目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

 第百五話 悪夢の再来

 婚約をしてからすぐに、優菜は令の家に引っ越した。

 と言っても、令の前からある家ではなくて、新しい家に引っ越したのだった。

 二人のこれからの結婚生活を過ごす新しい家……。

 そんな引っ越しをすることになった理由は、ある日、新築マンションの高層階が丁度空いていたと、令がさも普通のように言って、契約をして優菜に報告をしたのだ。

 大切なことをどうしてもっと早くに教えてくれないのと優菜は思ったが、これもまた令のひとつの愛の形なのかなと思うと何とも言えなかった。

 それに、優菜の過去を考えて、セキュリティーのことをとにかく考えてくれていたらしい。

「そう簡単に侵入出来ない仕組みになっている」と令が言っていた。

 優菜はそこまでしてもらわなくてもと思ったが、やはり嬉しいものは嬉しい。

「住んでみて気に入らなかったら、また別のところを探せばいい」と言っていたこともあり、やはり相当なお坊ちゃんなんだなぁとも思いつつ、優菜を気に掛けるその心に優菜は惚れていたのだった。

 新しい家に来てからというものの、引っ越し後の片づけなどは業者にお願いしていたこともあって優菜は何もする必要がなく、ただ見ているだけだった。

「私って、何も出来ないね……」と言ったが、令は「引っ越しの時に出来ることなんて、限られているんだから、気にしなくていい」と言って優菜を抱き寄せる。

「何か……出来ることがあったら、言ってね」

「ああ、もちろんだ」

 そして、二人は同じベッドで眠るようになり、互いを抱きしめて眠りに就く。


 しかし、優菜はそんな幸せな日々で、少しばかり困ることが起きてしまったのだった。

 寝ると悪夢を見る。

 これまで見てきた現実の悪夢だった。もう二度とあってほしくないと願うものばかり、夢の中で次から次へと再生されていくのだった。

「……っ!」

 悪夢にうなされて起きると、令も起きていて、優菜の頭を撫でていた。

「令……」

「なんだか、苦しそうだったからな……。どうした? 悪夢を見るのか? ここ最近、あまり眠れていないように見えるのは、悪夢のせいなのか……?」

「……うん、ここのところ、ちょっと悪夢でうなされちゃってて。でも、その内なんとかなると思うの。過去の記憶を再生させているだけだから」

「よかったら、悪夢の内容を話してくれないか? よく言うだろう。悪夢は人に話した方がいいって」

「……そうなの? でも、令に話してもいいのかな」

「どうして」

「令、泣いちゃうかも……なんて」

「泣きはしないさ。安心して話してくれ」

 そう言われて、優菜は正直にどんな悪夢を見るのかを話した。

 内容はこれまでのいじめであったり、男に襲われるといったものであったりと、多岐にわたる。だが、他人が関わっているという共通点があった。

 令は一通り、優菜が話し終えるまで話を聞いて、それから口を開いた。

「確かに、それは悪夢にもなるだろう。ましてや俺が助けに入らなかった頃の夢なんかは……申し訳ないとさえ思う……。だが、優菜、そいつらは言ってしまえば敗者だ。今現在、幸せかどうかで言うと、俺達の方が幸せな可能性がある。そうだろう?」

「う、うん。そうだね……。でも、やっぱりわかりあえなかったのが辛かったのかな。心が、痛いんだ」

 優菜は胸の辺りでぎゅっと手を握った。

 その手を令は優しく包む。

「わかりあえない者というのは、どうしてもわかりあえないんだ。お前が悪いんじゃない……。それに、わかりあえはしなくとも、ある程度の距離感が出来て友人にも似た近い存在になった姫乃がいるだろう? それで、いいんじゃないか」

「でも、姫乃は絶対私のこと友達としては認めてないよ」

「だから、友人にも似た近い存在なんだ。ある意味では、心強いぞ。ああいうのは」

「……うん」

「悪夢は結局のところ、自身の鏡でしかない。それに過去は過去、夢は夢だ。気にしすぎないでいい」

「うん……」

 優菜は令の胸に自身の頭を預けた。

 令はそんな優菜を抱きしめる。

「もし、どうしても気になるというのなら、夢は自身の鏡なんだと思えばいい。気になるところばかりが目に入る。だから、本来の姿の一部分にしか目が行かない……」

「鏡、なのに?」

「一部分しか映さない鏡と思えばいいさ。そうすれば、他のところは隠れてしまうだろう? 優菜のいいところも、よかった思い出も、全部」

「あ、そっか……。じゃあ、悪いところだけ見えているってことなんだね」

「そうだ。もし、本当に辛いなら、心療内科でもと思ったが、大丈夫か……?」

「そこまでじゃないと思う。ありがとう、令……!」

「ああ。だが、根本的な部分をどうにかしないと、また悪夢を見ることになるだろうな」

「そうだよね。どうしたらいい……?」

 優菜は不安げに令を見上げる。

「美味しいものを食べて、好きなものに囲まれて、癒されていくしかないかもしれないな。休養を必要としているのかしれない」

「そんな、私、今でも十分だよ。お休みだって、いっぱい貰ってるもん……」

「なら、俺の思うことを少し聞いてくれるか」

「うん……」

 そして令は話し始めた。

 悪夢との向き合い方について……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?