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 第九十話 投げかけたい言葉

 姫乃が前の部署に戻ってからしばらくして、優菜には優菜の苦手とする妹からの「本当はお姉ちゃんのことが好きだったんだよ?」などという、目を疑うようなメッセージがたくさん届いていた。このことを令に相談することも出来ず、ひとり頭を悩ませている。

 相談したら、きっと令にも迷惑を掛けると思ってしまったのだ。

 それに、このくらい一人で解決出来なければと思う気持ちも強くあった。

 優菜は妹に、どう返信すべきか考えて、メッセージを打とうと仕事後、家にいる時に何度かスマホを触っていたが、どうしても言葉が出てこない。

(なんだろう。あの子は、都合がいい人に擦り寄るんだよねぇ……。本当に、そういうところが上手と言おうか何と言おうか。姫乃が多分、もう関わらないとでもメッセージを送ったんだろうけれど……)

 家族に対しては複雑な気持ちを持つ優菜は、特に最低な兄だと思っている兄に対してよりもこの妹への対応の方が困っていた。

 でも……、もし、本当に妹と仲良くなることが出来たなら、そうしたら、嬉しいんだけれど。

 などと、夢物語のようなことも思ってしまう。

 実際、夢物語なのは間違いない。妹は権力者に擦り寄るのが上手いだけで、人を好きになることに関しては、姫乃よりも鈍感で、苦手な部類なはず。

 そんな人物に「そうだね。じゃあ、これからは本当の姉妹みたいに」と全てを手放しで喜べるほど、優菜も人間が出来ているわけではなかった。

(……あ、そっか。私も、彼女のこと本当の姉妹として、あまり認めていないんだ)

 そんなことにも気づいてしまい、優菜はひとり自己嫌悪する。

「優菜、どうした?」

「へ? え、あ、ううん……」

 そうだ。そうだった。今、お家デートをしているんだった。

 なのに、目の前の恋人を放っておいて、自分は何をしているんだろうと優菜は肩を落とす。

 令はそんな様子の優菜に、また何か悩んでいるのかと心配していた。

 優菜はすぐにひとりで抱え込もうとする。それが美学なのか、美徳なのか、わかりはしないが、ただ恋人としては心配の一言に尽きるのだった。

「優菜、何か悩んでいるのなら、俺にくらい話してくれてもいいだろう」

「でも、だって、令に申し訳ないし……」

「申し訳ないなんて考えなくてもいい。お前は、変なところで律義と言おうか、引っ込み思案と言おうか……。大胆に行動する癖に、心はうさぎのように小さい」

「う、うさぎ……。そんなに私、心小さい? というか、怯えて見える?」

「見える」

「うぅ」

「ほら、話してみろ。解決することもあるだろうし、そうじゃなくとも、すっきりはするかもしれないだろう」

 令は優菜の頭に手を置いて撫でる。

「……うん。あのね」

 優菜は妹からもらったメッセージについて話しをし始める。

 令も話を聞いていて、ああ、あいつかとなんとなくどういうつもりで連絡してきたのかわかったらしい。

「大方、姫乃側だったが、姫乃から捨てられてというか、見放されて、俺といずれ結婚するのが姫乃ではなく優菜になったのが決め手だろうな。それも、姫乃は身を引くというようなことをきっと伝えているはずだ。あいつは、ああいう性格だからな……」

「うん。でも、妹のこと、どうしよう」

「仲良くしたくないのならしなければいい。逆にしたいのなら、何が引っかかっている?」

「……私のことを、下に見てるから。彼女は。だから、いつか私から令を奪うんじゃないかって思っちゃう自分も嫌だし、そうなってほしくないの」

「そんなことを気にしていたのか? そんなこと、問題ない。俺が好きになったのは姫乃でも妹でもなく、お前だ。優菜」

「うん……」

「それに恐らくだが、あいつは……姫乃とよく似ているが、姫乃よりも狡い性格をしていると俺は思っている」

「どういうこと?」

「自分で動きたがらず、自分から勝ちを取りに行かないで、他人にぶら下がって勝ちを得る……。そういう性格だろう。そういうのはこの世界には何人もいる」

 令の言うこの世界というのは、本当にこの世界のことを言っているだろうし、令の見てきた仕事での世界も含まれているに違いなかった。

「正直なことを言うと、そういうやつとは関わっていてもろくなことがない」

「だよね……」

「でも、それでも妹だと思うのならば、いつものお前らしく、ぶつかっていったらどうだ?」

「いつもの、私らしく?」

「ああ」

「……わかった」

 優菜は令の手をぎゅっと握って、頭を令の胸に預ける。

 ほんのり伝わってくる令の温かさと鼓動が心地よかった。


 それから優菜は、妹とメッセージ上でのやりとりを、何度か続けていた。

 すると目が滑るんじゃないか、目がどこかに行っちゃうんじゃないかと思うような今までのことを謝る文面や「お姉ちゃんが令さんと結婚したら玉の輿だね。そしたら私にも何か幸せが来るのかな」なんて、まるでそうなったら妹のお陰のような意図まで含まれているとしか考えられないメッセージまで飛んできた。

 優菜は頭を抱えながらも、ずっと長年言いたかった言葉を書いて、送ることにしたのだった。

「あなたはいつまで、コバンザメでいるの……? 自分の力で歩かないの?」と……。


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