優菜は心の中で令を呼んだ。しかし、遠すぎるのか、令に優菜の心の声が届かない。
逃げなくちゃ、逃げなくちゃ! そう思うのに、動かない足。
姫乃に連れられ、結局、カラオケ店に連れ込まれてしまった。
そして優菜はカラオケの一室に連れて行かれ、中に居る男達を見て、即座に逃げ出そうとしたが、男の一人が優菜の腰を掴んで離さなかった。
「あれ、この可愛い子が優菜ちゃん? へえ、思ってたよりも純粋そう」
「私よりも男の子と遊んだことがなくて、緊張しちゃってるけど、気にしなくていいからね。むしろ、そういうのがいいみたい」
姫乃がそう言うと、男達はいやらしい笑みを浮かべて優菜を膝の上に乗せたり、胸に触ろうとしたりして好き放題していた。
「ひ、姫乃部長! 助けて! なんで、なんでこんなこと!」
「決まってるじゃない。あなたのことが邪魔だから、よ」
そして姫乃は優菜を置いて、カラオケ店から出て、会社へとさっさと帰っていった。
優菜はここに至るまで、気づくのが遅すぎた。もう、簡単には逃げられない。
男達が入口付近を固めている。
「そういや、この制服……。あのでかい企業の制服じゃないか?」
「……確かに。へえ、じゃあ、いいところのお嬢様って可能性もあるんだな」
「そんなお嬢様の唇でも奪っちまうか」
などと、酷いことを言って、優菜の許可も得ていないのに、優菜の唇を奪い、そして制服を脱がせ始める。優菜は大声を出して手足をじたばたさせるが、もう遅い。
カラオケ店というところであることも手伝って、声が外に漏れにくいのだ。
しかも、時間帯のせいもあって廊下を通る人がまずいない。
優菜を助けてくれる人がいないのだった。
男達は優菜の体に触れる。優菜は恥ずかしさと、気持ち悪さで涙を流しながらそれに耐えた。
触られたくもないところ、胸などを触られて優菜は自分の体が穢れていくと感じていた。
男達はそんな優菜を面白がって、あえて恥ずかしがるようなことをして、優菜の反応を楽しんだ。優菜は早く終わってと強く願いながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
解放されたのは、夕方頃で、丁度終業時間だった。
男達は写真などは残さず、そのまま帰っていった。
優菜は乱れた衣服を整えて、流れる涙を拭いて、会社へと帰っていった。
令の待つ一室に戻ると、令は酷く心配していて、優菜を見た瞬間驚きながら怒りの表情へと変えたのだが、すぐに手のひらで自身の顔を覆って、ソファーに座ってため息を吐いた。
「とにかく、無事に戻って来てくれてよかった。一体、何があったのか、教えてくれるか」
令はなるべく冷静にそう言った。
しかし、そう言いながらも優菜の心が泣いている声が聞こえ、ただ事ではないことを理解すると、優菜が何かを言ってくれるのを待っていた。
「……」
優菜はいつまで待っても何も言ってくれず、令もどうしたものかと思っていた。
「……」
二人の間に沈黙だけが広がる。
「何か言ってくれないと、わからないんだが」
「……令には、わからないよ」
「また、何かされたのか? ……すまない」
そう言って、令は優菜を抱きしめようとした。
だが、優菜は令を突き飛ばす。
「嫌っ!」
「優菜……っ!?」
「わ、私、抱きしめてもらうこと、出来ない……から」
「どうした。そんなことを言って」
「とにかく、もう抱きしめてもらえないの……。抱きしめないで」
優菜はそう言うと、涙を流した。
「何を……。何を、されたんだ」
「とにかく、私、もう綺麗じゃないから、抱きしめてもらえないの。そんなの、もう一生出来ないのっ!」
優菜は荷物を持って制服のまま家に帰ろうとした。
だが、令は優菜の手を掴む。
「そんな状態のお前をそのまま帰らせるわけにはいかない。それに、送り迎えをすると言っただろ……」
優菜は嗚咽を漏らしながら、令に連れられて車に乗った。
車の中は重い空気で満たされていた。
優菜の家に着くと、優菜はぺこりと頭を下げて、さっさと家に入って、鍵を閉めてしまった。
令は、家に帰ったら姫乃に連絡を取ることにした。
優菜をこんな状態にしたのは、きっと姫乃だろう。だったら、張本人に聞くのが一番だ。そう考えたのだった。
そして、優菜はというとシャワーを浴びて、肌が真っ赤になるまでごしごしと体中洗った。それでも足りない気がして、湯船に入って長く入浴し、出てきた頃にはふらふらになっていた。
パジャマに着替えて、リビングのソファーに座ってテレビを点ける。
テレビの世界が、現実世界が、偽物の世界に思えていた。
まるで、自分が自分じゃないような、そんな気がしてしまったのだった。
自分のことが、どうしようもなく他人事のように思えて仕方がない。
なのに、何故だか涙は溢れてくる。
これが、辛いということなのかと、やはり他人事に思えてしまった。
優菜はソファーに寝転がり、そのまま、眠ることも出来ず、一夜を明かした。