悪役令嬢と言われていたなんて……と思いながら仕事をしていたが、それでも周りは普通に接してくれる。それだけではない。むしろ、前よりも好意的に接してくれているような気がする。何故かはわからないが……。
昔、いじめてきた社員達は気づけば辞めているし、優菜にとって、この会社は居心地のいいものとなっていた。それは令による力も大きいところがあるだろう。
優菜も少しずつ自分の居場所というものを見つけ始め、今ではすっかり令の隣が居場所なのだと認識している。
だが、あったかいなぁと思うと心の片隅でひつじの顔が思い浮かぶようになった。
彼女には、この会社に居場所があるだろうかと……。
心の支えになる友達がいればまた話は別だが、そうではない場合、居場所がないのではないだろうか……。
そのことが気がかりで、出勤して早々、優菜はひつじに連絡を取ろうとしてから「……ひつじちゃんの連絡先、まだ教えてもらってないや」と落ち込むのだった。
いつも社内でひつじがどこからか優菜を見つけて、約束をしたり話をしたりとしていたため、連絡先を交換していなかったのだ。
「今度会った時に、連絡先、交換しなくちゃ」
そう思っていたら、その日の昼間に、その願いは叶うこととなる。
いつも通り、令と一緒に働いていると、ドアの外から控えめなノックがあった。
「はい」
優菜がそう返事すると、「……優菜先輩、本当にここにいるんですね。来ちゃいました……!」とひつじがドアを開けて顔を出した。
でも、元気そうな言葉とは違って、顔色はよくない。
「ひつじちゃん……! どうしたの? 顔色、よくないよ? 令、ちょっとだけ、休憩入ってもいい?」
「ああ。……ここを使ってくれて構わない。外だと、他人の目があるだろう」
「ありがとう。ひつじちゃん、どうぞ。こっちに座って」
そう言って、優菜はひつじをソファーに座るように促した。
「……失礼します」
ひつじはゆっくりとソファーに座る。
「それで、どうしたの?」
「優菜先輩、あの、連絡先を交換してもらえませんか! 嫌だったら嫌で、断ってくれて構いません!」
「うんうん。大丈夫だよ。交換しよう。でも、どうしてそんなに切羽詰まってるの……?」
「私、友達とかいなくて……。あ、それは関係ないかもしれないんですけどね。あの、えへへ、この会社に私が居てもいいよってところ、ないんです。優菜先輩と連絡先を交換したら、それで少し、居てもいいって思えるようになるかなって思って」
「ひつじちゃん……」
「悪い言い方をすると、先輩のことを利用してる、みたいな感じなんですが、いいですか……? 私、こんな風にしか生きられないから、自分でも自分が嫌になるんです。でも、そんな私に普通に接してくれる優菜先輩と、繋がってるって思うだけで頑張れる、そんな気がするんです」
「ひつじちゃん、あのね、私はあなたのことは嫌いじゃないよ。もちろん、連絡先も交換したい。でも、そんな風に自分を嫌ってるひつじちゃんを見るのは、ちょっと辛いかな」
「ありがとうございます。でも、なんで、優菜先輩が辛いんですか?」
「それはね、かつて私も自分を同じように嫌ってたからなの。居場所なんてなくて、いつもいじめられて、自分なんて大嫌いだった。でもね、今ならわかるんだ。好きになる必要はないけど、嫌うことでもっと嫌な自分になってちゃうってこと。それに、そういう人っていつも自信がなさそうに見えるから、きっといじめてもいい人に見られやすいと思う」
「じゃあ、私はどうしたらいいんですか? 私、自分のことを急には好きになれません……」
「それは……そうだなぁ。力、抜いてみなよ」
「力を、抜く?」
「いつも肩肘張ってると、疲れちゃうでしょ。それに、力を抜けば、自然と表情も豊かになっていく。嫌ってる泣き虫な自分が、ちょっとずつ笑顔を覚えるようになるの」
「そういうもの、ですか?」
「私の場合は、そうだった。でもね、とにかくね、力を抜いてほしいの。隙のない人って、どこか近寄りがたいんだよ。だから、それをなくしていけば、話しかけられることも増えていくと思う」
「……わかりました。力を、抜くんですね! やってみます!」
優菜はひつじと話している内に、ひつじがかつて嫌っていた自分に思えて仕方がなかった。きっと、嫌ってた自分も、こんな風に一人にしか依存出来なかったらその一人にたくさん寄りかかっていたことだろう。
……そんなことを思いながら、優菜はひつじの話を聞き、昔のことが少しずつ思い出されてきた。
「私、優菜先輩のこと、もっと知りたいです」
ひつじはそう言ってきた。
「……ふふ、私のことなんか知っても、何にもならないよ」
「そんなことないです! なんだか、似てるなって思ってたけど、でも、私よりずっと幸せそうなんですもん……。その理由を、どうしたらそうなれるかを、知りたいんです」
「うん。わかった。じゃあ、もうちょっと話そうね。休憩時間、伸びちゃうけど、大丈夫?」
「自分は大丈夫です。優菜先輩は?」
「令、いいかな?」
「ああ、あとで埋め合わせをしてくれれば問題ない」
「わかったよ。ありがとう」
そして、優菜達は話をさらに続けるのだった。