そして令に病院まで行くように言われ、優菜は病院に行くことにした。
令が病院と、家まで送ってくれることになり、その好意に甘える。
優菜は病院で火傷を見せると、あと少しで残る痕になっていたかもしれないと言われたが、このくらいならなんとか治ると言われて安心した。鏡で見た時の自己判断よりも、医師による診断の方が正しいのだから。
優菜は薬を貰ったが、場所が場所なだけに一人では塗れない。
令にそのことを言うと、令が毎日家まで来て背中に薬を塗ってくれると言う。
さすがにそこまではさせられないと優菜は言ったが、令は「頼むからそのくらいやらせてくれ」と言うものだから、それを受け入れることにした。
しかし一体どういう風の吹き回しだろうと、優菜は令を疑った。令は疑われているとわかりつつも、その肌に痕が残らないようにするのが責任の取り方だと考える。
そして家に着くと、優菜は令を家に上げ、薬を塗ってもらうためにリビングに通すのだった。
リビングに通された令は優菜に渡された薬の使い方をよく見て、優菜に背中を向けて服を脱ぐようにと言った。
「あの、下着は……」
「留め具が当たって痛いだろう。それに、留め具の当たるところも薬を塗りたい。だから外した方がいい」
(他意はないが、嫌がる……だろうか。婚約者とは言え、異性に自身の肌を見せるのは嫌がるかもしれないな。下着を取るというのも、恥ずかしいかもしれないな。今更言ったことを取り消せはしないし、留め具の部分を残しまま塗るというのも……。優菜が嫌がったら、それに従おう)
そう考える令だったが、優菜は自分のことを考えてくれているのだとわかっているため、大人しくこう答える。
「……はい。そうですよね」
下着も取り、優菜は顔と耳まで赤くして、令に背中を向ける形でソファーに座った。
令に背中だけとは言え、自分の肌を直接見られるのは初めてだった。
(緊張する……。令に、火傷しているからとは言え、背中を見られるなんて)
服で胸を隠し、少しばかり緊張で身体の動きが硬くなってしまう。
こんなこと、普通はない。だから今までと違って、恥ずかしいという気持ちはやはり付きまとう。しかし、今後も見られるということを考えると、慣れることが一番なのだが、そうは言っても異性に肌を見せるということを簡単に受け入れられるものではない。
一方で令も優菜の肌を見て、行き場のない気持ちを抱えていた。
その気持ちがどんな気持ちなのか、今まで味わったことのない初めての感情だった。
(胸がどきどきと鼓動を打つ……。緊張、しているのか。この俺が。……ただ薬を塗るだけだから、そんなに気にしなくてもいいというのに。……それにしても、優菜の肌は白いから、火傷の赤い痕が痛々しいな。こんな風にされて、辛かっただろうに)
優菜に対する愛しさや傷の痛々しさに対する想いなど、複雑な感情を令は抱えながら、優菜の火傷に優しく薬を塗っていこうと薬を優菜の肌に緊張している手で塗布すると……。
「……ん」
肌に触れた瞬間、優菜がびくりと体を震わせて小さく声を上げた。
驚いて出た声のようだったが、令は思わず手を止める。
「! 痛かったか……? すまない」
そう言うと、優菜は首を横に振る。
「……冷たくて、びっくりしただけです。ごめんなさい」
嫌な思いをさせたくなかった令は、優菜のその返事に安心感を覚える。
「なんだ。そうか。このくらい、謝らなくてもいい」
「はい」
令は早く治るようにと願いを込めながら優菜に薬を塗っていった。
優菜もその気持ちが伝わるような背中への優しい温もりに、いやらしさなどは一切感じていなかった。
もちろん、令もいやらしい気持ちなどは持っていない。だからこそ優菜は、自身の背中を令に預けるということが出来るのだった。
二人はお互いの距離が少し近づいたような、そんな気持ちになる。
(なんだか、思っていたよりも、人間らしい人なんだ。令って……。薬を塗ってくれるなんて、本当は、優しい、のかな。小説のイメージが強くて冷酷ってずっと思っていたけれど……。もう少し、頼ってみてもいいのかもしれない。……薬塗る手、優しいなぁ。こんな風に、人に優しく出来る人だったんだ)
背中にある令の手の温もりが心地良い。優菜は目をゆっくりと閉じていく。
(よかった。優菜は俺にあまり頼ってこないものだと思っていた。勝手に、つまらない人間だと思っていた自分が恥ずかしい。こんなにも、守ってやりたいと思える存在なのに。今までの時間を、どうにかして取り戻したい。今からでも、許されるだろうか……)
そんなことを考える令は、薬を塗り終えると優菜に「薬、塗り終わった。服を着ろ。……いつまでもそのままだと、俺も優菜を見られない」と言って背を向けた。
その優しさを受け入れて、優菜は「薬を塗ってくださって、ありがとうございます。服、着ちゃいますね」と言って、ささっと服を着た。
先程薬を塗られた背中が、じんと熱を持っているような、そんな気がする。
そして二人はお互いが背中を向け合っている間、頬が赤くなっているのだった。
(何なんだろう。この気持ちは)
お互いに、その気持ちの正体を知らないまま、その日を終えることとなる。
そして数日間は、こうして薬を塗って、塗られる関係になるのだった。