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 第九十一話 今度こそ届いて

「コバンザメ」という単語に反応してか、優菜のスマホに電話が掛かってきた。

 もちろん、コバンザメと言われた本人である妹から……。

 妹は酷く怒りながら怒鳴るようにして次から次へと矢継ぎ早に言葉を投げかける。

 優菜はそのほとんどが今までも同じようなことを言ってきた言葉だとわかり、相手が自分の顔を見えないのをいいことに、若干の苦笑いを浮かべていた。

 プライドの高い妹のことだ。第二の姫乃と言ってもいいような存在。そんな人物が自分を下に見るような発言を放っておくことは出来ない。

 だから、あえてそこを刺激したとも言える。

 だが、次から次へと一方的に浴びせられる言葉の中に「あんたみたいな出来損ないが、そもそも姫乃さんの代わりなんて出来ないのよ!」という言葉があった。

 これにはさすがに少しばかり優菜は悲しい気持ちになる。

 妹にとって、自分という存在はやはり姫乃よりも絶対に下の位置づけであり、それは揺らがないということがわかってしまうからだ。

「待って。私は姫乃じゃないの。だから、姫乃の代わりなんて当然出来ないししないんだよ。そもそも、私は姫乃の代わりに何かをしているつもりもないよ」

「嘘だ。姫乃さんの婚約者を奪ったんでしょ? 令さんとは元々姫乃さんが婚約するつもりだったって……」

「それ、いつ、誰から聞いたの?」

「……姫乃さんが、学生時代に教えてくれたのよ」

「それは、姫乃の願望だったんだよ。多分。そもそも、令の意思を聞いてなかったんだと思う。令は……、親から決められていたからそうするかって感じだったと思うし、姫乃が婚約するっていうのは、姫乃の願いだったから……」

「姫乃さんは嘘なんかつかない! そんなつまらない嘘なんか! あんたとは違うの!」

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 妹はずっと、姫乃のことを神様か何かのように思っていくつもりだ。

「ねえ、なんでそんなに変わった姫乃を受け入れられないの? なんで、いつまでもそんな昔のことにしがみついてるの?」

「そんなの……っ!」

 言葉が続いて出てこなかった。その先の答えがわからなかったのかもしれない。

 それか、見ない振りをしたいのだろう。

「もし、今の現状を昔に変えたいなら、あなただけの問題じゃないから、私ももちろんそうだし、令も、みーんな巻き込んでいかなくちゃいけないんだよ。そこまでして変える覚悟はあるの?」

「それ、は……っ。でも、だっておかしい。こんなの! ありえない! あんたみたいなどうでもいい女が幸せになるなんて!!」

「そっか。あなたは、私が幸せになるのが許せないんだね。それは……、自分が幸せじゃないから、かな?」

「……そんなこと」

「でも、そう思ってない限りは、出てこないような言葉だよね。あとは、私を見下し続けてるけど、その他人を見下す癖、やめた方がいいよ。……幸せになるために、自分を変えることは出来ても、他人を見下して自分が幸せになることは出来ないんだよ」

 優菜なりに、精一杯の言葉を掛けたつもりだった。

 説明が下手だが、それでも妹のためを思って、今のままではいけないとやんわりと伝えたつもりだった。

 その言葉を聞いた優菜の妹は、言葉が出てこない。

 本当に姉は変わってしまったのだ。それも、自分よりも凄い人になってしまったのかもしれない。

 自分が小さく見える。でも、そんなの認めたくはない。

 いつも追い越していた姉の背中が、今は目の前に……、でも、大分遠くにあるように妹には感じられた。

 あ、そっか。変わらないと、生きることって出来ないんだと、妹は当たり前のことに気づくのだった。でも、今更どう変わればいいのだろう。

 いや、今更、変われない。

 姫乃と同じく、彼女も変わることに恐れを抱いていた。

「わ、私は……。あんたみたいに変わりたくない! 姫乃さんみたいに、変わりたいとも思わない! あんたなんかの策略に乗ったりしない!!」

 策略なんて、何も考えてなどいないんだけど……と、優菜は寂しく思う。

 でも、それでも変われるならば、変わってくれる可能性が少しでもあるならばと優菜はもう少し頑張ってみようと声を掛け続けた。

 その声は妹にとっては救いの言葉なんかではなく、うるさいだけの言葉にも思えただろう。

 優菜はそう思われているだろうなと思いながらも、言葉を掛けるのをやめない。

 わずかな希望があるならと、今まで自分を何度も救ってくれた自分の言動を力に妹と真摯に向き合う。

「私は、いつでも手を伸ばしてあなたを待ってる。掴むかどうかは、あなた次第なんだよ。……私も、いつまでもあなたなんて他人行儀で妹を呼びたくない。今からでもね、遅くはないと思うの。もう少し、マシな姉妹関係を築ける。人って、そういうものじゃないかなって思うんだよ」

 優菜はその言葉の通り、心の中で妹に手を伸ばしていつでもその手が取られることを待っていた。

 掴むかは、妹次第だが……。

「うるさい! 私は、変わりたくない……!」

 その手を払い除けるのが、優菜の妹のやり方だった。


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