「あいさつ回りって、こんなにするんだねぇ……。結婚って大変なんだ。流石御曹司」
「まあな。取引先も昔からの付き合いが多いから、どうしてもそうなりやすい。でも、これでやっと久々に二人きりの休日だな」
「うん!」
優菜はいそいそと二人のペアのマグカップにコーヒーを淹れてきた。
令はそれを受け取ると、優菜と一緒にコーヒーを飲む。
「美味しいねー」
「そうだな。これは、ブルーマウンテンか……」
「うん。最近はブルーマウンテンしか買ってないかなぁ。今のマイブームなの」
「いい趣味をしていると思う」
「そっかー。そう言われると嬉しいな」
二人の間には穏やかな時間が流れる。
「ねえ、令さ……。令は、こういう時間って好き? なんでもない、この時間」
「ああ、好きだ。何せ優菜がいてくれるからな。他のやつだと退屈だが」
「そういうもんなんだねー。でも私もそうかも」
優菜が微笑む。
「令がいてくれない生活なんて、もう考えられないよ。令がいないと、私もう生きてくの辛いかもしれない……。でも、そんなことにはならないよね?」
「もちろん。結婚式目前の妻になる女性を置いてどこかに消えるものか。俺はそんなことをする馬鹿ではない」
「あはは。確かにね。そんなことされたら私もとんでもないダメージ受けちゃうよ」
楽しそうに笑っている優菜に、令も優しく微笑んでいた。
しかし、次の瞬間、優菜は一瞬だけ痛そうな顔をした。
「優菜? どうした……!」
一瞬だけ見せたその表情を令は見逃さなかった。
「ごめんね。最近、よくお腹が少し……ちょっと不快感みたいなのがあるの……」
「謝ることはない。もしお腹の調子が悪いなら、コーヒーは悪いんじゃ……。病院には、行ったのか?」
「病院は行くほどじゃないかなって思って、行ってないの。まだ耐えられる……みたいな感じで」
「みたいな感じで、じゃない。今すぐ病院に行くぞ。幸い、今日は土曜日だからやってる病院もあるだろう」
「……そんな大げさな。気にしなくていいよ。たまたまだろうから」
「何かあったらどうするんだ。とにかく、行こう」
令が優菜を強引に病院に連れて行く。
不安に思った令は、診察室にまで入ると言っていたが、優菜が「車で待ってて」と言って聞かなかった。
仕方なく、令は車で優菜の帰りを待つのだった。
そしてしばらくしてから優菜は令に電話を入れてきた。
「あの、なんか……、先生が大事な話があるって」
優菜の声は泣きそうだった。
そんなに具合が悪かったのかと思った令は、すぐに診察室に駆け込む。
「あ、令……」
「それで、うちの妻は……!」
「お子さんがいらっしゃいますね」
「は? いや、うちに子どもはいないが……」
「ち、違うの。令。落ち着いてよく聞いて。私のお腹に、赤ちゃんがいるの……」
「赤ちゃん……? 赤ちゃん……!?」
「今、四週目ですね。どうやら奥様は早めにつわりがあって、それで胃の不快感などに繋がっていたのでしょう」
「……優菜、俺は……、今、とても幸せだよ。もちろん、産んでくれるよな?」
「うん。もちろん、産むよ。令との大事な子だもの……!」
まさか体調の悪さから、妊娠が発覚するとは思っていなかった二人だった。しかし、妊娠しているとわかると、とても嬉しくて幸せで、それまでの苦労など吹き飛んでしまうのだった。
それから医師にいろいろと話を聞いて、必要なものや今後起こりうることなど、いろいろと聞いてから、二人は帰宅した。
「まだ、私信じられない。ここに……、令との赤ちゃんがいるんだ……」
「俺だって、まだ信じ難い。でも、確かに俺達の子がいるんだな」
「私達、パパとママになるんだね。優しくて、言うことはきちんと言えるパパとママになりたいね!」
「ああ、でも、言えないかもなぁ」
「えー、令が?」
「俺だって、自分の子には甘くなるだろう。……きっとな」
令は優菜のお腹をそっと撫でた。とても愛しげに。
「令は、いいパパになるよ。私が保証する!」
「そうだといいがな」
「……あ、そうだ。結婚式のドレス、どうしよう」
「ドレス?」
「今は大丈夫かもしれないけど、多分結婚式の時にはもっとお腹大きくなってると思うから、サイズが変わっちゃうはずなの」
「それなら、安心しろ。俺の知り合いに頼んで、ドレスのサイズの調整もしてもらえばいい」
「あの、なんかごめんね?」
「謝る必要なんてどこにもない。嬉しいことなのだから、そんなに申し訳なさそうにするな。優菜、これから身体がきつくなるかもしれないが、頑張ってくれ。俺も出来る限りのことはする」
「うん……!」
そして二人はまだお腹の子には聞こえていないだろうが、自分がパパだママだと話しかけ、温かな日を過ごしていた。
「今度、デカフェのコーヒーやルイボスティーを買ってくる。優菜は、出来る限りカフェインは出来る限り取らないように」
「うん。そうする。赤ちゃんに何かあったら嫌だもんね」
「それから……俺は立ち合い出産がいいんだが、いいか?」
「それはいいけど、血とか大丈夫なの?」
「苦手だが、我が子の誕生には立ち合いたい」
「わかった。今度先生に言ってみるね」
「そうしてくれるとありがたい」
優菜は令にもたれかかる。
令はそんな優菜を愛しく思い、優しく抱きしめた。