(昨日は熱が出て休んじゃったけど、今日はすっかり体調も良くなったし、出勤出来てよかった!)
そう思いながら、優菜が会社に入ると、その途端に嫌に視線が集まった。それも男性社員からばかり……。いつだかのコーヒーを掛けられた日の記憶が蘇る。だが、今、優菜は素肌など見せていない。それなのに、何故……。
不思議に思いながら、ロッカールームに行き、着替えてから自分の部署へと向かう。
その間も何人もの男性社員から見られ、嫌な気持ちになる。
そして自分の席に就こうとしたその時、周りの男性社員のパソコンの画面が不意に目に映った。
「えっ!?」
思わず自分の目を疑った。
そのパソコンの画面には、優菜の着替えている姿がしっかりと撮られた画像が開かれていたのだ。
思わず周りを見回すと、男性社員からのいやらしい目つきと、もうこんなことは慣れてしまったのか女性社員からの無関心な目に、味方は誰一人としていないのだと知った。
(誰がこんなことを……。令に相談……したいけど、でも、その前に自分でまずは動かないと。いつも令を頼りにしてちゃいけないわ)
そう思っていると、課長から呼び出された。
「あのさぁ、困るんだよねぇ。こうして露出するのが君は好きなのかもしれないけれど、周りを巻き込まないでくれるかな。男性社員が浮足立ってとんでもないことになるだろう。わかる? 今、君は会社にとって不利益な存在なんだよ」
「でも課長、私は露出狂なんかじゃないです。これだって、誰かが仕組んだことで……」
「このままだとさすがにあの令さんの力があっても、解雇になるかもなぁ」
「……令は、関係ないじゃないですか」
「あるよ。君みたいな問題を起こしてばかりの社員、他に誰が雇い続けたいと思う? 令さんが特別に君を置くように言っているからに決まっているだろう」
(そんな……。令がいないと、私、本当に働くことさえも出来ないの……?)
「でも、本当に今回の騒動について、誰かが仕組んでいるんです!」
「あーあ、そんなに必死になっちゃって。欲求不満なら別のところで発散してくれないかな。職場はサンドバッグではないのでね。それに、そんなに誰かが仕組んだと言うのなら、その犯人を連れてきてくれれば、信じるか考えてやってもいい」
「……その言葉、本当ですね!」
「ああ、男に二言はないよ」
「わかりました。じゃあ、犯人を連れてきます。それで、文句ありませんね」
「もちろんだとも。ああ、でも勤務時間中はしっかりと仕事をしてくれないと困るよ。君は雇われているんだからね。何度も言うけれど」
「わかっています。……失礼します」
何度目の呼び出しかはもうわからない。ただ、姫乃やその周りが優菜を妨害しようと動く度に、呼び出される。以前までの優菜であれば、ここで諦めて犯人も特定しようなどとは思わなかっただろう。だが、今の優菜は少しばかり違っていた。
(どうしても、こんなことをする人を知りたい。こんなことをするのは、きっと私が知っている人物。言いたいことがあるなら、直接言ってって、言うんだ。いつまでも、令のお荷物でいちゃいけない。……決めた。やっぱり今回は、私が自分で解決しよう。ちょっと怖い気持ちもあるけれど、でも、何もしないで助けを呼んでばかりいるより、ずっといい。とりあえず、仕事をして、それから調べてみよう)
優菜はそう決めて、勤務時間は仕事をして、休憩時間などは犯人を調べることにしたのだった。
念のため、調べてみると、自分の社内用メールアドレスにも画像が送りつけられていた。
ということは、やはり社内の人間というのが一番濃厚だろうか。
送り主は所謂捨てアドと呼ばれるその場しのぎのメールアドレスからだったため、個人を特定するのは難しいと判断した。
(ダメか……。詳しい人にお願いすれば、きっと解析とかしてくれるんだろうけれど、そんなお金ないし、伝手もない……)
昼休みにほんの五分程、手を付けるつもりでいたのだが、気づけば十分以上過ぎていた。
令はなかなか現れない優菜に不安を覚え、優菜のいる部署までやって来る。
すると漏れなく、あの小鳥遊姫乃もやって来るのだった……。
「優菜」
「あ、令。ごめんね、遅くなっちゃ……小鳥遊部長……」
「最近、二人がとても仲良さそうだから、ご一緒させて? なんだか私ひとり除け者で寂しいの。いいでしょう?」
そう言って、姫乃は無理矢理二人の間に割って入る。
令は呆れた表情を浮かべながらこう言う。
「お前は、勝手だな」
その言葉を聞きながらも、姫乃はにこりと微笑む。
「勝手なのはお互い様! 二人ともっと仲良くなりたいんだから。ね、お願い。一緒に食べましょう? 今日は私、お弁当を作ってきたの。三人分あるのよ。もし、輪の中に入れてくれないというのなら、私、このお弁当捨てちゃう……。だって、悲しすぎるもの。誰の口にも入れられないお弁当なんて」
周りから同情の目が姫乃へと集まる。
「あのな、そう言われても」
「ううん。いいんじゃない。令。小鳥遊部長とも、たまには昼食一緒に食べたいし」
優菜がそう小さく言うと、令は小声で「大丈夫なのか」と聞いた。優菜は小さく頷く。
「わあ、よかった! ありがとう。優菜ちゃん。じゃあ、早速令の部屋で食べましょう!」
姫乃はバッグを持って令の手を引いて令の部屋へと向かって行った。
令は置いてけぼりになりそうな優菜の手を繋ぎ、一緒に部屋へと連れて行く。
「今日はね、サンドウィッチを作ってみましたー! これなら軽いから、令の口にも、あと優菜ちゃんの口にも合うかなって思って」
可愛らしい箱を開けると、そこには綺麗に作られたサンドウィッチが入っていた。
これなら、変なものを入れられたりなどしないだろうと、優菜が安心すると、二人は先にサンドウィッチを口に入れていた。
優菜もそれを見て自分もとサンドウィッチを口に入れると、がりっと嫌な音がした。
食べたのは、卵サンド。
(……いけない。すぐに疑う癖が出来ちゃってる。もしかしたら、本当にただうっかり卵の殻が入ってしまっただけかもしれないのに。箱だって同じ……)
サンドウィッチの入っていた箱を見てみると、猫の耳のついた箱で、よく見ると、耳の色が一つだけ違うのだった。
(ううん。違う。これは仕組まれたんだ……。いつもは令と一緒に食べていたけれど、急に食べられなくなって、逆に一緒に食べている私への地味な嫌がらせ……)
じゃりじゃりとした卵の殻の気持ち悪さに、思わず顔を顰めてしまった優菜に、姫乃が心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの? 体調、まだ悪いのかしら……? なんだか、顔が青い気がするわ。今日はもう、早退したら? お弁当は、持ち帰っていいから……ね?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと……」
「ちょっと? 何かあったの?」
「なんでもないです」
姫乃からの圧力に、思わず口を閉じてしまう。
「あ、ごめんなさい。もしかして卵の殻でも入っちゃったかなぁ。気を付けてたんだけど……」
そう言う姫乃に、令は呆れながら言う。
「お前は、そうしてミスをする。小さなミスだから見逃せるものだが、大きなミスをしないためには日頃から……」
「はーい。気をつけます。それより、サンドウィッチ食べちゃおう? 優菜ちゃんは、どうする?」
(やっぱり……姫乃が怖い……。でも、負けていられない。私だって、変われるんだから)
「私も、食べます」
「そう! わかったわ!」
令は瞬時に姫乃を怖がっている優菜の心を感じた。
どうするべきかと悩み、令は自分に渡された箱に入っているサンドウィッチならば問題がないはずだと思い、それを優菜に食べさせることにしたのだった。
「優菜」
「はい?」
「あーん、しろ」
「え?」
「ちょっと、令、何をして……」
姫乃が嫌そうな顔をするが、令は構わず優菜に口を開けるようにと言う。
「あーん……?」
優菜も訳が分からなかったが、言われたとおりに口を開けるとそこにサンドウィッチを入れられ、食べろということかとわかり、口に入れられたサンドウィッチを食べた。
だが、それを気に食わないのは姫乃だった。
「ちょっと、令! それは令に作ってきたものよ! なんで優菜ちゃんにあげちゃうの?」
「逆に、優菜のものだと不味い理由でもあるのか」
「それは……そんなこと、ないけれど」
「だったら黙っていろ。俺は俺がしたいようにするだけだ」
姫乃を横目で見てから、令は優菜に目を向けた。
もぐもぐと食べている姿が雛鳥のように思えて、思わず笑みを浮かべてしまった。
それが気に入らない姫乃は「……お邪魔だったみたいね。ごめんなさい」と言って、部屋から出て行った。
「やっと出て行ったか。……美味しいか? 優菜」
「ん! 美味しい。でも、姫乃さん、もったいないことするね」
「え?」
「こんなに美味しいサンドウィッチを作れるのに、あんなつまらないことをするなんて……」
令はその言葉の意味を知りたくて、優菜の食べかけの卵サンドを食べる。すると、じゃり……と、卵の殻の感触がした。
「俺のものにはこんな卵の殻、なかったが」
「うん。……多分、わざとだよ。卵サンドの卵は、基本的に小分けに作らないと思うの。だから、私のだけ別にして殻を混ぜたんじゃないかな」
「……くだらないことを」
「ね、もったいないね。あ、あの……それもそうだけど……」
「どうした? まだ何かされていたのか」
「ううん。あの、卵サンド食べかけだったから」
「?」
「間接キス、だね……」
顔を赤くする優菜に、令は可愛いと思った。
女性というものに疎く、また恋愛対象がこれまでいなかったため、こう感じるのは優菜が初めてだった。
こう思ってしまってはいけないが、少しばかり姫乃に感謝してやってもいいと若干思ったがやはりしていたことを考えると感謝出来ないのだった。
「……もうこんな時間だね。私、もう戻るね。お昼、ありがとう。また明日も食べようね」
「ああ、そうだな。明日は俺と一緒に外に食べに行こう」
「いいの? でも、お金が」
「少しくらい、婚約者らしいことをさせてくれ」
「……うん。わかった。ありがとう!」
そして優菜は昼休みを終えて自身の部署へと戻っていくのだった。
やがて日が暮れ、終業時間となったが、優菜はパソコンで犯人を調べたかったため、少しばかり残ることにしたのだった。残業申請もしていないため、文句はそう出ない。
そのことに優菜は安心した。
しかし、邪な考えを持つ者は、必ずいるのだった。