桃白ひつじという女性社員がいじめられていた現場を見つけてから数日後、優菜はひつじに酷く懐かれて、昼休みになるとランチに誘って来たりするようになった。

　今までこんなにぐいぐいと引っ張って来るような後輩がいなかった優菜は、戸惑いながらも嬉しい気持ちもあり、令に「ちょっとだけ！　今日だけ、少しランチ行って来るね！」と許可を取り、ひつじとランチに行く。

「優菜先輩！　優菜先輩！　チーズのお店行きましょう！」

「え、えっと、うん……」

「チーズ、もしかしてお嫌いでしたか……？」

「いや、今から行っても間に合うのかなって。それだけが心配だったの。ほら、お昼休みって時間が決まってるから」

「大丈夫です！　予約しておきました！　それに、提供時間もそんなに長くないところだっていうのも調べてありますから！」

　むふふーと、独特な笑い方をするひつじに、優菜は少し脱力する。

「あ、ここです。ここ！　ピザかパスタ、選べるんですよー」

「そうなんだ。じゃあ、パスタにしようかな」

「私はピザにします！　むふふー。初めて社内の人とランチに来ました」

　心底嬉しそうな顔をするひつじに、優菜は「それもそうか……」と納得した。

　なんというか、ひつじは独特な雰囲気がある。だから近寄りにくいのかもしれない。

　でも、いじめられる理由がわからない。

　彼女は悪い人では……なさそうだ。でも、何かしら理由があるかもしれないし、理由のないいじめというものかもしれない。もし、理由がある場合なら、それをどうにかするか、対策をするだけでいじめが止まるかもしれない。優菜はお節介かなと思いつつも、自分がかつてそうだったから、これ以上辛い思いをさせたくないと思いってどうにかしようと思うのだった。

　ランチの最中は、他愛無い話で二人は楽しんだ。食事の時くらいはいじめの話はしたくない。

　そして、その後会社に戻るまでの間、少し時間があったため、人のいない公園で優菜はひつじに話を聞くことにした。

「あの、気分悪くしたらごめんね。ひつじちゃんっていじめられる心当たりはあるの……？」

「んー、特にないですねぇ。仕事が遅いとか、そんなことはよく言われますが……。でも、私からしたら確認に時間が掛かっちゃうだけで、ミスを減らすためにやってることだからこれ以上早くは出来なくて。……優菜先輩は、なんでそんなこと気にするんですか？」

「うーん、確認は大事だもんね。そりゃ、時間もかかるよね。特に最初の内は……。あのね、いじめってやっぱりよくないと思うし、私ひつじちゃんが酷い目に遭うのを止めたいの」

　ひつじは優菜に抱き着いた。

「先輩！　そこまで考えてくれてありがとうございます……っ。でも、先輩は何もしなくていいですよ」

「え……？」

「なんか、負けたみたいで嫌じゃないですか。確かにそれでいじめが終われば、それでいいかもしれない。だけど、私の心が、負けを認めたって思っちゃいそうで嫌なんです」

　この子は強いと優菜は思う。いじめられていながらも、必死にそれに耐え抜き、笑顔を忘れずにいられる。凄く、強い子だ。

　だけど、その強さが頑固と言おうか、周りに助けを求められない、声を上げられないという状況を作ってしまった。

「声を、上げてもいいんだよ。辛い時は、辛いって言えば、きっと助けてくれる」

「誰も助けてなんてくれないですよー。それに、今は優菜先輩がいるから、それで十分です！　それにあの子達、優菜先輩と私が繋がったってわかった途端、いじめてこなくなりましたよ」

「え？　本当に！？」

「はい！　むふふ。優菜先輩効果は凄いですね。皆がなんだか特別視する理由もわかります」

「私が、特別視……されてるの？」

「そりゃ、そうですよ。優菜先輩はあの令様のご婚約者様……？　とにかく、恋人であって、しかも令様もお熱だってよく噂で聞きます。まるで物語の主人公みたいですよね。優菜先輩って」

（物語の主人公……。それって、私……、姫乃と主役を交代しちゃったってこと……？）

　優菜は今更ながら、その事実を知った。

「だから、噂に聞いてた優菜先輩って、結構酷いもので……。悪役令嬢なんて言われてたんですよ。前に小鳥遊部長がって言ってくれてたけど、その小鳥遊部長と令様を取り合って、いろんな手を使って……なんて言われちゃってたんです。あ、これ内緒ですよ。普通本人には言っちゃいけないんですから」

「……私、そんなに悪く言われてたの？」

「そりゃあもう、一時期は。でも、ある日ぷつりとなくなったというか、言われなくなりましたね。あの小鳥遊部長のカリスマ性みたいなものがなくなったような気がした頃からです。それか、皆飽きちゃったんですね。そういう話って流行り廃りが激しいですから」

「そうだったんだ……」

「あの小鳥遊部長も、令にぴったりなのは私じゃなくてあの子だって言い方を最近はしてますよ。びっくりですよね。あんなにバッチバチにやり合ってたって噂だったのに。あ、すみません。優菜先輩は知りませんでしたよね……」

「う、うん。だから、ちょっとびっくりしてる」

「あ、もう時間です！　急いで戻りましょう！　今日はランチ、ありがとうございました！」

「こちらこそ！」

　ひつじは慌ただしく優菜の手を取って、一緒に走って会社に戻った。

　そして、令に「こんな風に会社で噂があったみたい」と話したら、「知ってた」と言われ、優菜は唖然としたのだった。