしまったってわかってから、酷く怯えていたなぁといったところから、姫乃のこと、陽のこと、そして変わっていった令のことなどが駆け巡っていく。
そんな昔のことを今更、と思うかもしれない。でも、もし、そんな運命がお腹に宿っている子どもに引き継がれていたら嫌だなとも思った。
産まれてくる子には、幸せになってほしい。もちろん、苦労なんかもあるだろうけれど、しなくてもいい苦労は出来る限りしないでほしいともずっと思っていた。
誰にでも事情はある。それは主人公だからとか、脇役だからとか、そんなのは関係ない。それらの役目を抜いても、何かしらの事情はあるものだ。
ただ、それが人を傷つけることとなるのは、優菜からするとどうしても切なくなるのだった。
もっと他に一緒に探せば、道があったのではないだろうか。そんなことを、思ってしまうのだ。
でも、起こってしまったことは仕方がない。大事なのはその後で、取り返しのつかないことになっても、立ち上がれるか否かは、本人次第であり、また周りの力も非常に強いということは優菜自身が誰よりも経験していた。
そんな経験をしているからこそ、赤ちゃんに、そんな風にはなってほしくなくて……。
ましてや、もし自分と同じ女の子だったらと考えるとぞっとする。
でも、姫乃のことも陽のことも、嫌いにはなりきれなかった。
もし嫌いになれるような人間であれば、今頃令とは一緒にいなかっただろうとも思える。
令と一緒に居る今が、間違いかどうか。それは神様にだってわかりはしないかもしれないが、優菜には間違いにはとても思えない。これが正解だったと、胸を張って言えるのだ。
きっと優菜も、令も。これから生まれてくる愛すべき……、愛している子どものために何度もまた苦境がやって来る。それは違いない。
でも、愛する人や子どものためならきっと何だって、どうにかすることが出来るとそう思うのだ。
そこまで考えていると、お腹が少し張ったような感覚があった。
「あ、ごめんね! 赤ちゃん……。ちょっと苦しかったかな……」
優菜はすぐに自分のお腹を撫でて赤ちゃんに謝った。
少しの心の変化で、赤ちゃんに影響を与えそうで、優菜はちょっとおっかなびっくりなところはあったが、すぐに落ち着いたところを見ると、多分大丈夫だろうと思った。
でも、念のため、病院で今度言うつもりだ。
「赤ちゃん……か。名前、そろそろ決めなくちゃな……。令と相談しなくちゃ」
そう思って令にメッセージを送ろうとして、一回やめる。
令は今大事な仕事の真っ最中、その仕事の邪魔をするのは、あまり好きではない。
かと言って、赤ちゃんの名前を自分だけで決めるわけにもいかないから、令が帰ってきたら、すぐに相談しようとそう思った時のことだった。
令からメッセージが飛んできた。
「嶺。藤。綾香。……いろいろと、赤ちゃんの名前を考えていた。そろそろ名づけのタイミングじゃないだろうか? 帰りに姓名判断の本を買ってくる。それとも神社か寺に命名してもらおうか?」
その後に、令は珍しく……というよりも、初めて優菜にメッセージアプリのスタンプを送ってきたのだった。それは猫が焦っているスタンプ。
「……令みたい。そっか、令も心の中では少し焦ってたのかな」
優菜は思わず笑顔になった。
令はその日、赤ちゃんの名前辞典や姓名判断といったその手の本を五冊ほど購入してきた。優菜は思わず「買いすぎだよ!」と言ったが、令は困ったように笑って「一生に一度の最初の贈り物だから、ついな」と言っていて、それは確かに……と優菜も思ったのだった。
「神社やお寺は……別にしなくてもいいと思うんだ。私達で決めよう? だって、令も言ってたけど、最初のプレゼントだもん。私達で考えて、贈ろうよ」
「そうだな。ところで性別は……」
「産まれるまでのお楽しみ!」
「そうだが、気になる」
「私だって気になるけど、でもそう決めたんだから、産まれてきてくれるのを待とうね! パパ!」
「そうだな……。ママ」
二人は照れくさそうにしながら、産まれてくる自分達の子どもの名前をあれやこれやと考えたのだった。