「簡単だよ? 人生なんて、少しの視点の変化であっという間に変わっちゃうんだ。それは人生で何度かやって来て、強制的に変わることもある。そんな時も、あなたは変わったことに対して変わりたくなどないと言って、目を瞑って見ないことにするの? 実はもう、あるんじゃないの? 身の回りの、変化」
優菜は珍しく妹に対して真剣に、怖がりもせずに話をしていた。
相手が妹は継母の子だからといつも引け目を感じていた優菜の言葉とは思えないようなその強い言葉に、妹は言葉が出ない。
完全に、優菜に負けていた。こんなこと、今まではなかったのに。
「そんなこと、言われたって……。別に心当たりなんてないし」
「それはありえないよ。常に世界は変わり続けてるんだから。人の心は、変わるんだよ。実際、姫乃だって何か変わって、あなたに連絡をしなくなったか、したんでしょ?」
「……っ」
電話の向こうから、壁を殴るような音がした。
妹はいつも物事がうまくいかないと物に当たるようなところがあった。今回もそうだろう。
「じゃあ、じゃあやっぱり私の敵はあんただね! お姉ちゃんなんて、もう金輪際言わないから!」
「そう。悲しいけど……、仕方ないね」
優菜はそう言いながら、窓の外を見た。
真っ暗な中に街の灯りがきらきら輝いていて、宝石箱のような、そんな世界が広がっている。でも、妹にはこれを見せたところで、綺麗なんて思わないんだろうなと思った。
人の気持ちが理解出来ないというのもあるが、自分からの視点で見たものの見方しか出来ない子なのだからと。
でも、見捨てられない。
このままだと、きっと妹も姫乃と同じような道を辿っていく。
もしそうだったら、最後は下手したら死んでしまうかもしれないし、死なないにしても引きこもりになる可能性もある。それは、一応姉としては避けさせてあげたい。
ちょっと、恩着せがましいと自分でも思うけど。
優菜はそんなことを考えて、こう言う。
「ねえ、関係を……。私達、本当の姉妹としてやり直さない?」
そう言うと、こう答えが返ってきた。
「は? あんた、頭大丈夫?」
やっぱり、姫乃と似てるなと優菜は思った。
「だから……ね、変わらない? 私達。今まで見たいに隔てりのある姉妹とも呼べないような関係じゃなくて、姉妹って呼べる関係になりたいの」
「無理に決まってるでしょ。誰があんたなんかを姉と思いたいなんて思うの。何をやるにしても失敗ばかりのあんたに……」
そこまで言いかけて妹は思った。
失敗ばかりというのは姫乃が言っていたことで、妹自身は実際に目にしたことがないのだと。
「……確かに私は失敗ばかりだね。でも、失敗しても、また立ち上がって成功するまで頑張ればいいだけだよ。人はいくらでも変われる。私は私がそうやって変わってきたのを、知ってるから……。誰でも、そうだよ」
(こんなの、姉なんかじゃない。だって……、いつの間に、姉は大きくなってしまったの。こんなに、心が広かったっけ? 酷いことを言っても泣かないまでに強くなっていた? 知らない。そんなの……。それに変わるなんて、絶対に嫌……)
「……私は騙されない。姫乃さんだって、一時の気の迷いで、令さんを諦めただけ。だって、あんたなんかに相応しくないもの。あんたが、人を騙せるまでに成長していたことには驚きだけどね。でもね、誰だって騙せるなんてことないんだから」
妹の中で、姉である優菜はとんでもない悪女にされてしまったようだ。
優菜はそのことに頭を悩ませるも、正直な気持ちで向かい合おうと必死に話した。
でも、結果としてはいいものとは言えない。
妹は姉を拒絶することに決めたからだった。
一度決めたら、思い込みの激しい妹のことだ。もう梃子でも動かないだろう。
そして、妹は優菜にこう告げる。
「もう、死ぬまで連絡してこないで。というか、死んでからも連絡してこないで。結婚式があっても、私は行かない。あんたの幸せな姿なんて見たくないから」
「……っ」
ぷつりと通話が切れた。
優菜は切ない気持ちで、スマホを操作する。
妹の連絡先をアドレス帳から消しておいた。
普通だったら消さない方がいいのだろうが、でも、多分恐らくはもう連絡なんて来ない。そういう人間だから、仕方がない。
いつまでも言っても無駄な人間に使う時間もない。
お互いの、時間の奪い合いは酷く体力と精神を消耗するばかりで生産的とは言えないから。
だから、多少辛い思いをしても、連絡先は残さない方が良いと思った。
それに、残っていたら逆にずっと後悔や切なさ、悲しさを胸に生きなければいけないような気がしたから、優菜は消すことを厭わなかった。
一歩踏み出せなかった妹は、今後成長するかはわからない。ただ、わかっていることと言えば、今後、小さなお姫様として世界を渡り歩くことだろう。彼女も。
でも、そんなことで周りが騙されてくれるかというと違う。
姫乃が例外すぎたのだ。
だから、きっと苦労する。
だから手を伸ばしたのだが、その手は払われてしまったのだから。
「……後味悪いなぁ。私には、何も出来ないけれど、でも……、少しでも幸せでいてくれると、いいなぁ」
いつか笑い合えたらなんて、やっぱり夢だったんだなと思った。
優菜は進み、妹は立ち止まって進まなかった。
その違いは、あまりに大きい。
そうこうしている内に、時間が夜中になっていることに気づき、優菜は寝る支度をして明日に備えて眠りに就いた。
やっと掴んだ希望。
それが、いつも点滅している。
いつか、消えないようにと願っているのに。