ある日、優菜は誰ともわからぬ人からやって来るメッセージのことを思い出しながら、目を覚ました。
そして、メッセージアプリを開くと、未読のメッセージがたくさんあり、どう考えても令から来ているメッセージの総数よりも多いのだった。
「はあ……」とため息を吐いて、優菜はブロック機能を使ってその見知らぬ人達を全員ブロックした。そしてしばらくするとメッセージは止まり、トークルームを削除していく。
一応、何か役立つかもしれないと、画面のスクショを撮って、保存はしておいた。
身支度を整え、お気に入りのものに囲まれて朝のひと時を過ごす。
コーヒーを飲んで、心が安らぐと、優菜は出社するのだった。
朝の陽ざしをいっぱい受けて、優菜はまだ少し眠たかった目を覚まさせる。
そして、こんな何気ない日常が好きだと思う。
特にいじめられることもなく、友達はあまりいないけれど、邪魔されることもほとんどない穏やかな日。
少しばかりいい気分で、優菜は会社に着くと、優菜は令の待つ一室へと向かうのだった。
しかし、その途中で、姫乃が待ち構えていた。
姫乃は寝不足にも見えない優菜を見て、少しばかり「あら?」と思うが、それは態度には出さずにいつものように微笑んで話しかける。
「優菜ちゃん、おはよう」
「……おはようございます。姫乃部長」
優菜も、微笑みながら挨拶を返す。もちろん、これだけの挨拶程度で姫乃が引き止めるわけがない。
「もう、なんだか最近冷たいじゃない。もっと私のことを頼ってよ。きっと令のところでもお仕事、出来てないんでしょう? ほら、あなた……要領が悪いところがあるから……。傷つけちゃったら、ごめんなさいね。事実だけを言ってるの」
だったら余計に感じが悪いと優菜は思ったが、今更この程度、どうと言うことはなかった。
「いえ、そうかもしれませんね。でも、令にいろいろと教えてもらって、なんとか出来てますから、安心してください」
姫乃の手は要らないのだとそう伝えたのだった。前までは、これだけのことでも優菜は泣きそうな顔をしたというのに、今や笑顔でそれを否定出来るようにまでなった。大きな変化だった。だが、姫乃にとってはそれが、あまりにも鬱陶しい。黙って言うことを聞いていればいいものをと、反抗的にも見える優菜のその態度が気に食わないのだった。
「そう言えば、この前珍しく友達と繁華街に行ったんだけど、あなたのことが噂になってたわ。この際だから、新しいお友達でも作って、ちょっと羽を伸ばしてみたら? 令にばかり構って、疲れたでしょう」
「私は、新しい友達は要らないです。令とも楽しく過ごせてますし、疲れてなんかいないですよ。それよりも、姫乃部長も、そんなところに遊びに行くんですね。人が多くて、苦手なイメージが勝手ながらありましたけれど、平気なんですね」
そう言いながらも、優菜はやっぱりあのメッセージは、姫乃が裏で手を引いていたんだとわかった。新しいお友達、という言葉がよりそれを確かなものとした。そうでもなければ「友達になりませんか」といったメッセージが、あんなにも来るはずがないのだから。
「……私も、たまにはね。じゃあ、今日もお互い頑張りましょう」
「ええ、頑張りましょうね」
優菜は若干呆れながら、令に報告をしようと決めて、令の待つ部屋へと向かって行くのだった。
優菜は結局、朝は報告をせずに、昼休みになってから令に報告することにした。
すると令は頭を抱えて悩んでいた。
「それで、勝手にアカウントを教えられていたかもしれない、と」
「うん。でもね、全部ブロックしたし、私が下手に刺激しなければ落ち着くと思うから、そんなに気にしなくてもいいよ」
「とは言え、心配だな。あいつのことだから、何かまた仕掛けてくるかもしれない。十中八九、男だろう。相手は。となると、……しばらく送り迎えをしよう」
「え、いいよ。そんなにしてもらわなくても、何とかなるから」
「何かあってからじゃ遅いんだ。言うことを聞いてほしい。このくらい、俺にもさせてくれ」
「……わかった。なんだか、令って結構心配性だね」
くすりと笑う優菜に、令はわかってないなと頭を抱えた。
「心配にもなるだろう。お前には婚約者がいるという自覚が足りない。それに、ただの婚約者じゃないんだからな。俺の、婚約者だ。俺をネタに脅される可能性も、少なくはない……。そうなった時、優菜一人では対処出来ないだろう……」
「それは、そうかもしれないけれど」
「それを未然に防ぐくらいは、させてくれ。送り迎えをするだけで、未然に防げる可能性がぐっと上がるんだ」
「わかった。言う通りにする」
「自由をなくしてしまって申し訳ないとは思うが、辛抱してくれ」
「……そんなこと、思ってないよ。私は、令と一緒に居られるの、幸せだと思えるから、むしろ嬉しいことなんだよ」
「……可愛いことを」
「え? 何?」
「いや。……さて、そろそろ昼休みも終わるな。仕事をしよう」
「そうだね」
昼休みを終えるチャイムの音が鳴った。
仕事が終わる時間になると、優菜は令に送られることになった。
他愛ない話をしながらの送迎は、ちょっとしたデートにもなって、二人の心を安らげるには十分だった。
そして、優菜は令に一つだけ約束をさせられた。
それは繁華街には絶対に行かないこと。
きっと噂になっているだろうからということが何よりも強い理由のようだった。
優菜は繁華街のような人が多いところは苦手だからそもそも行かないのだが、令は確認したいだけなのだろうと優菜は理解し、わかったとしっかりと伝えるのだった。
令は安心して、そのまま自宅へと帰っていく。
優菜は次の日の準備をして、さっさと眠りに就いたのだった。