令と優菜は休日、久々にゆっくりしていた。
婚約があったから、あちらこちらに挨拶に回ったりして疲れていたのだ。
せっかくの休みだからデートに……という気分にもなれないくらい疲れた二人は、うとうととしながらこれまでのことを振り返っていた。
「令ー、これまでいろいろあったねぇ」
「そうだな」
「最初の頃の私と、今の私、どっちが好き?」
「それはもちろん、今の優菜に決まっているだろう。いつだって、その時の優菜の方が好きだ」
「そっか。私も今の令の方が好き」
ベッドの中で嬉しそうに微笑みながら、優菜はそう言う。
「昔の令は冷酷を通り越して氷だった」
「そんな氷を溶かしたのは、お前だけだ」
「はいはい。そういうのも、いつの間にか言うようになったね。きっと昔だったら、無視とか怒ったりとかしたんじゃない?」
「……そうかもしれない」
「でしょー」と優菜はわしゃわしゃと令の髪を撫でまわして満足そうに笑う。
「何故撫でる」
「大きな犬みたいだからー! きっとゴールデンレトリバーだよね! 犬だったら!」
「……」
たまに優菜は子どもみたいなことを言う。もう慣れたものだが、令はまた始まったとも思っていた。
しかし、優菜はふと「あ、でも、それはどうでもいいけれど……」と呟く。
「どうしたんだ?」
「私のこれまでの夢、全部叶っちゃったかもなって……」
「これまでの、夢?」
「うん。まずは生き延びること……。それから、友達と平和に過ごすこと。叶っちゃったよね」
「まあ、そうだな……。しかし、それだけか?」
「んー? 何が?」
「夢が叶ったら、また夢を作ればいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるなぁ。もう」
優菜はそう言うと考え始める。どんな夢がいいのだろうかと。
とりあえず、生き延びるというのは夢というよりそうしなくちゃいけないという義務感と生存本能に任せるとして、友達と一緒というのも継続したいし、あとは令と結婚して、幸せな家庭生活を築いて、いつか子どもを……。
「子ども……!?」
思わず願ってしまった夢に、優菜は赤面した。
令は何のことだかわからず、優菜の顔を覗き込む。
「優菜、何を考えた? 何か嫌なことでも……」
「あ、あっち行って! ばかぁ!」
「……」
どう見ても優菜は平常心ではない。
令は言われた通り同じベッドの中で優菜の反対側を向いていた。
「で、子どもというのは俺達の子どもか」
「き、聞こえてたの?」
「……やっぱりそうか。そうだと思った」
「恥ずかしいよぉ……。子どもなんて、まだ、早いと思います……っ」
「そうでもないだろう。年齢が上がるとリスクも上がる。いろいろと出来る内に、体力がある内に子どもを作った方がいいと俺は思う。俺の夢でもあるからな……」
「令の夢、なの? 子どもが……」
「知らなかったのか?」
「知らないよ。話してくれたことなかったじゃん。それにしても意外。令も子ども欲しいなんて……」
「跡取りは欲しいものだ」
「あ、そういう……」
「でも、自分の子どもなら……。優菜との子ならどんな子でもいい。跡取りにならなくてもいいから、欲しい」
優菜が令の方を見ると、令は優しく微笑んでいた。
「お前と幸せな家庭を築くのが、今の俺の夢だ」
「……令。私も、そうだよ。私も令と幸せな家庭を築きたいの」
二人はお互いを抱きしめる。
「夢の話をしているからって、夢じゃないだろうな。これは消えることのない、現実の話だよな」
「そうだよ、令。これは現実……。消えちゃう夢なんかじゃない、現実の話だよ」
「そうか。現実か……」
「でも、そうなると私結婚して早々、妊婦さんになるのかなぁ? そうなったら、お仕事休まなくちゃいけなくなるね。もちろん、ギリギリまで働く気でいるけれど……」
「……気が早いな。だが、そうだな。ギリギリまでというのは俺が不安になるから、ある程度までお腹が大きくなったら休みに入った方がいいだろう」
「うーん、そっか。でも、その辺りはその時にならないとわからないね。というか、あの、その……」
「うん?」
「私達のところに、赤ちゃん、来てくれるかな」
優菜は少し不安そうにそう言った。
自身のぺたんこなお腹に手を当てて、本当に来てくれるのだろうかと不安でしょうがなかった。
不妊などと言われたことはないし、これまで人間ドックで引っかかったこともない。
婦人科検診でだって何も言われていなかったのだが、いざ結婚しようとなるとやはり子どもは欲しくなる。そうすると子どもが出来るのかがかなり気になってしまうようだった。
そんな優菜に、令は「大丈夫だろう」と言うのに、優菜は顔を俯かせる。
令は優菜の手の上から自身の手を当てる。
「このお腹の中に、俺達の子がきっと宿る。こんなに優しそうなお母さんのところに、子どもが来ないはずがない。俺はいい父親になれるかわからないが、優菜はいい母親になれるはずだ」
「……令だって、きっといい父親になれるよ。だって、こんなに優しい手、顔をしているんだもん」
「優菜がいるから、そうなれたんだ」
令はそう言って、優菜の額にキスを落とした。
「子どもが出来たら、いろんなところを、家族みんなで遊びに行こうね」
「もちろんだ。どんなに忙しくとも、時間を作ろう。寂しい思いもさせるかもしれないが、それ以上の思い出作りをしたい」
「そっか。それなら、大丈夫だね」
二人は微笑んだ。