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 第百三話 祝ってくれる人達

 婚約した次の日、会社へ令と一緒に出勤した優菜。

 玄関の出入り口から中に入ると、何故か皆勢ぞろいだった。

 令はなんとなくどういう意図かはわかったようだが、優菜はなんだろう……と不思議そうな顔をしていた。流石に令もこの状況でわからないのはある意味天才だなとも思った。

 そしてしばらくすると、皆が拍手をして「婚約おめでとうございます」と二人を祝うのだった。

 優菜はびっくりして、目を丸くしていたが、令は「ああ、ありがとう」と言って当然のようにその祝いの言葉を受け入れた。

 そして優菜の後輩達が優菜のところに集まり、優菜へ「いつも優しくしてくれてありがとうございます」「違う部署でなかなかお話し出来ませんけど、お噂は聞いています。令様とお似合いです。それに優しいお方なんですよね。令様の氷を溶かしたなんて聞いたことがあります」などと祝福の言葉を口にしてくれた。

 優菜は内心「嬉しいけど恥ずかしい」と思っていたが、これも令の婚約者になったからには受けなければいけない試練と思い、頑張って皆の前でお礼を言い続けた。

 そんな優菜のことを悪く言う後輩は、今のこの会社にはいない。

 昔優菜に文句を言っていた者達は、皆遠くから見ているか、なかったことにして他の皆と同じように祝福の言葉を口にしていたのだった。

 次に優菜の先輩や上司に当たる人達も祝福を口にしながら贈り物を優菜に渡していた。

 そしてある程度の心当たりのある者達は優菜に「あの時は申し訳ないことをした」と謝罪の言葉も一緒に送っていたのだった。

 優菜はその「あの時」が思い出せず、何のことだろうと思いながらも言葉だけは受け取っておく。

「これからは、もう優菜君とは呼べないですね」と何人かの上司が言っていて、優菜は自分がそこまで上の立場になることに驚きを隠せなかった。

「ちょっと、令……? 私、そんなに」

「役職くらい、与えるに決まっているだろう」

「ちなみに、何を……」

「役職名は知らなくてもいい。ただ、俺は結婚したら代表取締役になることに決まった」

「え、ええ!? い、今の代表取締役は確か令のお父さん、だよね……? どうして急に」

「俺が結婚することで、やっと引退する気になったらしい……」

「そう、なんだ……。なんか、よくわからない世界だけど、おめでとう。令」

「ありがとう。まあ、そうなるとお前も役職が必要で、そうなることになった」

「だからって、なんで役職が秘密なの?」

「知ったら断るからだ」

「……」

「そんな目をしても決まったことだ。諦めろ」

 令をじーっと見ていた優菜に、令は呆れたように笑っていた。

「優菜せんぱーい!!」

 倒れそうになるくらいの勢いで優菜向かって走って行き、抱きしめたのはあの後輩、桃白ひつじだった。

「ひ、ひつじちゃん!」

「先輩、令様のものになっちゃうんですね……! いよいよ、お嫁に行っちゃうんですね……っ。うっ、うっ」

「ひつじちゃん、あの、私達昔からそういう婚約をしてたんだよ……? 確かに、一時的に婚約を白紙にしたり、そもそも婚約自体軽視されてる時期もあったけど……」

「優菜、おい……」

「先輩、もし令様に捨てられるようなことがあったら、私のところに来てくださいね! 先輩を養えるかはわかりませんが、私、頑張りますから……。だから、どうか自分が幸せになれる道を選んでくださいね! この婚約が、結婚が、先輩にとって幸せいーっぱいの道になるように、たくさん祈って、願っておきますから!!」

「ひつじちゃん……」

「俺はそんなヘマはしない。優菜に逃げられるような男にはならない」

「どうだか。優菜先輩、本当に、嫌になったらいつでも言ってきてくださいね……。でも、優菜先輩、ついでに令様もおめでとうございます」

「優菜、この娘は何なんだ」

「あ、あは。ありがとう。令、この子はこういう子なんだよ……」

 優菜も少しばかり頭が痛くなった。

 そして優菜と令はいつもの仕事部屋に行くと、少しばかり疲れたといった様子で、優菜がコーヒーを淹れ始めた。二人はそのコーヒーを飲んでから、仕事を始めるのだったが、途中で速達で手紙が届く。

 何だろうと思っていると優菜と令、どちらへも宛てたものだった。

 令が封を切ってみると、そこには綺麗なメッセージカードと何枚もの写真が入っている。

「写真……ってことは……! もしかして、姫乃から!?」

「ああ。写真はあちらでの姫乃の写真だな。近況報告も兼ねてのことらしい」

 優菜は手紙を読んで、若干涙ぐむ。

 そこには姫乃の優しさと高いプライドが存分に書かれていた。

 また、写真には泥だらけになりながら農作物を収穫した姫乃の笑顔の写真や、支社の皆での集合写真、さらには姫乃の恋人との写真まで入っているのだった。

「幸せそうでよかった」

「本当にな」

「あとでお礼を書かなくちゃね……って、私宛て先知らないんだった。令は知ってる? 支社の住所に送ればいいのかな?」

「……それはやめておこう。姫乃が、またこちらに来れるようになって、許可を得てからでも、遅くはないのだから」

「……そうだね」

 優菜と令は祝われ、少し疲れながらも幸せだとそう思えるのだった。


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