いよいよ婚約の日がやって来た。
この日までに、ちゃんとした婚約指輪を令が選んだ店でフルオーダーの指輪を用意していたのだった。
令は「本当に俺でいいんだな」と聞くと、優菜は深く頷いて笑みを見せる。
「……俺の、妻になってほしい。何でもというわけにはいかないが、出来る限りのことはしたい。笑顔にしたいと、そう思える女性は優菜、お前だけだ」
それが、令の不器用なプロポーズの言葉だった。
そして優菜の薬指には、今、令がしっかりと作らせた品のいい銀色の指輪が着けられている。
「ありがとう……。こんなに幸せでいいのかな」
「涙は、まだ流さない方がいい。結婚まで、もう少し取っておいてほしいんだ」
「うん……!」
「さて、これからこの婚約指輪を作ったところにもう一度行かなくてはならない。優菜も来てくれるだろう?」
「それはいいけど……どうして? サイズもぴったりだよ?」
「……結婚指輪がまだだろう。二人の指輪を、作らなくてはな」
「こ、これでいいよっ! 結婚指輪は……もったいないよ……」
「二人の、ペアの指輪は要らないのか?」
「うっ」
「結婚式の指輪交換、俺の分がない」
「ううっ!」
「お前の指には婚約の証がある。でも結婚の証になる指輪はない」
「わ、わかった。わかったから、それやめてぇ……っ」
優菜は令が雨に濡れた子犬のように見えてきた。
なんだかとても可哀想に思えてしまって、ついには結婚指輪を作ることを承諾するのだった。
「まあ、結婚指輪はないと困るから、どうしても無理だと言われたら勝手に作るつもりだったがな……」と令が言うと、優菜は「結局作るなら、そう言えばいいじゃない……。もう」と困ったような笑みを見せた。
それから二人は店に行き、フルオーダーで指輪を頼もうとしたところ、優菜が「フルオーダーだと私いつまでも決められないから、セミオーダーがいい」と言って、令は「それもそうだな」と優菜の気持ちを優先してセミオーダーの指輪にするのだった。
「シンプルな感じで……モチーフが……この星だと、いいなぁ……」
「星か。理由は?」
「令が……、私達の人生が長く長く輝けるように」
「そうか……。じゃあ、この星を入れよう」
「うん!」
そうして決まったデザインの指輪が出来上がるのは、結婚式の二ヶ月前となった。
「結構式までぎりぎりだったな」
「うん。だけど、よかったね。気に入ったのになりそうで」
「ああ。これで俺も、女に言い寄られなくて済む」
「あ、そっか。そういうのもあるんだった。じゃあ、私の指輪は……男除け? なんちゃって」
「その通りだが?」
「なんか、令って独占欲も強くなったよね」
「嫌いか?」
「ううん。そりゃ、戸惑うことも多いけど、嬉しいよ。好きな人に独占したいって思われるの」
「ならよかった。これから、苦楽を共にして、一緒に過ごそう。生きている限り、ずっと」
「うん。私は、ずっと令と苦楽を共にするよ。ずーっとね」
そしてそのまま二人は食事をするために移動する。
本来であれば両家への顔合わせなどがあるのだが、大昔に済ませていることもあり、両家とも「今更必要ないだろう。当人同士で食事でも何でもしてきなさい」と言ってきたのだった。
令はともかくとして、優菜は若干これで継母や父親、義両親となる人達と少しは距離を近く出来るのではないかと思っていたため、少しばかりショックを受けた。
だが、そんなのは想像出来ていたことだ。優菜はすぐに気持ちを切り替えて、令との食事を楽しみにすることにしたのだった。
食事の場所は今まで優菜が来たことのない隠れ家のようなレストランだった。大きさはそこまで大きくないレストランで、令は人目を気にする優菜のために貸し切りにしたようだった。こういうところが一般人と感覚が違うと、優菜は今更ながらに知った。
レストランでの食事はとても良かった。ピアノなどの生演奏や、雰囲気、また料理そのものの美味しさにも優菜は満足だった。令が当たり前のように振る舞っていたことから、この店には長いこと通っているのかもしれないと優菜は思い、聞いてみることにした。
「令、このお店とは長いお付き合いなの?」
「ああ……。子供の頃からたまに来ては楽しませてもらっている」
「そうなんだ……」
「優菜は気に入ったか?」
「うん。凄く、素敵なお店だなって。お料理も美味しいから、気に入ったよ」
「そうか。なんだか、嬉しいな。俺の大好きな店だからな」
「令でも大好きなお店ってあるんだ」
「あるとも。冷酷と呼ばれようと、人間だからな」
「そうだよね。でも、令は冷酷なんかじゃないってやっぱり思っちゃうなぁ」
「……優菜は、知らないからな」
「?」
「その部分は、優菜には見せるつもりがないということだ。あまり気にするな。ほら、食べよう」
「うん」
そして料理を食べ終わった二人は、令の家に行った。
「疲れただろう」と令は優菜をベッドに連れて行き、添い寝をし始める。
優菜は言われた通り、疲れていたのか、すぐに眠りに就いた。
令はそんな優菜の寝顔を見て、幸せを噛み締めながら自分も眠りに就いた。