「考え直した方がいい」
令は優菜のその優しすぎる心が心配だった。
「大丈夫。私、怖いけど姫乃と友達になれるなら……」
そう言いながらも視線は泳いでいるし、手も震えている。
「人間、分かり合えないなんてこと、そうないはずだよ」
「その理屈が通ってるなら争いなんて起こらないはずだが?」
「そ、それは……その……」
「大体友達になんて言っているが、お前が姫乃だったらどう思う。さすがに、急過ぎる」
「善は急げと言うじゃない」
「急がば回れとも言う」
優菜は「分からず屋!」と言って令の足をちょこんと足の爪先で触った。
「こういう時にヒールの踵で踏むくらいのことが出来ないと、あいつには届きもしない」
「……」
「もし、孤独だったとしても、それはあいつにしかわからないし、あいつの抱える問題だ。お前の問題じゃない。解決出来るのは優菜ではなく、姫乃だけだ」
「そうかもしれない。でも、解決は出来ないけど、手伝うことくらいは出来るはずだよ」
「……はあ」
令は大きなため息を吐いた。
そして優菜を真っ直ぐ見てこう言う。
「わかった。だが、間違っても助けようなんて思うんじゃない。助けられたと感じるかどうかはあいつ次第だ。それに、他人を助けられる人間はいない。いつだって、自分を助けるのは自分だけだ。それを忘れるなよ」
「うん。……自分を助けられるのは、自分だけ。確かに、その通りだね。救おうなんて、思ってないよ。ただ、友達になりたいんだ。隣に立って、どんな目でこの世界を見ていたのかを知って、これからを友達として生きてみたい」
きらきらと輝く優菜の目を見た令は、これ以上説得しても無駄だと悟った。
あまりに純粋すぎる、未来を信じる瞳。まるで子どものようだと令は思うと同時に羨ましくも感じた。自分ならばそんな考えには至らないし、ましてや敵と認識していた相手と仲良くなんて絶対に出来ない。
「ねえ、本当の友達がいないって、どんな感じなんだろうね」
優菜がそう言った。
「それは……」
令は思い出す。用意された友達役の友達。用済みになったら、捨てられた友達。
「……」
「姫乃の味方をするけれど本音をぶつけてくれる友達が、私にはいる。だから、孤独だけど、本当の意味で孤独かと言うと、違うの」
「……」
「用意された偽物かもしれない友情や愛と呼んでいるものに囲まれている今の姫乃は、孤独じゃないって言える?」
「……わかった」
他人事じゃないのだと令は知った。
あの姫乃にも、もしかしたら自分と同じ気持ちがあったのかもしれない。
人は自分を映し出す鏡という言葉もある。全ての問題が他人ではなく自分にあるとまでは思いもしないが、少しだけ自分と似ている部分があるかもしれない。さらに共通点があるとしたら、確かに鏡のようだ。そうだとしたら、その鏡に、映っているのが誰であれ、自分のことのように思えるなら、それを変えようと行動したら、もしかしたらその映っている相手も動いてくれるかもしれない。
それは、他人を動かそうとする傲慢か。
それとも……、自分を、助ける行為か。
「きっとひとりじゃ、寂しいよ。だから、他人を動かそうとして、幸せになったつもりでいるの。今の私には、姫乃はそう見えるんだよ。でも、偽りの幸せはいつまでも続かない。偽物は偽物だから、物足りないの。ずっと心が欠けたままなの。欠けて穴の開いたコップに水を入れて満たそうとしても、満たされる前に零れてしまうでしょう? 姫乃の今の心は、きっとそんな状態だと思うんだ。でも、ひとりじゃそのことに気づけないかもしれないし、気づいていない振りをしているかもしれない。それは、姫乃じゃないとわからないけれど、でも、私にも出来ることはきっと何かあると思うんだ」
ただの綺麗事にしか聞こえない。そんな言葉なのに、令には何故か、それを応援したくなる気持ちがあった。愛している人だからという理由ももちろんあるが、姫乃が自分と似た部分もあるから、自分を救うためにも、そして姫乃を救いは出来なくても、何かになればいいと令は思ったのだ。
「相当、頑張らないとあの姫乃のことだ。平手打ちや悪口くらいで済めばいいが……」
「そのくらいで済めば、きっと良い方だね……!」
優菜と令は顔を見合わせて笑い合った。
「もし、友達になれたら、優菜は姫乃と何をしたい?」
「うーん、そうだな。おばあさんになってから、あの頃はお互いに大変だったねって、いつか笑い合うことかな!」
「それは少しばかり先の未来だな」
「そうかな。人生って、長いようだけど、結構あっという間かもしれないよ」
「……そうかもしれないな」
優菜は手紙がいいか、メールがいいか、メッセージがいいかと姫乃に連絡する手段をぶつぶつと呟きながら考えていた。一方で令は優菜ならば本当に友達になれるかもしれないなと思いつつ、ダメだった場合の心配もしていた。しかし、ダメだったらダメだったで、その時に思うことにして、今この時は優菜との明るい未来を信じるのだった。