「あのね、私は毎日こんな自分が大嫌いだった。毎日何かに怯えてる日々、助けてくれる人もそういなくて、唯一の友達も私の大の苦手な人の味方……。そんな私は、心の中で自分とよく戦ってた。理想の自分と、現状のダメな自分」
「それは、私もよくわかります」
「大嫌いで、大嫌いで、仕方がない。だけど、でも、だからって自分を傷つけるのは、よくないなって思った」
「……」
「心の中で、自分と戦って、自分の嫌なところも個性も潰しちゃうようなことをしたら、それこそ味方になってくれる人が、いなくなっちゃうと思うの」
「言っている意味が、よくわからないです。私、そんなに頭がよくないので」
「他の人と違う個性を、殺しちゃダメだよってこと」
「……」
「それに自分で自分の首を絞めるのは、絶対に苦しいよ」
「……じゃあ、どうしたらいいんですか」
「簡単だよ。自分を受け入れるの。自分で自分の良いところを、突出しているところを潰すのをやめるの」
「優菜先輩は、綺麗なんですね……。だから、そういうことが言えるんだ」
「え……?」
ひつじは悲しそうな顔をしていた。
「私にはとてもそんなこと出来ません。突出した部分は、打たれるんです。出過ぎた杭は打たれるんですよ。なのに、なのになんで、先輩は大丈夫なんですか。ずるい、ですよ」
ひつじは制服のスカートをぎゅっと握った。
静まり返るその場の空気で、令がため息を吐いた。
「今から独り言を言う。大きな独り言だ。気にしなくていい」
令は二人に聞かせるために、あえてそういう言い方をしたのだ。
「優菜は最初は物凄くネガティブだった。それこそ、自分など存在しない方がいいんだと言わんばかりに。だが、心の中ではとても生きたがっていた。死ぬかもしれないという恐怖を持ちながら、日々生きていた。そんな中で、支えてくれる人はいない。支えるべきだった俺も、優菜に目を掛けてやることはなかった」
ひつじは令と優菜を交互に見る。「嘘でしょ」とでも言いたそうな顔だった。
「……本当だ。だが、優菜は必死に生きてきた。結果として、俺はそんな優菜を見て、最初は面白いと思って見ていたんだが、気づけば……好きになっていた。優菜が泣いたら、こちらの心も傷つくし、初めての感情ばかりで驚いた。だが、そうして周りを変えたのは優菜自身なんだ。周りに支えがあったかなかったかではない。優菜の力だ。お前も、もし現状を変えたいなら、自分を変えろ。それが一番の近道だ。他人は変わらない」
「令様……」
「大きな独り言だった。すまないな」
「ゆ、優菜先輩」
「なあに?」
「……いい人に巡り合えましたねぇ! まるで王子様とお姫様みたいです!」
そう言われた令は椅子から落ちそうになるかと思ったし、優菜は恥ずかしさでいっぱいだった。
「自分で、自分を傷つけなかったら、自分を殺さなければこんなにいい人に巡り合えることもあるんですね……。私、不器用だけど出来るかな」
「う、うん。えっと、出来るよ。誰だって、簡単」
「大嫌いな自分を、好きになることは出来ないけど、でも、置いておくくらいは仕方ないって思うことにします」
ひつじは立ち上がってドアに向かって歩いていく。
「優菜先輩、あと令様、ありがとうございました! 私、ちょっと頑張ってみます。あと、優菜先輩。今度お礼をさせてくださいね! では、失礼します」
そう言って、ひつじは部屋から出て行った。
「あの根からの明るさ、お前以上だな。……その内友人でも出来るだろう」
「うん。そうだといいな。きっと、そうだよね」
「それにしても、いつの間にお前にあんな慕ってくれる後輩が出来たんだ」
「なんか、気づいたら出来てたというか、慕われていたというか……。懐かれてたんだよね。もちろん、凄く嬉しいことだよ」
「鬱陶しくないのか?」
「全然、鬱陶しくないよ! もし、あの子がまた困ってたら、私、また助けられるかな……」
「お前なら出来るさ」
それからしばらくして、ひつじはいじめられることはなくなった。
人懐こい笑顔もあってか、元々の明るい性格が幸いしてか、周りに人が自然と集まるようになった。ひつじはそのことを優菜のお陰だと言って、メッセージや直接会って何度も「ありがとうございます」と伝えている。
それに、前に優菜が見ていた笑顔よりも、明らかにいい笑顔になっていた。
本当の意味で、笑えているのだろう。
優菜は自分も本当の笑顔を自然と出せるようになろうと、仕事が終わってほっと一息ついた時に令を見て微笑んでみた。
「……可愛い」
令はそれだけ言うと、優菜の頬に手を添えていた。
「あ、キスはダメです……!」
「……?」
「ここは会社です! オフィス! どこで誰に見られるかわからない!」
「……今更だろう」
そう言って、令は優菜にキスを落とす。
優菜は顔を少し赤くさせる。
「もう、令ったら……」
頭を令に預けて、優菜はぎゅっと令に抱き着いた。
「少しくらい、いいだろう。こんなにも、可愛いのだから」
意地悪そうに令は笑った。