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 第五十三話 大好きを忘れて

 制服から着替えて、優菜は手鏡で自分の顔を見る。

 酷い顔をしていた。これでは、確かに令が心配するのも頷けた。

 そして更衣室から出ると、優菜は令に「心配掛けちゃって、ごめんなさい……」と謝った。

 しかし令は気にする素振りはなく、むしろ心配し、抱きしめようとしたが、優菜は抱きしめられることを拒む。

「優菜……?」

「ごめん、なさい。出来ないの。抱きしめてもらうこと、出来ないの……」

 そう言うと、優菜はぎこちない笑みを見せた。

 一体何があったのかと、令は優菜の心の闇をどうにかしてなくしてやれないかと考えたが、本人が話したがらない以上、どうすることも出来ないと、自分の無力さを知るのだった。

 そして、優菜が一番許せないのは、本当は姫乃ではない。そんな姫乃にのこのこと付いていった、自分に対してだった。姫乃が要注意人物であることをわかっておきながら、逃げられるタイミングで逃げなかった。そのことに大きな問題があるのにと、自分を責める。

 信じてはいけない人に連れられて、あんなところまで行ってしまった。

 手を振りほどこうと思えば出来たはず。大声を本当に出して、逃げることだって出来たはず。

 それなのに、それをしないでひとりで被害者面している……。

 そんな自分が大嫌いだった。

 優菜は令と共に、家まで帰る。令に何か話しかけられた気がするが、優菜はそれが何だったのか、思い出せないくらいに上の空だった。

 きっと返答もいい加減なものだっただろう。

 そして優菜は家に帰ると、大好きなコーヒーを淹れることも忘れて、シャワーを浴びてからベッドに身を沈めた。

 そのまま、永遠に眠りから覚めなければいいのにと思いながら、目を閉じる。

 しばらくすると眠気がやってきて、気づけば意識は闇の中へと落ちていった。

 その頃、令は既に家に帰っていて、姫乃から電話が入って来ていた。

「何だ」

 令は冷たくそう言って、姫乃からの電話に出た。

「あ、令! なんだか久しぶりに電話しちゃった! 今大丈夫?」

「忙しいから、切るぞ」

 嘘だった。今は姫乃と話している気分ではない。優菜のことが気になって、それどころではなかったのだ。

 しかし、次に姫乃から出てくる言葉で、令は聞く気になる。

「優菜ちゃんから聞いたんだけどね……」

「何をだ」

 あれほど、話したくないと思っていた相手に、まさか優菜の話をされるとは思わなかったため、知っていることがあるならば全て知りたいと言わんばかりに食いついた。

「優菜ちゃんね、男の人に遊ばれちゃったんだって」

 その言葉はあまりに衝撃的だった。

 あの優菜が、そんなことをされていた? まさか。

 信じたくなど、ない。

「……信じられるか、そんな話」

「でも、ここのところ、優菜ちゃん、調子悪そうじゃない? 無理に笑ったりとか、してるんじゃないの?」

 その言葉に、思い当たることしかなかった令は、もう少し話を聞くことにした。

「……やっぱり。あのね、優菜ちゃんとランチに行ったんだけど、優菜ちゃんってば繁華街でちょっと気が大きくなってたのかな。歓楽街の近くに行っちゃってね、私は帰ったから大丈夫だったんだけど、優菜ちゃんはそのまま遊びに行っちゃって。多分、その時に遊ばれちゃったんじゃないかな」

「……だとしたら、全てお前が仕組んだことだろ」

 怒りが湧いてきた。何を馬鹿なことをと、令は姫乃を軽蔑した。

 大体、そんな話、優菜からするはずがない。

 優菜はそういうことをされたら、内に閉じこもるタイプだ。

 だから、誰かに話すということはない。あったとしたら、真っ先に自分に話すはずなのだ。そうだと言うのに……。

「なんでー? 優菜ちゃんが勝手に、行ったんだよ?」

 姫乃は「勝手に」を強調して言った。

「本当だとしたら、それを止めないお前もお前だ。後輩のことが可愛くないのか」

「可愛いよ? だから、こうして令に連絡して教えてあげてるんじゃない。きっとね、優菜ちゃん、今物凄く傷ついてるから、放っておいてあげた方がいいよ」

「放っておけるはずがない。それが本当だとしたら、支えが必要だ」

「わからないかな。優菜ちゃんは、男の人が怖くなってるはずなの。だとしたら、たとえ、令だとしても辛いはずよ。わかるでしょう? そんな相手に、話をされたら……」

「もう、電話を切る。連絡してくるな」

 令は一方的に電話を切った。しかし、これからどうしたらいいのか、余計にわからなくなってしまった。もし、姫乃の言葉が本当ならば、優菜に対して、どう接してやればいいのかわからないからだ。そしてそれが真実なのかもわからない。

 令は今すぐにでも、優菜に電話して、聞きたかったが、その気持ちを抑えて、電話をせずにやるべきことをやってから眠りに就いた。

 そして次の日、優菜は欠勤した。

 令は事前に連絡を貰っていたが、一緒に欠勤し、側に居ようと思い、家まで行ったのだが、優菜は家に入れてくれなかった。

 仕方がないと、令は車の中から優菜に電話を入れる。

 姫乃に話を聞いたと——。


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