令は優菜に悪夢との向き合い方について話した。
それは令の自分なりの方法ではあったが、優菜にも理解出来るものだった。
結局のところ、トラウマも周りからの期待も、全て抱えるしかないということ。
優菜はまた悪夢に囚われるのではないかと、少しばかり臆病になっていた。
夢見が悪いと、現実でもそれが起きてしまいそうで怖いからだ。
令はそんな優菜の気持ちを察して「そうはならないから、大丈夫だ」と声を掛ける。
「でもね、もしもそうだったら……。そうなってしまったら、私はまた令から離れることになっちゃうかもしれない……。そんなの、耐えられない。誰かが令のことを奪うことになったら、嫌だ」
「大丈夫」
令は大丈夫とだけ繰り返して言う。次第に、優菜もその言葉が信じられるようになってきて、令が本当に他の人に靡かない人なのだと思い出す。
そもそも、優菜以外には靡かない。そういう人だったのだから。
「俺は、もう優菜以外に笑顔を見せない、とでも言えばいいのか? もし、本当にそれが望みなら、そうするが……」
「しなくていい! しなくていいよ。別に、他の人に笑顔を見せても……ちょっと嫉妬するけど、令の自由だもん……」
「……そうか」
そして、令は優菜から悪夢の内容を聞いて、そういう時はこう考えればいいと、考え方によるものだと教えていた。
優菜も素直にそれを飲み込むつもりだった。
だが、優菜の心には陰がどうしても出来てしまう。
「……どうした。優菜。明るくて前向きないつもの優菜はどこに行っちゃったんだ?」
「わかんない……。なんだろう。マリッジブルーみたいなものなのかな……」
「……これは誰にも教えないつもりだったが、俺も結婚には少し不安がある」
「え? 令が?」
「ああ。両親がああだったし、優菜の両親や家族も言い方は悪いが、ああだから。俺達が結婚することによって家庭が出来て、そうしたら全てが変わってしまうんじゃないかと、少し怖いと思う自分がいる。それでも家族になりたいと思うのは、優菜が妻になってくれるからなんだ」
「……そうなんだ。でも、私結婚、したいよ。マリッジブルーとかなんとか言っちゃったけど、でも、結婚したいの」
「わかっているから、そう不安そうにするな。俺も同じ気持ちだ。なあ、優菜。ありきたりな言葉しか言えないが、温かい家庭を築こう。俺達は。きっと、俺達なら出来るから……」
「うん……。そうだね。そう、だよね!」
「……明るい優菜が戻ってきたな」
ふと微笑む令の表情を見て、優菜はこの人を選んでよかったと思った。
「大体のことはこれまでのこともあってわかっていると思うが、何とかなるし、俺もどうにかしてやる。だから、気にしすぎるな」
「ありがとう……」
「お前は期待に応えようと頑張りすぎるところがあるからな。それで、よく悪夢に囚われるんだ。もっと自分の自由さを考えて動いてもいいと思うぞ」
「自分の自由さ……って何?」
「もっと、ああしたい、こうしたいという気持ちだ。例えば友達と遊びたいとか、そういう気持ちに素直になればいい。そうして楽しい思い出を積み重ねて行けば、いつの間にかトラウマや悪夢から抜け出せる。思い出してしまった時は俺に話せばいい」
「うん。そうするね……!」
令は優菜の頭を撫でて、「いい子だ」と言った。
「優菜の期待に応えようとする頑張りは、俺はいつも見ている。それこそハラハラしながらな」
「令でもハラハラするんだ……」
優菜はちょっと面白く思えて、くすくすっと笑った。
「俺も人間だからな。……まあ、ハラハラしながらも、お前はいつも何故か解決出来る人間だから、見守る程度にしているんだ。これからも、それは変わらないと思う。だから、変に束縛なんかしないし、そこは安心してくれて構わない」
優菜はここまで信頼してくれている令に、頭が上がらなかった。令のことだ。きっと相当、信じてくれていないとこうも大事には思ってくれないことだろう。
「あのね、私もっともっと頑張るから……」
優菜が必死になって頑張ろうとそう言いかけると、令は優菜に困ったように笑いかけてこう言う。
「人には人のペースがあるんだ。お前のペースでいい。ほどほどでいいんだよ。上を目指しすぎるな。それは、お前の役目じゃない」
「役目……?」
「そうだ。人にはそれぞれ役目がある。お前は、笑顔でにこにこしているのが役目だ」
「にこにこ、笑っていればいいんだ……。そっか。じゃあ、笑顔が似合う女の人にならなくちゃね!」
「もう、なっているよ。優しい笑顔の女性だ」
二人は唇を重ねた。
これまでのトラウマも、悪夢も全て、消えたわけではないが、それでも人は抱えて生きていかなければならない。
それを、二人はよく知っていた。
そして二人はそれらを、いずれ夫婦となるお互いで共有し、荷物を一緒に持って、背負って生きていくのだ。
笑顔も、泣き顔も、全部愛しながら。
いつか、トラウマや悪魔も、いい思い出だったとそう言えるようになるまで。