優菜の妊娠がわかってからすぐのこと。
差出人不明の手紙が会社に届いた。
海外からの手紙のようで、優菜は誰からのものかわからなかったようだが、誰からのものかは令にはすぐにピンときた。
「あいつか……」
「え? あいつ? 思い当たる人、いるの?」
「あいつしかいないだろう。こんなの……。まあいい。開けてもいいか? これはお前宛てのものだと思う」
「う、うん。いいよ……」
そうして開けられた封筒からは、綺麗な夕日が見える海辺の写真が入っていた。
手紙はない。
「あ、昔お母さんと居たところと景色が似てる……」
「そういうことだ。これで誰からのものか、わかっただろう」
「……もしかして、陽?」
「そうだろうな。全く、あいつはこういうところがあるから嫌いなんだ」
「嬉しいけど……、なんで今なんだろう」
「どうせ風の噂で俺達の結婚や、優菜の妊娠の話でも聞いたんだろう。あいつは耳がでかいからな。ああいう業界は、というより……。あいつの情報網は広すぎる」
「確かにね……。でも、お礼を言いたいな」
「正気か? あんなことをお前にした男に」
「それでも……、お祝いしてくれてるみたいだから、お礼が言いたいの。でももう連絡先もわからないし、どうしたらいいんだろう」
「そんなに、お礼をしたいのか? あの馬鹿に」
「そ、そんな言い方しなくとも……。でも、したい、な」
「仕方ない。手紙を書いておくといい。あとで送っておこう」
「! 連絡先、知ってるの?」
「念のためにな。あまり人には言えない手段で手に入れておいた」
「……令でも、そんなことするんだ」
「するさ。愛しい人のためならな」
飄々と言ってのける令に、優菜は自分だけが令のそういう面を知らなかったと少し落ち込んでいた。
「そんなに落ち込むことでもないだろう。お前だって、俺のための隠し事くらい……」
「あまりないよ」
「あまり、だろ……? 誰にでも暴かれたくないものの一つや二つ、あるものだからな」
「そ、それよりお手紙書かなくちゃ! 海外だから、きっと届くの遅くなっちゃうよね! えっと、お手紙セットどこに置いたかな。引っ越してから使ってないから思い出せないー!」
慌てて便箋と封筒を探しに行こうとする優菜に、令は「落ち着け」と言った。
「お腹の子がびっくりしてしまう……。もうママなんだからな。一人の体じゃないんだ。もっと大切にした方がいい」
「そうだけど……。うん……。そうだよね。赤ちゃんに、悪いことしちゃったな。きっと、急に動いたからびっくりしたよね。もっと落ち着かなくちゃ。私は、ママだもん」
そして優菜は便箋と封筒、そして何故かアルバムを見つけてきて、お気に入りのペンで陽に手紙を書き始めた。
いろいろあったけれど、あれからもうすぐ結婚すること。そして、ママになるということを書いて、たくさんの思い出と気持ちを込めて、アルバムから一枚の写真を抜いて、それを入れて封をした。
「これ、お願いしてもいい?」
「わかった」
本当は優菜のメッセージを陽なんかに送りたくはなかったが、優菜の純粋な瞳を見てしまうと、どうしてもそれを送らないわけにはいかない。
令は明日にでも手紙を出すかと、やる気が起きないながらもそうすることにした。
それからしばらくして、海外の陽のところへと手紙が届いた。
差出人を見て、陽は驚き、思わずサングラスを外す。
「え、本当に、優菜……?」
名字も変わっていない。まだ結婚はしていないのかと少しばかり嬉しく思ったが、どちらにしても今に変わるのだから、もう令の愛しい人になってしまったことは間違いないと思ったのだった。
そして手紙の封を切って、手紙を読む。
そこには苦しいことも楽しいことも、これまでと違う明るくなってきた人生のことなどがたくさん書かれていた。
「よかったな……。優菜……」
陽に対しても、あの時はびっくりしたし、怖かったと書かれていたが、それでも大事な友達だと、そう記されていた。
「どれだけお人よしなんだか……」
なんだか、優菜が変わっていなくて陽はほっとした。
封筒を大事にしまおうとして、もう一枚、何かが封筒に入っていることに気づいた陽は、それを取り出す。
それは優菜がアルバムから取って入れた一枚の写真。そこには陽と一緒に笑っている優菜の写真があった。
「遠くに行っちゃっても、ずっと友達だよ」と写真の裏に書かれていた。
「ずっと友達……か……」
陽は嬉しいような、切ないような気持ちでいっぱいになった。
今度、子どもが生まれると聞いたから、次は何かプレゼントをと思った陽だったが、プレゼントを贈ることはやめることにした。
その代わり、心の中で、たくさんの祝福をすることにしたのだった。
本当に、おめでとう。幸せになれよ……と。
優菜と陽は、それからも会わなかった。
これは陽のけじめでもある。唯一会うかもしれない時は、互いが死んだときくらいだろう。
だが、それもないだろうなと思った。
あの令がいる限り、顔を合わせるなんて、あるはずがない。
だから、もう二度と馬鹿なことをしないでいられるから、安心なんだと……。