「陽、本当に……ごめんね……」
「え? 何が?」
優菜と陽とはドライブをしていた。
優菜はいつも乗る令の車と違うことから、優菜は少しばかり緊張していた。
そして、何より、今までずっと借りてきていたお金のこともある。
いくら法外の金額とはいえ、借りるのはやはり良くなかったんじゃないかと、そればかりが優菜の頭をずっと回っていた。
だからこそ、その罪悪感でデートを了承してしまった。
しかし、陽は……。
「俺達の仲なんだから、気にしないでよ。それに、俺達はそのくらいで壊れる仲じゃない」
どこか確信めいたことを言って、陽は嬉しそうにハンドルを握っている。
「あの、どうにかして、いつか、お金の分だけ、何かで返すから……。その、身体で、とかは、無理だけど……。体力仕事とかしたことないし、工事現場とか無理だし……」
「あはは! それ、本気で言ってるの? 大丈夫、俺はそんな風に優菜を働かせない。それに言っただろ? 俺、結構稼いでるんだよ。だから、大丈夫」
「それは、そうかもしれないけど……」
「よし、着いた。ほら、優菜の好きそうな花畑。この時期、この辺り満開になると綺麗ってこの前知ったからさ、絶対優菜と一緒に来たいなって思ってたんだ」
「あ、うん。凄く……綺麗だね」
優菜は目の前の光景を見て、確かに綺麗だと思った。
だが、手放しでそれを喜べない。
罪悪感を抱えたままでは、喜べないのだ。
「……」
陽はそんな様子の優菜を見て、少し悲しそうな表情を浮かべた。
それに気づいた優菜は、笑顔を作って「嬉しいよ。ありがとう」と言うのだが、陽は「無理して言わなくてもいいよ」とだけ言うのだった。
何とも言えない空気が漂う中、陽は「近くに美味しいスイーツがあるんだって。花畑を見ながら食べられるらしいから、一緒に行こう?」と言った。
「うん」
優菜は従うしかない。
駐車場から、花畑の中を通って、カフェに着いた。
そのカフェは、いつの日だったか、陽と出会った場所でのカフェによく似ていて……。
「ここ、あのカフェみたい……」
「思い出すだろ。だから、俺もここに決めたんだよ。メニューは……これか。好きなの、頼んでいいよ」
「えっと、じゃあ、このレアチーズケーキ……。あと、ルイボスティー」
「うん。じゃあ、俺も同じものにしようかな」
注文すると、少ししてから提供され、それを優菜が口にすると、あまりの美味しさに目を輝かせた。
「美味しい……」
「よかった」
優菜はふと顔を上げてみると、陽が嬉しそうに微笑んでいた。
本当に柔らかい、人懐こそうな笑顔だった。
案外、陽は変わっていないのかもしれないなどと思って、優菜はデートをなるべく楽しもうと思った。
ただ、デートではなくただの男友達と遊びに来ているだけ……と心の中で言い訳をして。
「楽しい?」
陽がそう聞くと、優菜は少し黙ってから「……うん」と言った。
「そっか」
どこか悔しそうに、陽は笑った。
そして、優菜と陽は花畑を回って、陽が記念に写真を撮り、車に戻った。
「ちょっと待ってて」
陽はそう言って、カフェに行き、飲み物を片手に戻ってきた。
「はい。ドライブだから、飲み物がないとね」
「……そうだね。ありがとう」
優菜はそれを受け取ると、二口ほど飲んだ。
……しばらくすると、眠気がやってきた優菜は、飲み物をドリンクホルダーに置いて、陽に「ごめん。疲れちゃったみたい……。少し、眠るね。家に着いたら、教えて」と言って眠りに就いた。
「うん。わかったよ。おやすみ」
優菜は無防備に、車の助手席で眠りに就いてしまった。
そしてそのまま車は、陽の思うままに動いていく。
「やっと手に入れられるんだ。やっと……」
そんな声は、優菜には聞こえなかった。
優菜が目を開くと、そこは車の中ではなく、知らない部屋だった。
自分の家でも、陽の家でも、もちろん、令の家でもない……。
(ここ、どこ……?)
ベッドから身体を動かすも、まだ完全に身体が起きていないのか、ゆったりとした動きでしか動けなかった。
辺りを見回しても、殺風景で、場所の目星も付けられない。
そんな時、ドアから入ってきたのは、陽だった。
「起きたんだ。おはよう。優菜」
「陽……ここは、どこ? なんで、こんなところに? 家に、帰して」
「帰さないよ。やっと手に入れたんだから」
「手に入れた? 何を……?」
「優菜を」
「……どうして。どうして、そんなおかしなことを言うの。陽は、そういう人じゃなかったじゃない。お金のこと、やっぱり怒ってるの?」
「そんなんじゃないって。それよりほら、これ」
陽は手に持っているチョーカーを見せた。
「何、それ……?」
「これを……、ちょっと動かないでね。うん、よし」
チョーカーを優菜に着けると、陽は不安そうな優菜に笑顔でこう言う。
「俺の物って印」
優菜には理解出来なかった。むしろ、恐怖の感情が出てきてしまう。
こんな男だっただろうか。どうしてこんな人になってしまったのだろうか。そもそも、最初からこうして騙して連れてくるつもりだったのだろうか……。
そんなことが次から次へと出て来るのだった。
「ほら、優菜。髪がぼさぼさ……。俺が、櫛で梳いてあげるね」
優菜の髪を陽は櫛で梳く。
髪はすぐにさらさらになり、綺麗に整えられた。
「綺麗だよ」
「……」
綺麗などと言われたら、普通ならば嬉しいだろう。だが、今は軟禁されてるも同然。
嬉しいなどとは到底思えないのだった。
優菜は陽に不安な瞳で訴える。
「帰して……」
だが、陽はそれを笑顔で断る。
「ダメ。嫌だよ。優菜はここにいて? 俺は毎日ここに帰って来るから、笑顔でお帰りって言ってほしいなぁ」
「どうしてこんな恐ろしいこと」
「恐ろしい? どうして? 俺は優菜を守ってるんだよ。外の恐ろしい世界から、優菜を救ったんだ……。あの姫乃も、令でさえも手の届かないところにいれば、優菜は絶対に安全で、安心なんだよ」
子どもに言い聞かせるように、優しく、優しく言う。
「……そんなの、私は望んでないよ」
「俺が望んでるの」
陽はそう言うと優菜の頭を、背中を撫でて嬉しそうに優菜を抱きしめた。
「もう、俺から離れないで。俺が全部から守るし、優菜は何も考えないでいいから」
「……」
「ゆっくり、好きに過ごしていて」
(好きに過ごして……って、何もないじゃない。それに、私、会社にも……。あ、スマホは?)
優菜は自分のスマホを探した。だが、周りにはない。
「もしかして、これ、探してる?」
陽は優菜のスマホを持っていた。
「あ、私のスマホ……! 返して!」
「そんなに言わなくても、返すよ。ただし……。ネットは使えないようにするけどね」
「そんな……」
「外の世界の情報なんて、要らないんだから。それに、令にでも連絡取られたら、俺、悲しいし」
「……もう、何を言っても無駄なんだね」
「そうかもね。とにかく、俺は優菜が一緒に居てくれるだけで、嬉しいからさ」
そう言って、陽は優菜の頭を撫でた。
一方でその頃、令は優菜のことで頭がいっぱいになっていた。
(おかしい……。優菜から、連絡がない)
一日中、ずっと連絡がないというのはおかしいと、さすがに令も気づいたのだ。
いつもであれば、何かしら連絡が入っていたことを思い出し、何度かアプリを起動してトークメッセージを見てみるが、やはり連絡は入っていない。
ならばと令から連絡を入れてみるが、既読にすらならない。
今まで、こんなことはなかった。
それに、あんなにも人に気遣いをする優菜が、メッセージを見ない、返事をしないということは何かがあったということだろう。
警察……は行き過ぎることにしても、どうにか探してやらなければならない。
もしかしたら、誘拐されたという線もあり得るのだから。
そういえば、以前、暴漢がどうとか……。
令はいろいろなことを考え、一つの答えを出すことに随分と時間が掛かった。
それだけ、慎重にならざるを得ないからだった。
命の危険はないだろう。恐らくは。そうであってほしい。
可能性として高いのは、あの陽かその暴漢だろう。
だが、恐らくは、陽……だろう。
何故そう思ったのかは、令自身にもわからなかった。あるとすれば、勘だろう。
それに、あいつならばやりかねない。そう思えるような何かがあると、令には思えてならなかったのだった。
久しぶりに連絡先から、陽の名前を探し出す。
陽とは学生時代に先輩後輩の中のようなものだからと、出会った最初の頃に連絡先を交換していたのだった。
削除しようと思っていたが、面倒で放置していたのだ。それがまさか、こんな形で役に立つとは……と令は思う。
早速、電話を掛けてみることにした。
何度か呼び出し音がして、陽は出た。
「もしもし? 誰?」
どうやら陽は既にアドレス帳から令の連絡先を削除していたようで、相手が令だとわかっていない様子だった。
「……令、と言えばわかるだろう。そこに、優菜はいないか」
「ああ、令ね。……なんでこの番号わかったの。あと、優菜はいるよ。ここにちゃんとね」
「番号は昔と変わっていなかったからな。アドレス帳を探したら見つかったというだけだ。……優菜と連絡がつかなくて困っている。優菜に連絡を入れるように言ってくれないか」
「んー? あっそ。伝えてあげてもいいけど、多分、今後優菜は一生そっちには戻らないよ」
「何?」
「俺と一緒になるの。お前はあの姫乃とでもくっ付いていれば? 元々そっちの方が良かったみたいだし、お互い万々歳じゃないか。ってことで、もう連絡を……あ、こら、優菜……!」
「令。陽が、私を家に帰してくれないの。場所はわからない。ただ、ビルが見えるから……あっ!」
陽からスマホを奪ったと思われる優菜からの声が途切れると、しばらくしてから陽の声がした。
「優菜の幸せを壊してきたお前が、今更優菜と幸せになろうなんて、ありえないんだよ。もう、連絡するな。優菜のことを、考えるなら」
それだけ一方的に告げられると、陽から電話を切られてしまう。
令はその後、何度か連絡を入れようとしたが、着信拒否されてしまい、連絡がつかなくなってしまった。
乱暴なことをされているとは思えない。だが、優菜の心のことを考えると、令は心配だった。