令は家に帰ると、姫乃からしか情報を得られないと判断し、嫌々ではあったが、姫乃に連絡をした。そして姫乃から本当のことも、嘘もいろいろと織り交ぜて話されたのだった。
あくまでも姫乃は自分が聖人のように話すものだから、都合の悪いところは隠されてしまい、令に正しく情報が伝わらない部分も多くあった。
しかし、それでも姫乃の言葉からしか何があったのかを知ることが出来ない令にとっては、ないよりはいいものだった。
「令も、優菜ちゃんのことを想うのなら、今はそっとしておいてあげて。何度も言うけれど、女の子はデリケートなもので、ましてや傷ついている今、そんな姿を婚約者には見せたくないはずよ」
姫乃はそう優しく言いながら、心の中では小躍りしていた。それこそ、鼻歌を歌いたいくらい、気分がよかった。自分の邪魔になっていた優菜がやっと再起不能になりそうなのだから。
そしてそこから、さらに令を追い詰める。
「でもね、こうなったのは令のせいでもあると思うの」
「俺のせい……?」
「そう。令のためにって優菜ちゃんは今まで背伸びしていたところがあったら、だから、子どもっぽいところが今回出ちゃったのかもしれないわね。知らない内に抑圧されていた自分を解放しちゃって、面倒事に巻き込まれて……。可哀想な優菜ちゃん。令さえ、もっとしっかりとして支えていれば、こんなことにはならなかったのにね……」
ふう、とため息を吐いて、それが事実だとでも言いたそうに雰囲気たっぷりに話す。
令はそんな姫乃の術中に引っかかり、自分が悪いと思い始めた。
「じゃあ、俺が背伸びなんかさせなければ、優菜は今頃……」
「笑っていたでしょうね。令の隣で。今まで以上に。こんなトラブルも、起きなかったはずよ」
まあ、なかったら私が起こしてるんだけれど。なんて、姫乃は少しばかり心の中で舌を出す。
「俺は、どうすれば……」
「まず、令のせいだから、優菜ちゃんは恨んでるかもしれない。一時的にかもしれないけれどもね。でも、それでもしばらくは触れない方が良いことは間違いないわ」
「だが、お前の言うことは、どうにも信用……出来ない」
令はわずかに残る姫乃に対しての警戒心をむき出しにした。
姫乃は心の中で舌打ちしながら、柔らかく、しかし鋭い言葉を言い放つのだった。
「優菜ちゃんのためを思うのであれば、私を信用して。私は令と、優菜ちゃんの味方よ」
バレバレの嘘だった。それでも、令は他に頼れる人がいない。そのため、悩んでしまう。信じていいものか、どうかを。
「じゃあ、あえてこういう言い方をさせてもらうけれど、こうなったのは全部令のせいなんだからね。優菜ちゃんの側にあなたが居る限り、優菜ちゃんは辛くて酷い目に遭うのよ。あなたがそうさせているの。優しい優菜ちゃんは、あなたのせいで人生を狂わされる。令は、それでも優菜ちゃんの側に居たいなんて、我がままを言うの……?」
「……我がまま、なのか。俺のせいで、優菜が傷ついて……」
令は考えれば考える程ほど、自分が優菜の側に居るのに相応しくない人物だと思い始めていた。姫乃の言う通り、優菜のためを思うなら、身を引いた方がいいのではないだろうか。そんなことを思って、令は息をゆっくりと吐いた。身を引いて、元に戻るのなら、そうしたいのだった……。
そして令と姫乃は、しばらく話してから電話を切った。
姫乃は嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。自室のベッドにダイブし、可愛らしい声で笑い続ける。やっと、やっと思い通りになってきたと。
ここまで来るのに、大切なものを失うというアクシデントもあったものの、同じところまで優菜を堕としてやることが出来た。あの優菜のことだ。きっと耐えられるはずがない。そうしたら、令は自分のものだ。優菜なんて勝手に世界の片隅でみすぼらしい姿で死ねばいい。
「もう二度と手放さない……。もう絶対に、あなたになんかに、令を渡さない。やっと戻ってきた、このチャンスを、私は必ず活かす。神様、ありがとう。やっぱりあなたは、私のことが大好きなのね」
そう言いながら、姫乃はスマホをぎゅっと抱きしめた。
そのスマホの壁紙は、令と姫乃のツーショットだった。
まだ、令と優菜がそんなに仲良くなかった頃に撮った写真だ。
「令、お待たせ」
その瞳には、狂気が宿っていた。
「私が、優菜ちゃんのことを……ううん、世界のことを教えてあげる。そして、私のものだってことを理解させて、私を選ぶようにしてあげるからね……」
姫乃は恋した少女の表情で、笑みを浮かべた。