いつも通りに優菜と共に出勤をして、仕事をする令。
そんな彼は、仕事をしながらも器用に別のことを考えていた。
ふと、これまでのことを振り返っていたのだ。
優菜の声が聞こえたことにより、激変した優菜への見方……。
そして知れば知るほど、優菜のことをもっと知りたくなった。
優菜は、あんな風に弱そうで、実際弱いところもあるが、結構強い。
何度転ばされてもただでは起きない。
そんな根性のあるところも見せる。
いつも優菜はきれいごとにしか聞こえない耳障りのいい言葉ばかりを言ってきたが、それを現実にしてきた。
もちろん、現実にならなかったこともある。
だが、それでも令はそんな優菜の頑張りをずっと見てきた。
だからこそ思うのだ。
結局、優菜は優菜が言う通りに、きれいごとを現実にしてきた令には出来ないことをやってしまう真似できない人間なのだと。
(ただいじめられてるだけの、弱い女だと思っていたのに。いつの間にか、こんなにも強くなっていた……。よく泣いたり笑ったりする、人間らしいやつだ。これからも困難は待ち受けているだろう。俺と共にいるということは、そういう道に自然と連れて行ってしまう……。それでも一緒にいたいと思うのは、お前が初めてだ。優菜)
令はパソコンのモニターを見ながら入力作業をしている優菜の顔を少し見た。
真剣なその顔も、酷く愛おしい。
(あの姫乃も、随分と変わった。昔は優菜をいじめられている姿を遠巻きで見ていれば満足していたが、気づけば自分が主犯になり、最後にはいじめなくなった。優菜を、認めた……ということだろうな。さすがに優菜から友達なんて言われた時の顔は見ものだったが。……だが、あいつももうすぐ、この本社から去る。優菜は寂しい想いをするかもしれないが、それでも姫乃が選んだことだからと優菜は思うことだろう。優菜は、優しすぎるからな……。どんなに自分が傷つこうと、相手のことを考える。もちろん、自分を優先することも出来るが、他人のために動くのが優菜らしいところだ。そしてそれを本気で自分のためだと思っている……。全く、見ていて飽きない。そういえば、姫乃が俺に優菜には秘密でメールを寄越してきたな。今読んでみるか……。余程の長文であることは覚悟しておこう。……これも、仕事の内だ)
そう思いながら、後ろめたい気持ちなど感じずに姫乃からのメールを読み始める。
……内容は、優菜のことをしっかり見張っておくようにということと、傷つないように気をつけることということ、そして令は絶対に大切なものを離してはいけないということ。主にこの三つだった。そしてメールの下の下の方に、優菜にごめんという気持ちが伝わっているかはわからないけれど、一応ごめんとは思っているとも書かれていた。
「素直なんだか、素直じゃないんだかわからないな、あいつも」
ぼそりと令は呟いた。
「令、今何か言った?」
「いや、何も……。空耳じゃないか?」
「そっか」
仕事に集中している優菜は、空耳と言われて納得したようだった。
(そう。あいつも……。俺自身、素直でいられているのかはわからない。だが、優菜に感化されて大分、変わったことは間違いない。きれいごとを聞かされて、それが現実化していくのを見せられて何かが変わったのだろう。もちろん、きれいごとだけじゃなかった。傷つく優菜を見る日も多くあったが、それに対して辛いと思えるようになったのは、大きな変化の内の一つだ。感情というものがはっきりわかるようになってきたし、自分の心の内のトラウマのようなものとも向き合えるようになった。もし、姫乃が姫だというのなら、優菜は聖母のような存在だな。まあ、優菜にしてみたら聖母なんて言われたくないだろうが)
くすりと笑って、令は仕事を続ける。
(まるでおとぎ話のような世界だ。これからも間違いなく、そのおとぎ話の世界は続いていくのだろう。優菜が、生き続ける限りそうであってほしいし、その世界を俺は守り続ける。優菜の純粋な世界を、壊したくはない)
「優菜」
「うん? どうしたの?」
「……これからも、お前の側で、お前と一緒の未来を生きたい」
「そういう言葉は雰囲気のある時に言ってほしかったなぁ」
「え」
「でも……いいよ。もちろん、私も令と一緒の未来を生きたいの」
「そうか。ところで、雰囲気のある時にって」
「だって、せっかくいい言葉を言ってくれたのに、仕事中に言われたなんて、なんだか雰囲気がないんだもん! 令ってタイミングとか読むの苦手なの、最近わかってきたんだよ。私」
「それは……すまなかった……」
「いいよ。そういう人だって知ってるもん。あ、そうだ」
「なんだ?」
「もうすぐ、婚約を正式に……ね。ご両親にも、話しておいてほしいんだ」
「それってつまり、近々式を挙げたいということで、合っている……か?」
「もう、気づいてよ。馬鹿……っ」
自然と令は微笑んでいた。
「ありがとう。優菜。選んでくれて」
「こちらこそ、ありがとう。私を側においてくれて……。そして、信じてくれて」