「優菜に話すほど、面白い両親ではないことがわかっただろう。それに、俺も……。語ることの意味さえないほど、つまらない人生かもしれないな」
そんな令の言葉に、優菜は真剣な視線で令の目を奪う。
「今も、つまらない人生って思う?」
「……今は、少しはつまらなくないかもしれない。お前が、ころころと表情を変えるから、それを見ていたい」
「そっか。それなら、いいんだ」
優菜は微笑んだ。
「私はね、前にも言ったけど、この世界のことをたくさん見てきた。知ってた。でも、今はその見てきたものとは違う展開があって、知らない令の表情がいっぱいあって、私もそんな令をずっと見ていたいって思うの。そのためなら、死んでもいいとはちょっと思えないけど。でも、今の私は死なないで令と一緒に居られる道を探したいな。何度も言うけど、本当に、そう願ってるの」
そう言う優菜の頭を撫でて、令は心の中がぽかぽかと温かくなるのを感じた。
そしてその温かさがどういう気持ちなのかがわからず、優菜の頭を撫で続ける。
「わ、ちょっと、令。髪がぐしゃぐしゃになっちゃう」
「……」
まるで犬や猫を撫でた時の気持ちがさらに大きくなったようなこの気持ちは、何と言うのだろうと令は考えた。
少しして辿り着いた答えは「愛しい」という気持ちだった。
ふと、両親にもこの気持ちはあったのだろうかと令は疑問に思う。あの両親のことだから、ないかもしれない。いや、もしかしたら、母親はあったかもしれない。父親は、どうだかわからないが……。ただ、もし、あったのなら、その方が嬉しい気がする。それと同時に、切なくも思えるのだった。愛があったと言われてしまえば、それだけで今は「よかった」と思えてしまうからだ。恨みだけなら、憎しみだけなら、苦しくて切ない想いなどしなかっただろう。許してしまおうか。いや、許したくはない。全てを決められて生きてきたこの人生を。
「令……。なんだか、怖い顔をしてる。どうしたの?」
優菜の不安そうな顔を見て、令はハッとする。
決められた人生だったとしても、その人生を選んできたのもまた自分じゃないかと。逃げ出そうと思えば、本当に嫌だったのなら逃げられた。どんな手を使ってでも、その人生から逃げたはずなのに、そうじゃなかった。
文句など、言えない。親のせいにしていい、年齢でもないのに。
「もしかして、嫌なこと、思い出してた?」
「……どうして」
「私もね、嫌なこと思い出すと、きっと怖い顔してると思うんだ。それか、悲しい顔。ほら、私って顔に出やすいから。でも、令は普段顔に出さないでしょ? だから、相当苦しいんだろうなって思って……。令も、大変だった、よね。ずっと御曹司って言われて、冷酷なんて言われて、ひとりで上に立ち続けるのは、辛かったよね。怖かったよね……?」
全てを知っているかのような口ぶりに思えた。何を、と口から出そうになったが、令はその優菜の瞳を見て言葉を飲み込む。
優菜も、その言葉を言うのは怖かったはず。それでもわざわざ言ったのは、令のためだ。令がこれ以上ひとりにならないように、自分が隣にいるのだとそう言いたかった。
優菜は言葉にすることが苦手だ。元々コミュニケーションを取るのが苦手ということと、その生まれによってまともに話をしてくれる人が少なかったことがあり、表現することが下手だった。それでも、その必死さは令に言葉以上の伝えたい気持ちを伝え、令はそれを受け取る。
「ありがとう」
令は優菜を抱きしめてそう言った。
「……うん」
優菜はそう返事をした。
「お前は、いつも不思議な気持ちにさせてくれる。切なくて、とても温かい気持ちに」
「それって、令が欲しかったもの?」
「ああ、そうだな……。ずっと、欲しかったものだ。忘れかけていた、大切な気持ちだ」
瞼を閉じて、優菜はゆっくりと口を開く。
「そっか。私も、だよ。本当のお母さんがいなくなってから、忘れてしまいそうになった気持ち。令といると、その気持ちを思い出せるの。でも、きっと、違うね。私の気持ちは、お母さんへの気持ちとは違う」
優菜は令に唇を寄せてこう呟いた。
「愛してるよ。令——」
欲しかったもの、それは家族からの愛だった。だが、過去にその家族愛があったのかはわからない上に、これからあるかというと恐らくはないだろう。しかし、家族からの愛は無理でも、これから二人で愛を築いていくことは出来る。
そして二人だけの時間を過ごしていた優菜と令だったが、優菜が「あっ」と声を出す。
「どうした」
「……姫乃は、どうだったんだろう」
その一言が、令を固まらせる。
「どうだったとは、どういうことだ?」
「姫乃も、寂しかったのかな……」
「いつも人に囲まれていたのに? 名前通り、お姫様のように可愛がられていたのにか」
「だって、可愛がられるのと、愛されるのは、別だよ」
「……」
「私、ちゃんと話したい」
「優菜、何を言っているんだ」
「ちゃんと話したいの。……姫乃と。私は何をしていたんだろう。友達になるって、まずそういうところからなのに。お互いを知らなくちゃ」
「十分知っているだろう」
「姫乃本人からの話は、まだだもの」
確かにそう言われてみればそうだった。
令は痛む頭に手を当てて、優菜をしっかり守らなければと思うのだった。