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 第百九話 たくさんの人に囲まれて

 優菜達はあれからもずっといろんな人達に囲まれて祝福された。それはもちろん、社会的な礼儀や挨拶であるという面も強いのだが……。

「優菜先輩、書類持ってきました!」

「ありがとう……!」

「私達にはこのくらいしか出来ませんから。……出来ることなら何でも言ってくださいね」

 優菜の後輩達は数人が協力的で、優菜の身体のことを考えて、書類の往復くらいは自分達が代わりにやろうと言い出してやってくれているのだった。

 おっちょこちょいな優菜は、これまでもお腹に子が宿っているというのに、転びそうになるなど、令や周りをハラハラさせていたのだから、そうなるのもまた自然なことかもしれない。

 また、優菜のことが一番好きと言ってもいい後輩、ひつじは優菜に令の仕事のサポートが出来るようにと教わっていた。

 最初はひつじは断った。まさか令の側で働くなんて、自分のような下っ端がと思ったらしい。しかし、優菜はひつじならば信頼出来るからとひつじを説得し、また令も説得したのだ。

 自分が産休に入っても問題なく皆が動けるように、優菜は着々と準備を進めていた。

 そして休日になると、いつもと違う日々にやはり疲れの色が見えて、令はそんな優菜が心配になるのだった。

 だが、優菜は全く別のことを考えていた。

 それは、こんなに祝福されるまで、私は生きていたと、自分が生き残ったという事実をまだうまく呑み込めていなかったことにある。

 そして、呑み込めないことは他にもあった。

 両親はもちろん、兄や妹にも普通に結婚や妊娠を祝福してもらいたかったということだ。

 だが、それこそないものねだりになってしまうだろう。

 あの人達から普通の祝福を貰うことは出来ない。

 利益にいか目がいかないような人達だ。触らぬ神に祟りなし。触らない方が一番いいと、優菜もわかってはいた。

 それでも寂しく思うのは、優菜が優しすぎるからだろうか……。

 それとも、逆に欲深いのだろうか。

 どちらにせよ、全ての人に祝福されるということは難しいようだ。

「優菜先輩、難しい顔してますよー」

 ひつじがそう言うと、優菜はハッとして「ごめんごめん」と言って笑った。

「優菜、疲れていないか? もし疲れているなら早めに休憩を……」

 そう言う令に、優菜は「大丈夫だよー。大げさだなー」と言ってから、またひつじに仕事を教え始める。

 令はそんな優菜が心配でならなかった。優しい優菜のことだ。何か我慢しているかもしれない。もし我慢しているのなら、一番に自分に打ち明けてほしいのに、優菜は誰にも言わずに自分の中で解決しようとするからそこが優しすぎる部分なのだと令は頭を抱える。

 それでも、心の声が聞こえてこないのだから、そう深刻なことは起こっていないのだからあまり気にしすぎると優菜に怒られてしまうなと令は思った。

 優菜と令は、家に帰宅後、二人きりで幸せな一日の終わりを過ごしていた。

「ねえ令。令って、お父さんやお母さんに、祝福されたかった……? この結婚や、赤ちゃんのこと」

 優菜はずっと聞きたかったことを令に聞いた。

 しかし令は一瞬だけきょとんとすると笑顔になって顔を横に振った。

「お前さえいればそれでいい。周りに祝われようとそうでなかろうと、あまり気にすることではない。こういう生まれだからな、慣れている」

「そういうものなんだ……」

「お前も、似たようなものだろう? 何を今更……。ああ、でも、俺達は今、周りにとても祝われている。それは間違いない」

「……! そうだよね!」

 優菜は向日葵のような笑顔を見せた。

「さて、ルイボスティーでも淹れてこようか。優菜はゆっくりしていてくれ。温かいのでいいか?」

「うん。ありがとうね」

 令は自分から優菜のために行動をするようになった。

 父親になる自覚が出てきたというより、本当に優菜のことが大切だからこそ、出来ることを探して、出来ることは全てしたいと考えているためだった。

 やがて、優菜は結婚式の準備の段階で、産休に入ることになった。

 結婚式と言っても、本来であれば優菜と令は盛大な式をしなければならないのだが、令が優菜や子どもに何かあったらどうするんだと周りを説得し、二人だけの結婚式をすることにしたのだった。

 そしてそのまま産休に入るようにと、令は全て手配し、優菜はちょっと過保護だなぁと思いつつもそれを受け入れることにした。

 産休に入る前の最後の出勤日、優菜のところには何人もの後輩が集まっていた。

 先輩という先輩は、皆ばつが悪いのか、優菜には一言二言、おめでとうだけを言うのだったが、後輩達は優菜を慕っていたため、寂しくないようにぬいぐるみを贈ったり、いろいろとプレゼントを渡したり、手紙を書いてくる者もいた。

 そして令と優菜がその日、退勤する時に、皆から大きな花束を優菜に贈られ、優菜は思わず泣きそうになってしまう。

 家に帰ってから、案の定、優菜は少し泣いていた。

 令はそんな優菜に寄り添い、絶対に優菜とこれから生まれてくる自分の子を守ると心に誓った。


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