その日から、優菜へ令からあまり連絡が入らなくなった。
優菜は嫌な予感がして、何かメッセージを送ろうとする度に男達の笑い声や顔が思い浮かんで送ろうとしてはやめるのだった。
きっと考えすぎだろう。まさか、令が姫乃と一緒になんて……と思っていた。
だが、優菜は思い出す。姫乃のあの性格。そして、この世界の主人公たる強さを。
「まさか、令。そんなこと、ないよね……」
優菜はわずかな希望に縋りついた。
でも、現実は残酷なもので、優菜の知らないところで令と姫乃は再び繋がった。
優菜はそんな気がして、右手首をかぷりと噛んだ。
そして何度かかぷかぷと噛み、次第にそれがエスカレートしていき、歯型がつくようになるまで強く噛むようになる。
白くて綺麗な手は赤い歯型だらけになり、気づけば優菜は涙を流していた。
精神的に不安定なのだろう。だから、このような行為をすることでしか、心を安定させられない。それも、安定しきれていないのか、行為はエスカレートしようとしていた。
カッターを取り出し、そのカッターの切っ先を、柔肌の上を滑らせようとするのだった。
しかし、傷などつけたら、令が悲しむような気がして、出来なかった。
そして、仕事が終わった令は、優菜の家の前までやって来ていた。それでも、玄関のドアを叩くことが出来なかったのは、姫乃とのことがあったからだろうか。
インターフォンを鳴らす直前で手が止まり、しばらく考え事をすると、そのまま立ち去った。
その日から、令と優菜はすれ違うようになる。
それでも、令は姫乃のことを信じ切ったわけではないと自分を騙した。
本当は、信じかけているというのに、信じていないなどと思うことで、優菜のためを思ってやっているのだと言い訳にしているのだ。
そのことを正直に姫乃にも言ったが、姫乃は微笑んでそれでいいのだと言う。
全てを受け入れるかのように見える姫乃が、令には心の安らぎどころのように思えてきたのだった。
本当は違うのだとわかっているのに、優菜がいないだけ増していく不安をどうにか埋めようとしてしまうのだ。
そのことを、姫乃は心の中で思い通りになってきたと笑うのだった。
外面は聖母マリアのように、心の中では悪魔を飼って、姫乃は自分の思い通りになるように動くのだった。
そして姫乃は夜に優菜にメッセージを送る。
「大丈夫? あれから、会社に出てきていないみたいだけれど……。私も、令も心配しているのよ。大丈夫よ。あのくらい。令に上書きしてもらえば、全部なかったことになるじゃない。私も、そうしてるから、大丈夫よ」
くすくすと笑いながら、姫乃は優菜にそのメッセージを送信する。
これで、優菜は気づくことだろう。姫乃と令がまた以前のように繋がりを持ったことを。
そして、そこに入る余地はないのだと、姫乃から言い渡されたのだということに。
だが、令はまだ頑なな部分があって、姫乃にこう言うのだ。
「お前のことを信じ切ったわけではない。優菜が戻ってきたら、お前ともまた元の関係に戻る。だから、依存するな」
しかし、姫乃は微笑みながらこう言うのだ。
「そんな寂しいこと、言わないでよ。それに、こうして熱を移し合えば、落ち着くでしょう? 気にしなくていいのよ。優菜ちゃんも、わかってくれるわ……」
優菜も、わかってくれる。そう思うと、令は本当に許されるのだろうかという疑問と、今ある姫乃との関係に、罪悪感を強く感じるのだった。
そして、それらを感じると同時に、姫乃に誘われた関係の無間地獄に入ってしまうのだった。
令は、姫乃の思惑通り、優菜から手が離れていく……。
しかし、それを優菜は望んでなどいない。