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 第四十六話 縺れた糸

 あれから、優菜は姫乃と出会うと挨拶はするが、何か話しかけられようものならすぐに令との用事があるからと言ってその場を離れるようになった。令もそうしろと言ってくれたというのと、姫乃に無駄な時間を取られるのはもう嫌だったのだ。

 姫乃は、そんな優菜の毅然とした態度が嫌で、誰もいなくなった廊下で小さく舌打ちをし、ヒールを力強く地面に叩きつけるかのように床を蹴った。

「玩具の癖して……私の言うことを聞かないなんて、勝手な動きをするなんて、許せない」

 世界に愛されるべくして生まれた姫乃。そんな姫乃は、自分に逆らうものが許せない。そして、世界はまだまだ姫乃の味方……。

 離れていきそうな人達がいても、姫乃が一声かけるだけで、何故だか自分の意思が変わっていき、姫乃に従うようになってしまう。離れようとしても、姫乃は蜘蛛の糸のような世界の運命という糸でその人を呼び戻してしまうのだ。

 それが出来ることがわかっている姫乃は、まるで自分が他人の命綱を握っているかのような、そんな気持ちになる。その気持ちは、あまりに気持ちよく、より姫乃自身を人として狂わせていくのだった。

 これが「姫乃の愛」と、そう自分勝手な気持ちにそんな名前をつけて大事にする姿は、ある意味滑稽だった。


 令と優菜はそんな姫乃の愛とも呼べない愛についてなど知らず、これからのことについて令の家で話し合っていた。

 優菜に令は「未来は変わりそうか」と聞き、優菜は「確信はないけれど……。ううん。きっと変えるよ」と言うのだった。

 だが、令はそんな優菜に少しばかり不安を覚えていた。何故なら、姫乃の気に入らないものに対しての態度や手段の選ばない非道な行いの数々の噂は聞いたことがあったからだ。

「本当に、大丈夫だろうか」

「なんで令が心配そうにするの。大丈夫だよ。でも、どうにかして何かの対策はしないと……。世界が、……姫乃が私を目の敵にするから」

 静かにそう言う優菜の瞳には、覚悟の色が宿っていた。

「なあ、優菜。頑張るお前を俺は応援する。だが、お前を失うことになるのは、嫌なんだ。それはないと、約束出来るか」

「それは……わからない。でも、どちらにしても、彼女にとって、私は邪魔者……。いつかは、必ずどちらかが倒れることになると思うの」

「……わかった。俺は、出来る限りお前を守る。だが、無理はしないでくれ。お前が倒れて、それこそお前の見たという未来と同じように死んでしまったら、元も子もない」

「わかってる。わかってるよ。ありがとう。令……!」

 優菜はソファーに座る令にぎゅっと抱き着く。

 令はそんな優菜の頭を撫でていた。

「私は、いつまでもこういう穏やかな時間を楽しんでいたい……。この時間が、長続きしたらいいなって……。だから、姫乃には悪いけれど、私は私のために動くの。世界の運命から外れて、生きるんだ」

「……今の優菜なら、きっと出来る。もう昔の優菜ではないのだから」

「それを言ったら、令だって……。昔は冷酷って言われてたし、私の前でもそのままだったのに、今では私に優しくしてくれるよね」

「な、それは……、婚約者に優しくするのは、当たり前だろう」

「それだけ?」

「……なんだか、意地悪になってきていないか?」

「ふふ、冗談だよ。でも本当に私達、変わったよね。関係も、態度も、いろいろと」

「……そうだな」

「結局のところさ、私思うんだけど、生きてる人間の強みって、どれだけ変われるかだと思うの」

「どういうことだ?」

「同じ問題を繰り返しちゃう人って、ずっと変わらないままじゃない? だから、変わりさえすれば、変わることさえ出来れば、そのループから抜け出せるんだよね。だから、私は死んでしまうっていう運命から外れるために、変わるんだよ。令と、生きるためにも」

「……なるほどな。確かにそうだ」

「ね、私達、絶対に二人で生きようね。その先にある、未来のために」

「ああ。もちろんだ」

 二人には確かに希望があった。その希望は、簡単には打ち砕かれない強いものだ。優菜と令を結ぶ絆が形を変えたものなのだろう。

 優菜と令は手を絡め、キスをする。

「だが、あまり強がったりはするなよ。強がられると、こちらはどうしたらいいのかわからなくなる」

 令が少し困ったようにそう言うと、優菜は頷いて微笑む。

「大丈夫。強がってなんかないよ。それにほら、私の心は今、泣いてないでしょ」

 令は久々に優菜の心の声に耳を澄ませた。

 泣いたり叫んだりといった声は聞こえなかったため、確かに強がっているわけではないとわかった。

 だが、それでも不安に思うのが、好きな人を前にした男というものなのだろうか。それとも令独特の感覚なのか、優菜が頑張れば頑張るほど、無茶をしていないか、何か我慢していることはないかなどと、そんなことを想ってしまうのだった。

(世の中には好きな人をいじめて可哀想だから可愛いなどという男もいると聞くが……、俺は真逆のようだ)

 などと、令は自分の感覚が間違っていないものだと思って、少しばかり安堵した。

「確かにね、私は昔泣いてばかりいたよ。だけど、今は全く違うの。令っていう心強い味方もいるし、形を間違えちゃったけれど、幸せを願ってくれる人もいるし……。きっとね、生きるのって凄く難しいと思うの。だけど、私はそれでも生きていたんだ。姫乃のいるこの世界で、生き抜きたいんだ」

「生き抜けるさ。きっと」

 そう言って、令は優菜を抱きしめた。

 二人は今、確かに幸せを感じている。そして、生きるということがどれだけ素晴らしいのかを知っている。これまで、生きるのに難しいことはたくさんあったが、それでも、ここまで生きてこられたのだから、これからも生き抜こうとそう思っている。もちろん、自分達の力で。

「令、何があっても、私達、一緒だよ」

 優菜はそう言って、幸せそうに微笑んだ。

 令も、そんな優菜の笑顔を見て、微笑む。

 しかし、この世界は姫乃のためのもの。二人が、そう簡単に思うように動けるかというと、動けない時もいつかはやってくるのだろう……。

 二人は、それでも助け合って生き抜いていくのだろう。自分たちの信じた未来を目指して。そして、世界をも変える存在に……なれるかどうかは、まだ定かではない。

 だが、確実に言えることと言えば、そんな未来ある二人を邪魔しようとする、姫乃という存在がいるということだった。


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